3話 王宮に行く前日
今日の朝食は卵とベーコン、青野菜のサラダにケレンが焼いたパン。
パンはケレンが焼いたものが1番好きだ。出来立てのいい香りで、暖かくて、柔らかい。毎朝ケレンのパンを食べるのが小さな楽しみだ。
パンだけじゃない、ケレンが焼いたクッキーやケーキもお店の物よりも断然美味しい。お店を出したら絶対繁盛すると思う。うん、今度提案してみよう…でもサラダの中に入ってるブロッコリーはちょっと苦手だな。ちょっと隠そ…だめだケレンが鋭い眼差しでこっちを見てる。
「か、母様具合はいかがですか?」
「えぇ、今日は調子がいいわ」
母様は少し笑って言葉を返した
「ここ一年は寝込むことも無くなりましたし、母子ともに順調ですね!」
母様は疫病にかかってからめっきり身体が弱くなった。
聖女様の治療のお陰で順調に回復してるけど身体の配慮の為、朝は部屋にいることが多い。父様も多忙で朝からずっと事務室にいるから朝食はいつも僕1人で食べてる。だから今日は母様と一緒に食べる事が出来て本当に嬉しい。
それに母様は今お腹の中に赤ちゃん達がいる。
僕も初めてお兄ちゃんになるんだ。楽しみしかない。
「そういえば、もうそろそろだったわね。」
「はいっ!僕もお兄ちゃんになります!」
「違うでしょ、産まれるのはまだ先のことよ。その前に貴方の誕生日じゃない。ふふっ、自分の誕生日まで忘れるなんてこの子はどんだけお兄ちゃんになるのを張り切ってるのかしら。」
そうだった。その前に僕の誕生日だ。張り切って答えたけど間違ってたのか...それにしても誕生日かぁ、去年みたいに大きな招宴は開きたくないな。
「でもやっとラート一人に背負わせずにすんで良かった。」
貴族社会での跡取り問題は深刻だ
このご時世、僕でも分かる。
魔王復活、魔物の凶暴化、並びに帝国軍の侵略により貴族社会では各々の家で跡継ぎが2人必要となった。
爵位の座を継ぐ者、そして騎士団長の座を継ぐ者と何方も欠けてはならない。
でもフローレンス家では僕以外跡取りが居なかった。現在フローレンス家が率いるルフィール聖王国、第七騎士団団長を一時的に勤めてる叔父のオスカーも年齢や家柄などの問題でずっと率いる事は出来ない。いつか必ず限界が来る。
僕が両立するって選択肢もあったけどこのご時世、成功した例はまだ出てない。
両立は出来ない。養子を貰うにも権力を削がれるだけでリスクが大きい。妾を取る話も出てきたけど母様を悲しませるだけだ。父様も母様を大切に思ってる。だから双子が母様のお腹の中に授かったのは奇跡と屋敷内では言われてる。
「父様も僕も、誰も責めたりなんかしませんよ。」
「そうですよ奥様!もしそんな輩が居るならこのケレンが追い払ってみせますわ!」
「こら、ケレン、乱暴は良くないわよ。」
母様は跡取り問題の事でずっと悩んでたんだと思う。
疫病にかかってから元気が無くなって、ずっと落ち込んでた。
大好きな母様にはずっと笑っていてほしい。
「そういえば、ここに来る前にクリスの事務室に行ってたよね。どんな話しをしたの?」
「父様は王宮に行くと言ってました。でも何故かは分かりません。」
王宮に来い、何もしなくていい、明日行くぞの三連発
「ラートもそろそろ何方か決めないといけないから参考の為に仕事場を見学させようとしてるみたいだね」
父様の事務室だけじゃなく、騎士団本部も王宮にある。
なるほど、見学出来るのならありがたい。
「そう言う事でしたか、なるほど」
そしてやっぱり父様は言葉が足りてなかった。
「ラートが王宮ねぇ、迷子にならないかしら?」
「そうですね、私もそれが一番心配ですわ。」
どうして僕が迷子になると思ってるんだろう。
もっと他に心配したほうがいいものがある気がするんだけど...
「いいですか坊ちゃん。道に迷ったときはちゃんと人に聞くんですよ。」
「僕はもうお兄ちゃんになるんだよ!迷子になんかならないよ!」
ケレンも母様も笑うだけで信じてくれない。僕は不貞腐れて席を立った。
僕はもう8歳になるんだ、迷子も卒業するはず。
二人とも分かってないよ。もう
「それより、坊ちゃん。」
「何、ケレン?」
「席を立つのは構いません。ですがブロッコリーはちゃんと食べてくださいね」
「....はい」
*****
朝食後はいつも決まって屋敷の外れの訓練場に行く。
そこでは第七騎士団の騎士見習いや怪我などの理由で訛った身体を鍛えなおす騎士たちで賑わってる。そこで従弟のヴィンスと一緒に叔父のオスカーや副団長のクルックスから指南を受けて鍛錬するのが日課だ。
「明日王宮に行くことになった」
「王宮?お前が?何で?」
ヴィンスと二人で鍛錬後の休息をとってる間に今朝起こった出来事を話した。ヴィンスは訳が分からないと僕の顔を覗き込んだ。
「なんか、そろそろどっちか決めないといけないから見学みたいな感じだって母様が言ってた」
「ふーん、てか急だなぁ。」
「父様は言葉足らずの時が多いからね、本当はもっと前に計画してたかも知れないよ。」
「クリス伯父上の事だしちゃんと手配はしてるんじゃねーの?あの人準備だけはいつも万端だからな。」
「確かに」
父様の事だから今回も数か月前から手配でもしたんだろうな
「それで、王宮ってどんな所なの?庭園には行ったことあるけど宮殿の中には入ったことないんだ。」
「まあ、広いかな?お前が行ったら絶対に迷子になるな」
高笑いしてるヴィンスに少し嫌気がさした。
母様やケレンといい、ヴィンスにまで言われるとは。
「失礼な...そういうヴィンスだって毎回道に迷ってるんじゃないの?」
「俺は何度も行ったことあるから場所は大体覚えてるぞ。」
ヴィンスの母方の叔母が第二王妃様だ。
王妃様は甥であるヴィンスのことを偉く気に入って、何度も王宮へ赴いたことがあるらしい
「それで、他には?」
「使用人たちの態度がデカイな。王族か侯爵家以上じゃねーと見下されるしスゲー面倒だ。」
王家に仕える使用人は殆どが上位貴族だと聞いてる。
使用人の前に貴族だから見栄を張るのも無理ないよ。
「子供も見下してたな。俺とか。偉そうなやつらばっかで楽しいとこじゃねーぞ。何で俺ばっか呼ばれるんだか分からねーし、跡継ぎの兄貴たちをもっと構えよ。俺はやりてーことやるからよー」
「やりたいことって?」
「世界最強になって、勇気の勲章を手に入れることだ。そんでもって自立して魔王と帝国軍を俺が全部倒す!」
なんて大胆な。
そして何故先に世界最強になる?魔王が現在の世界最強だから先に魔王を倒さないと。
「順番間違ってるよ。魔王倒してからその功績で勇気の勲章を顕彰する。でしょ?」
「細けぇ事は良いんだよ。全部出来ればそれで良しという事だ。」
「じゃあ、ヴィンスは騎士を選ぶの?」
「ああ、机にずっと座ってるより動き回った方が楽だ。お前も騎士になれよ、俺より強いんだからよ。」
「でも魔物や帝国軍、怖いよ?」
「それでも騎士団の方がマシさ。俺に遭ってる。怖いとか言ってたら勲章なんて夢のまた夢だ」
「騎士団長にはなれないけどいいの?」
「団長にならないと勲章が貰えないってわけじゃないだろ。」
叔父のオスカーはウォーレン伯爵家へ婿入りしている
まだまだ現役だから叔父が今のところこの第七騎士団の団長として務めてるけど
引退することになったら僕か、これから生まれてくる弟か妹が後を継ぐことになっている。昔から第七騎士団はフローレンス家が率いる騎士団であって婿入りした叔父の家名は現在ウォーレンだ。
その息子であるヴィンスには継承権は無い。
「ま、この話は置いといてもう一度勝負しようぜ。俺が最強になる第一歩としてクルックスや父上を超える。だから手伝え。」
「はいはい」
先ずは僕に勝ってからでしょ?順番をまた間違えてる。
僕たちはお互いに訓練用剣を向けた。
「今度こそ勝つ。」
「勝てるもんならね。」
*****
気が付けば時計は午後を周り、家庭教師のエドワード先生がやって来た。ヴィンスは今日も逃げ出したから授業を受けるのは僕だけだ。毎日抜け出して何処に行ってるんだろうね?
「コンラート様は誠にご聡明でございます。この問題も解けるなんて。」
「そんな、大げさですよ。」
「いえいえ、数多く生徒を見てきましたがコンラート様ほど物覚えの良い生徒は初めてですよ。この問題に関しては王立学園高等部が習う範囲ですし。」
先生、どうしてこの問題を7歳の僕に解かせようとしたのかな?
「ちょっと出来が良すぎて気に食わなかったところ、それならまだ分かるはずもない難題を出して教師である威厳を見せようと思いまして。でもまさかこの問題も解くとは。」
「先生はその...正直者ですね」
「はい、よく言われます。」
先生が教えた範囲の先をもっと知りたいときは後で本とか読んで自分で勉強するから。先生が知らなくても無理はない。
「ま、これはこれとして、コンラート様はどちらを選ぶんですか?やはり爵位ですか?」
今日はこの話が結構持ち上がる。正直言って、僕はどちらを選べばいいのか少し迷ってる。
「まだ分かりません。正直、まだ迷ってます。明日王宮へ行く事になってるのでそこで色々参考にならないか確かめてみます。」
「王宮ですか...コンラート様、王宮は広いです。道に迷ったら臣下は...駄目だな...騎士団の者に道を聞いてくださいね。使用人は絶対にやめといたほうがいいですよ。」
何故皆揃いに揃って僕が迷子になる前提で話を進めるのだろう?
僕ってそんなに方向音痴なの?
「まあそれはともかく、私は爵位をお勧めしますね。コンラート様が爵位を継いだらフローレンス領は安泰ですな。それかどうです?私の研究の助手になりますか?双子が産まれると耳にしたので二人に其々爵位と騎士団長を押し付けといて、私とけん...」
「それは結構です。」
まだ決まってないだけで放棄するつもりはない。
それにしても...
「爵位と騎士団長かぁ...どっちが良いかな?」
色々考えてるとあっという間に一日が終わった。
明日は王宮へ行く
王宮に行ったら何か分かるかな?決めるまでまだ時間もあるから少しずつ考えてから決めよう。




