35話 対面 ②
ヴィンスの前を塞ぐ者は独特の気配を放ち、黒い靄が常に全身を包んでいた。見た目や体格は人のはずなのにまるで魔物を相手にしてる感覚だ。
『人であり人であらざる者、それが黒扇の帳。』
正に原作通りだ
「ラート、コイツなんかヤベーぞ!!」
「いいからそいつから離れて!」
ヴィンス目掛け伸ばした手は固まり、僕の呼び声に振り返る。フードの中は見えないが視線を感じ、同時に帳のなりきりの思考が頭の中をよぎった。
『見つからないから仕方がなくヴィンスを狙うことにした。不満が大きいが、これ以上計画を崩してはいけない。
しかし、探し人を見つけたらどうだ?』
その視線は上位悪魔が放った殺気以上に不気味なものだった。まるで怠惰で飢えてた猛獣が快楽を見つけたかのように、次は逃がさないと鬼気迫るものがあった。
袖底に潜めていた短剣を両手に走り出す。視線は僕の喉に移り、痺れた感覚が後を絶たない。視線の圧なのか、狙われる恐怖なのか、どちらにしろ膝から力が抜けて座り込んでしまったのは変わらない。もちろん帳は僕が起き上がるまで待ってはくれない。短剣が数歩先まで近づき、やらかした事を実感した。
やばい...殺され...
「何やってんだお前!俺を狙ってたんだろ!?俺と戦いやがれ!!!」
いつもとは違う腹の底から怒りに満ちる張り詰めた声。声の持ち主は珍しく持ち歩いてた大きな鞄から銀製のコードを取り出し帳へと投げつける。帳の片腕が絡まりそうになり喉を狙ってた短剣でコードを弾き返した。その反動で先端のフックが壁に刺さる。横槍が入っても帳の速度は変わらない。
「雷鎧!!」
だがそれを待っていたかの様にヴィンスはコードを両手で固定し、雷魔法を唱え、コードに沿って移動し始めた。その速さは正に光速。瞬きをした時には既に帳の隣に辿り着いていた。
『金属は電気を通しやすい。』
魔道具を起動させるには魔法が必須だ。素速く、そしてより効率的に起動させるのは炎の分岐魔法である雷魔法が一番適してる。だから魔道具の殆どは電気の通りやすい金属で設計されてある。
魔道具を起動させる電気回路と同じ原理で全身を雷魔法で纏って自分自身が電気、コードを電気回路に変える技。常に魔力を放出状態にしないといけない強化魔法と違って一瞬で速度が大幅に上がり、尚且つ魔力を温存出来る魔力総量が平民以下だったシン様が編み出した技だ。
鞄から出した銀製のコードは動きを止めるのではなく此方まで即座に移動するのがヴィンスの狙いだった。
それに気付いた帳はコードを弾き返さなかった方の短剣を振る。ヴィンスも瞬発力は高く辿り着いた時に剣を出す時間は無いが掴んでたコードを前に出し短剣を受け止めた。包帯で巻かれても骨が浮き彫りの細い腕にしては強力な反動を出しヴィンスは押し飛ばす。だが受け身を取り怪我は無いけど距離を取られた。
再び視線が僕に刺さり喉の痺れが戻る。視線の圧の恐怖から身体はまだ思い通りに動かないでいた。
逃げたい時、離れたい時、いつも身体に重石が乗せられる感覚で自由が利かない。ヴィンスが折角時間を稼いでくれたのに何もできないでいる自分が情けなくて悔しみが湧き出た。何通りもの戦略を練れても実際に行動に移さないと意味がない。助けに来たのに助けられてどうするんだ...
腕を上げるのも苦戦する中覚悟を決めた途端首の襟を掴まれ後方へと身体が浮いた。僕を蔽う様に人影が前へ立つ。帳ではなく昨日約束をした男性の姿だった。
「ルフォードさん!」
「お前は下がれ!」
帳は動きを止めずそのままルフォードさんに狙いを変える。視線から外れると喉の痺れがまた治る。上位悪魔みたいに特殊な瞳を持ってるのだろうか?いや、それは今考えることではない。
「気を付けてください!喉を狙って来ます!」
距離が縮まるにつれ、ルフォードさんは剣を鞘に収めて立ち尽くした。
無気力のまま、隙を丸出しのふりをして。
その剣技は知ってる。
王家を守護する為、対暗殺者に特化した近衛騎士団最速奥義。奇襲を得意とする暗殺者に先手を打たれた時、特に敵が短剣を使う時に適してる奥義。短剣より広範囲に振れる剣だからこそ使える、狙いを一度ターゲットから自身にすり替えるカウンター技だ。
ルフォードさんは僕と入れ替わり攻撃を受ける数センチまで近づいたら剣を水平に振り、首を狙った。
「チッ、気味が悪い動きだ!」
だがその素早さを上回るのが帳。常人ではありえない肩が踵に触れられるほ腰から身体を捻り下がりフードの先を掠めるだけで済んだ。その体制のまま腕を捻り上げて掴んでた短剣を投げる。ルフォードさんも最短の動きで避けるが同じ方向にもう一本の短剣が喉に目掛けて来る。今度は更に近距離で躱せないカウンターのカウンターをとられた。
ルフォードさんが危ない
ヴィンスもルフォードさんも僕の為に戦ってるのに怖がってどうするんだ?帳は元々僕を狙ってたのに二人を巻き添いにしてしまった。僕のせいで命を張った二人の足手纏いになって更に迷惑をかけてる...そんなのダメに決まってる
僕の体...動けよ...進め...
コウシンしろ...前へ!
心の中で叫んだ途端身体が軽くなった気がした。けどそれは今気にする事ではない。二人の間を風魔法で押し飛ばし距離を広げた。一歩後ろに飛ぶ帳。でも更に後ろには体制を整え直してやる気満々な少年が攻撃を備えてた。
「ヴィンス!!」
「分かってるぜ!」
毎朝何度も訓練試合を交わしたけど共同戦は初めてだ。でも何度も訓練試合を交わしたからこそお互いの戦術を理解してる。それは次出す行動も
『コイツはなんか嫌な雰囲気を放ってる。あの速さといい、ルフォードや俺の攻撃を簡単に防いだ。ラートの事だから何かでけえ魔法を放てって言ってんだろ、だったら最強のやつを逃げられねぇ程デケェ魔法を使えば良い』
とヴィンスは考えてるだろう。なりきりとかじゃなくて全て顔に出てるから分かりやすい。互いの位置を利用し、帳に目掛けて魔法を放ち挟み込む。
ヴィンスは雷と炎の合わせ技。高威力の炎魔法に雷魔法を加えて範囲を広大、そして加速させる。通路の上下左右全開に雷炎魔法を放ち、裏からの逃げ場も無くさせる。
「うっ!」
同じ様に高威力の魔法を放とうとしたら視線の圧でまた膝から力が抜け、体勢が崩れそうになった。
ルフォードさんが支えてくれたけど思う様に魔力を掌に集めることができなかった。詠唱魔法だと無詠唱と違い威力も下がり、雷炎みたいな混合魔法が使えない。詠唱魔法を使い互いの魔法が衝突すれば、当然雷炎が打ち勝ち僕らにまで直撃して徒では済まないだろう。帳が今僕らに向かって走ってるのにこの場から逃げるわけにもいかない。
苦戦してる中も雷炎が狭い通路の中、帳に目掛けて迫ってくる。僕らの居る開けた場所まで辿り着けば帳が逃げ切れてしまう。警備隊がやっと手に入れた手がかりを無下にしてはいけない。
もう時間が無い。高威力の魔法が使えないのなら他の事を考えろ、なんだっていい、帳を逃すな。
何か手掛かりが無いか辺りを見渡す。ヴィンスの足場に落ちてる銀製のコードを見つけてある事を思い出した。
銀製のコード
魔道具
雷炎
雷
電気回路
ヴィンスはコードを使って直線で行けたのに目の前の雷炎は広がってる。炎魔法が雷魔法と混ざってなくとも雷魔法は回路がなければ広がって一直線にはいかない。どうしてそうなるのか、いや雷炎の速度を上げて一直線に来る方法...
試す時間は無く、一発勝負だがそれに掛ける事にして手の平に乗る程度の水球を作成した。もちろんただの水球じゃない。帳に目掛けて放つと水球は強烈な雷炎の熱で水を一気に蒸発し、中に隠れてた小さな鉄の塊が現れる。
「!?」
現れたと同時に、後ろで広がってた雷炎が一点に帳を貫通して鉄へと集まった。
成功だ!




