33話 黒扇の帳の犯罪
それは昔、とある作家が書いた物語の登場人物だった。物語は舞台劇になるほど人気になりこの国、少なくても勇王国出身の者なら知らない人はいない歴史に刻まれたお話だ。
その物語の主人公、そして作品の名が『黒扇の帳』だ
『その者は謎に包まれていた。
鴉の様に漆黒のローブを纏い、広げる姿は扇の描写そのもの、
光を差してもフードの中は闇に染まり、素顔を見た者は誰もいない。
名前、戸籍、職業、出身国さえ不明。鑑定魔法も効かず、突として現れ消え去る。
唯一明かされた事は奴は殺人鬼であること
犯罪を愛し、犯罪に愛され平和を許さない
死の運命を導き、フィナーレの貼られた帳は人生という舞台の幕を閉じる』
第一章: 黒き扇の罪
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「その登場人物を描写するような犯行を繰り返すことで『黒扇の帳』と呼ばれるようになったと...」
「どんな趣味かは知らねぇが原作通りいつも真逆の相手を狙うのが奴のやり口だ。何らかの理由で52歳の商会の男性が死ねば帳は25歳でスラムに住む女性を狙う。今回のこの件も年齢はまだ特定されてないが裏で働く中年の男が死んだから広場で暮らす若い女性が殺された。」
見様見真似にしては完璧すぎる犯行はまるでその登場人物は自分だと主張する程の執着心。何が目的で犯人は登場人物を真似てるのか、全てが謎だった。
「帳に関する事件は予想がつきづらい。発見された遺体の身元を特定する前に既に新しい被害者が出てしまう。そんでここ数日犯罪が出なかったら魔物を召喚して被害を企てる」
魔物を召喚し、そこで犠牲になった者とは真逆の人たちに『黒扇の帳』と同じ犯行を行う。僕が前に上位悪魔と戦った時も帳の仕業だった...とそこまで考えをまとめると胸騒ぎに襲われた。
「まさか僕が魔物を倒した時も犠牲者が...」
淡々と説明するルフォードさんは口を噤み沈黙がしばらく続いた。
「...お前のせいじゃない。」
詳細の前に僕のせいじゃない。
あの時、三人亡くなった...なら帳の犠牲者も三人は出たはず。六人...僕が皆を守れてたら命を失わずにすんだんだ...はたして本当に僕のせいではないんだろうか
「でも...」
「悪いのはどう転んでも帳...そして無力の警備隊だ誰もお前を責めない。それに帳も一つ予想外の事が起きた」
罪悪感に襲われ目を合わせられず、俯いていた僕をルフォードさんは指で上げた。
「それがお前だ」
「僕...ですか...?」
「魔物の召喚で殺されたのは三人のはず、だが帳が殺したのは四人...四人目がいたんだ。お前が八歳の上級貴族だから八十代でスラムに住む婆さんが殺された。完璧主義である奴にとって生き残りが出たのは予想外だろう。」
確かにあの時の戦いで光の付与魔石が無かったら僕は本当に死んでたんだろう。それを勘違いした帳がいつもの様に犯行に移った。
「巻き込まれた奴は全員くたばって、警備隊は情報が中々取れなかった。けどお前は生き残っただけじゃなく、魔物まで倒した。小さな進歩かも知れないが尻尾を掴めるチャンスが出来たんだ。やっと掴んだ尻尾を離すわけには行かねぇ」
そしてルフォードさんは手を差し伸べた。
「『黒扇の帳』を捕まえる。その鍵であるお前も協力してくれ」
力強く、何度も鍛錬したと分かる分厚い手、ルフォードさんの瞳の奥は覚悟が備わった視線だった。今まで見たことのない視線...叔父様と似てるけど、何処か...何処か違った覚悟の視線だった
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翌日、僕は書斎に籠り『黒扇の帳』の物語を読み返す事にした。エドワード先生は書斎の本を読み切ったかなんかで研究所で試作品開発に没頭してるから今回は僕とネイトだけ。ちなみにヴィンスは訓練後大きな鞄を背負ってリングレットへ飛び出して行った。いつも剣しか持って行かないヴィンスに一体何が入ってるのか聞いてみたら
「秘密だ!明日の試合は楽しみにしてろよ!」との事
最近は試合前にどんな武器を試すのか言わなくなったから随分成長したと思う。多分また冒険者たちから新しい武器の使い方を教えてもらうのだろうな...じゃあ鞄の中には武器が入ってるのか...いやヴィンスの事だ、他にも色んなガラクタが入ってるんだろう
「『黒扇の帳』に関する書物はこれくらいですかね?しかし沢山ありますよねこの物語...私も舞台劇を見に行ったの覚えてます何でしたっけ...そうそうハシモト劇場」
『黒扇の帳』の物語は古くて有名な作品だから色んな改作があるらしくフローレンス邸にも十数冊はあった。全て読み通す限り犯人の行動は舞台劇に使われる改作品が一番似てると思う。
謎につつまれ終わりが尽きない犯行、帳が犯行に移す時は条件がある:
①人が殺された時
②魔物を召喚して犠牲になった時
③犯行は決まって三日に一度
①は病死や事故死は含まれてない。帳曰く『殺し』と言う名の芸術に執着があって他は興味がない...正に殺人鬼そのものだ
②の召喚は帳自身が魔物を呼び出すわけではなく、人が触れたら発動する形式に魔法陣を組み込んであった。目立つ場所に設置されてないけど見た者は衝動的に触れてしまう誘惑の闇魔法を使ってるのだろう。先祖が魔導戦士だったのもあり、魔力総量は平均の貴族よりは多い僕でさえ惹きつけられたんだ、相当強力に組み込んでるはず。
③は少し複雑だ。①の場合、三日に一度の日が来たら、その日に殺された人が出たら新しい獲物を狙う。②の場合は魔物で犠牲になった人が出たらその3日後に犯行を行う。何故三日に一度なのか、原作に忠実なら空いてる二日間は別の都市に行ってる事になる。
ルフィール聖王国王都、ティナを除いた三大都市:
勇王国のリングレット冒険都市
公国のアクアーレ商業都市
聖国のクレベスト聖堂都市
キョーコ様の最期の記憶は女神像があるクレベスト聖堂都市で召喚された上位悪魔に殺された。聖国でも被害があると確信出来る情報だ。原作に忠実な奴が聖国と勇王国で出現したなら公国でも被害が出てるに違いない。父様とユージンさんが帳の件で何度も話し合いになってるのも覚えてる。国王陛下が注目するほどの事件
「本当に僕と言う生き残り以外は原作そのままだ」
そして物語の最後はこのルフィール聖王国の中央王首都で史上最大の災害を齎す。それで何十万との命が失われ誰も報われず帳が笑い狂う最後と...なんとも読み心地の悪い物語だ。主人公が虐殺するだけの物語が昔も今も大人気なのかイマイチ分からない
「こんな殺人鬼を真似するなんてどんな神経をしてるんだろう」
「さあ...殺人鬼の気持ちは殺人鬼にしか分かりませんよ」
そして、もし原作通りに再現してるのなら一つ疑問が湧いてきた
何故今始めたのかだ
原作の最終章では国が建国されてから777年後の世界。今は聖王歴353年で原作の最終章までは400年以上ある。もし本当に原作を再現する事になるなら400年以上も生きないといけないが、長寿で希少種の長耳族や竜族でさえ長生きできて250年くらいだ。400年後に起こる災いまでは到底生きられない。
キョーコ様が姿を消したと言われた時代はもう三十年も前の事だけどそれ以前からずっと帳の犯行は続いてたらしい。何十年も原作通りに、完璧に続いている犯行に警備隊は犯人は1人ではなく複数、そして代々継いでいるのかと推測されてるが原作では「全てが謎」と正体を明らかにされてない。
「自分はその時は生きられないから、今から始めたとかですかね?」
「それだと原作の忠実さを覆す気もするんだよね」
ネイトと話し合ってもなかなか答えには辿り着けない。
「うーん、やっぱり謎が多いな」
殺人鬼の気持ちは殺人鬼にしかわからない...か
「気持ちと言えば...」
前にエドワード先生が教えてくれた『相手になりきる』をやってみる事にした。交渉をする時は相手の事を知る事が大事。警備隊が犯人を捕まえるのも交渉に一つと。もし僕が黒扇の帳だったらこの先どんな行動をするか予想を探る。
僕は黒扇の帳。
原作を忠実に、事細かく、完璧に再現してたのに例外が現れたら...
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ーネイト視点ー
「坊ちゃん?」
最後まで言葉を言わず静まり返る坊ちゃん。また何か考え事をしてるのでしょう。坊ちゃんは集中すると周りが見えなくなる癖があるからそこをサポートするのが自分の仕事...しかし、いつもとは様子が違い目を瞑り動かなくなりました。隣で積み重ねてた本が崩れ落ちても微動だにせず、ただずっと沈黙が続く。
「隣の本の山も倒れそうですね...」
他の積み重ねた本が坊ちゃんに目掛けて倒れない様、移動させようとそっと隣へ向かったら「クフフ...」と思いもよらぬ不吉な微笑に耳を疑った
「坊ちゃん...?」
顔を除いたら、いつもの柔らかに微笑む坊ちゃんとはまるで別人。ニタリと恐ろしく笑っていた。
「アハッ、アハハハハ!!!!!!!」
笑い声は段々と響き渡り、一瞬にして辺りが凍えるように冷たくなる。その殺意から滲み出る笑い声が書斎の全てを支配し、命の危機まで感じた。私はと言うと恐ろしさのあまり、腰を抜かして座り込んでしまった。あの静かで温厚な坊ちゃんが出すとは思えないほど高音に狂い笑い、悪魔が憑依したのかも思ってしまう程の変わりよう
(誰だ?この人は...!?)
書斎の異変に気付き使用人達が集まり始めたが異常な光景にドアの前で立ち塞がる。私に目で合図するが、どうすればいいのか自分にも分からない。ただひたすら笑い狂う坊ちゃんを眺める事しか出来ない。
すると坊ちゃんはガタンと立ち上がった。倒れた椅子にも気を留めず再度静まり返る。何か様子がおかしい...
「坊ちゃん...大丈夫ですか?」
顔がみるみる青褪めて汗を垂れ流す。両手で喉を押さえて呼吸を整えようとするが姿勢を崩した。
「坊ちゃん!」
慌てて倒れそうな坊ちゃんを支え、呼吸を整えさせるため背中を摩る。すると坊ちゃんは「ネイト...行かなくちゃ」と言葉を溢す。
「行くってどちらに?顔色が...休まれた方がいいですよ」
「だめだ...」
私の裾を掴んでやっと立ち上がれるくらい青褪めてなんとか力を保ってたが振り払って扉へ向かう。
「ヴィンス...ヴィンスが狙われる...!」




