21話 下町の事件
「坊っちゃまお出かけですか?」
玄関前で出かける準備の最中後ろから声が聞こえた。
振り返るとケレンが二階の階段から降りてきた。
以前会った時と比べたら顔色は良くなってるけど疲れた表情が目に見える。
「うん、ヴィンスと一緒にちょっと...ケレンは休まなくていいの?」
「お昼まで休む使用人が何処にいるんですか?出かけるなら、私もご同行させて下さい。」
「僕なら平気だよ?カーネリア達の面倒見るの大変だから母様の所に行った方がいいよ。」
別にケレンと一緒が嫌な訳じゃない。
でも何時帰るか分からないし、随分と動き回るかもしれない。
やっと顔色が良くなったケレンに負担は掛けないほうがいい。
「坊ちゃま、その思いやりはご立腹ですがもっとご自分のことを大切になさって下さい。」
「大切?ちゃんと剣を持って行くから大丈夫だよ?」
確かに治安は更に悪くなったと聞いてるけど、
護身用の剣はあるし、ヴィンスも一緒にいる。
ネイトはキョーコ様と疫病に関する書物を集めるように頼んでるから来ないと思うけど、ちゃんと鍛えてるし危ない所は避けるつもりだから大丈夫だと思う。
「そういう意味ではありませんが...分かりました...これ以上言っても譲らないでしょうね...」
休みは大切だよ、うん。
ケレンは溜息交じりに僕を見送ってくれた。
「迷子にならない様にちゃんと手を繋ぐんですよ!」
「はいはい、じゃあ、行ってきます。」
*****
フローレンス邸を降った先にはこの領で一番発展し、盛んな都市がある。
王都ほどでは無いけどここの冒険者業界や魔道商業は引を取らない、勇王国出身の者なら誰もが知ってる大都市:リングレット
ヴィンスは毎日此処に出かけてたのか。
「...」
「何度か馬車乗って来たことはあるけど歩いて行くのは初めてだな。」
「...」
「歩いても結構簡単に来れるんだね。知らなかったよ、」
「...」
「ジドウシャだったらどれくらい早いかな?」
「...」
「ヴィンス?」
「...って、何で手ぇ繋いでんだよ!!?」
ヴィンスが手を振り払った
痛いな、こんなに強く振り払わなくても良いじゃないか。
「仕方が無いだろ?ケレンが迷子になるから手を繋いでろって言われたんだから」
ヴィンス知らないのか?ケレンが怒ると凄い怖いんだぞ?
隠し事も通じない。直ぐに見破られちゃう。
もし迷子になったら怒られるよ?
「迷子にならなかったらいいんだろ?普通に俺を追えばいいじゃんか」
「いや普通に手を繋ごうよ、そっちの方が安全だし。」
「俺が嫌なんだよ!!誰かに見られたらどうすんだよ!」
ヴィンスが走って行った。
そこまで嫌がらなくてもいいのに...
*****
「...逸れた」
ヴィンスが僕を待たずに人混みを簡単に避け行ったら、流石に見失うよ。
いつも邸に居るからこんなに人が居るなんて慣れっこない。
「だから手を繋い方が良いって言ったのに。」
ヴィンスも僕は人が多い場所は苦手なの知ってるはずだ。
これは恨みか?僕が今朝の試合でまた勝ったから恨んでるのか?
「...しかし何処なんだ此処は?」
最初にヴィンスと一緒に居た場所は賑やかだったのに此処は人数も少なく入り組んだ道が多い。建物も手入れはちゃんと施しているけど古い物が多いし、何処か静かな雰囲気がする。
宿谷らしい建物が幾つも立てられてるし下町みたい、いや、下町の宿屋区域なんだろう。
「ん?」
辺りを見渡し歩いてると足に何か引っかかった。
鞄だ。
持ち上げると見た目よりも軽く随分と年季の入った鞄だ。
落とし物かな?中身を勝手に見るのもあれだし警備事務所に届けたほうがいいよね。
だけどその警備事務所が何処あるか分からないし、人に聞かないとだな。
「あれ?」
人が居そうな場所を探して普通に歩いてたつもりだったんだけど、道の入り組が激しかったのか、よくわからない広間に辿り着いた。
人は一人もいない。ただ目の前にあるのは大きな布が奇麗に敷かれてるだけでその布の下から魔力が感じた。如何にも何か隠してるますと主張してる。
これは逆に布の下をめくって下さいと言ってる様な物だ。
別に何か特別な意味があるわけでも無い、ただ気になってめくろうと布に触れたその瞬間。
『駄目っ!!!』
「っ!!」
脳内で誰かの声が聞こえた直後急な頭痛が走った。
そして身体が勝手に後方へ転がる。
な、何だ?
出そうとしても出ない声、
起こそうとしても動かない身体。
自分の意思で自由に動かない身体が唯一行動に起こしたのは
痙攣だった。
体の震えが止まらなかった。
ジェイルス公爵からの罵倒と比べ物にならに恐怖からの痙攣だった。
何にこれほど恐れるのか自分でも解らない、
いや、これは自分の恐怖なのかも分からない。
理解出来ない現象に困惑してる間に身体がまた勝手に動いた。
あの広間から必死に逃げるように。
走る姿勢が全く違う、
身体の自由どころか呼吸まで自分の思い通りに動かなかった。
まるで自分の身体では無い様に...
誰かに、乗っ取られたように...
何だ?何が起きてるんだ?
「ごめんね、本当にごめんね、でも駄目なの...あそこに行っちゃ駄目なの...あそこで...あそこにあった魔法陣で、私は...」
自分で話してるのに口調が違う...
そして溢れ出す涙...
僕は...一体...誰なんだ?
どうして泣いてるの?
「んだ、てめぇ!?ガキが」
入り組んだ狭い裏道が少し広がった所にガラの悪い男が三人、道を塞いでた。
「どいて...どいてください!」
「あぁん?何様のつもりだぁ?此処を通りた...」
真っ赤に染まってた三人の顔を一気に白くなり、青く変わった。
彼らが見てたのは僕ではなく僕の後ろの存在だった。
震えて、此処まで振り返らなかった僕ついに振り返った。
「ごめん...ね」
目前には黒く覆われた霧、そこから姿を表せたのは三本の角、身体を覆いかぶせられるほど大きな羽に細長い尻尾、
その独特な特徴...間違えない...
上位悪魔だった。