18話 寂しくない夜
最初は三人称で、その後ラート視点に変わります。
「とうさま...」
少年は父親の事務室の前でボールを持ってずっと待ってた。
父と遊ぶ約束をしたから、でも父親はいくら待っても部屋から出て来なかった。
「坊ちゃん、旦那様はとても忙しいのです。ケレンと一緒にお庭で遊びましょう。」
「...うん」
少年は母の寝室を横切った。
扉は閉まってて、中は見えない。
でも優しい母がそこに居るのは分かってる。
「かあさま...」
母に会いたい。
ずっと会えてない母に、
「坊ちゃん、奥様はお身体が悪いのです。しっかり休まないといけないので今は会うことは出来ません。」
「......うん」
屋敷内では暗く重たい雰囲気が漂う。
使用人や執事、たまに訪れる家臣も暗い表情を隠せないでいた。
庭で乳母と遊んでも、その乳母も随分と窶れて、元気が無く何度も空けて遊びにならなかった。
「ねぇ、ケレン...かあさまにいつあえるの?とうさまはいつおしごとおわるの?」
「それは...」
乳母は言葉を失い、ただただ転がっていくボールを見つめるだけだった。
少年は察した。乳母は困ってる。
これ以上両親のことを口にしたら迷惑になると
「...ううん、やっぱりなんでもない。いっしょにあそぼ!」
両親に会いたいという自分の想いを押し殺し、少年は我慢した。
これ以上困らせたら、雰囲気が更に暗くなるのを恐れたからだ。
寂しくても我慢すればいい、皆暗くなってほしくない。
そうやって少年は聞き分けの良すぎる子へと成長した。
*****
ーラート視点ー
何故か四年前のことを思い出してた。
母様は重病、父様も仕事が忙しくケレンとずっと一緒だった頃だ。
父様がくれた二つ目の課題、疫病対策。
それは母様も罹った難病の対策法を編み出すことだ。
今現在。唯一の治療法は聖女様しか使えない癒しの光魔法だけ。
あの時、もし聖女様が屋敷に来なかったら、母様を治せなかったら。
屋敷内は今でもずっと重い雰囲気が続いただろう。
今はあの時とは違って随分明るくなったと思う。
母様は元気になったし、カーネリアやカーティスも居るし。
大丈夫...
「...眠れないな...」
夕食のこと、キョーコ様のこと色々考えすぎたら目が冴えてしまった。
クルックスが暮れた課題も色んな人と試合や模擬戦をしろと言うけど魔王軍の出没で団員を皆出払った今、ヴィンスしか相手が居ない。
ヴィンスはヴィンスで何か見つけたのか、新しい技や戦法を沢山編み出してるし、焦りを感じる。
「ちょっと歩くか...」
身体を動かしら眠くなるかな?
*****
深夜だから明かりは無く、静かで、真っ暗な廊下が続いた。
月明かりだけがこの屋敷を照らす。
前は怖くて一人で歩けなかったけど今は暗闇より人の蔑む視線の方が怖いかな。
もっと怖いものを経験したからこんな暗闇なんとも思わない。
こんな克服の仕方があるのかと自分でも呆れてしまう。
歩いてる途中、一室だけ、父様の事務室だけ明かりが点いてた。
父様、こんな時間まで事務室に居るなんて...
いつもなら仕事を全部晩御飯前には終わらせてたのに今日はどうしたんだろう。
四年前と同じだ
「誰だ?」
物音を立てたつもりはなかったのに父様に気付かれた。
「あっ、いやっ、こ、コンラートです父様」
「ラートか、入れ」
何も知らせもなく急に来て申し訳なく思う。
迷惑じゃないよね?
恐る恐る扉を開ける。父様はいつもの様に大きな机で書類や報告書を読んでた。
相変わらず書類に目を離さないけどいつもの様に普通に接してくれる。
口数の少ない父様。それでも会えて夕食のときの寂しさが吹っ飛んだと思う
「...こんな時間までお仕事ですか?」
「あぁ、それとネイトから聞いた。すまない、手が離せなくてな」
「いえ、分かってます。」
父様はいつも仕事を頑張ってる。謝る必要はない
「お前こそこんな時間にどうした?」
「考え事をしてたら目が冴えてしまって少し散歩してた所です。でも今はもう大丈夫です。眠れそうな気がします。」
「そうか。」
仕事の邪魔をしたくない。けどやっぱりもうちょっとここに居たい。
父様も部屋に戻れとか言ってないしもう少し此処にいていいよね?
セビーが仕事の時使用するソファーに腰かけた。ふかふかで気持ちい...
「今日は仕事が随分と多いんですね」
「あぁ、オスカーが戦場に出てる間はアイツの分の書類仕事も任されてるしな。」
「そうでしたか...」
「それと、防衛総司令官になったのも理由の内になるだろう。」
「そうでしたか...ん?」
今、防衛総司令官って言った?
防衛総司令官...はあれだよね...
騎士団本部の最高責任者の一人
防衛担当のあれだよね?
えっ、いつ?
ユージンさんは??
「ユージンに推薦された。」
防衛総司令官が防衛総司令官を推薦出来るの?
「それでその防衛総司令官であるユージンさんは?」
「ユージンは宰相になる」
ダメだ。ついていけない
「それだけだ」
果たして『それだけ』と済ましていいことなんだろうか?
そして話しは本当にこれで終わってしまった。
いや、前と比べたら随分と進歩したと思う。
王宮に初めて行った時の父様だったら
「防衛総司令官になった」だけで終わるだろう。
いや、総司令官になったことも言うまでないと思ってるんじゃないか?
でも今回はユージンさんのことも喋ったし、大きな進歩だな。
「...」
「...」
紙がペラペラとめくる音だけが鳴り響いた。
父様も口数が少ないけど僕も喋る方じゃないから
何か話すこと、何か話すこと...うーん...
「あっ、と、父様、は、キョーコ様の事ご存知ですか?」
「キョーコ様か。子供の頃何度か会ったことがある。黒目黒髪、と公国出身とは違った容姿だったのがハッキリ覚えてる。彼女のことを調べてたのか?」
「はい、課題の参考になりそうなので」
黒目黒髪、僕も何処かで見たことがある気が。
ユージンさん...の髪も公国と違った髪だけど目は黒目じゃなく青だった。
記憶が曖昧だから夢の中で見たのかな?
ならしょうがない、考えるのを辞めよう。
「キョーコ様はベアトリス家の支援を主に受けていた。彼女の事をもっと知りたいのならベアトリス家に行ってみたらどうだ?」
「ベアトリス公爵家へ?良いんですか?」
「お前ならユージンも構わないだろう。」
「そうですか...あり、がとう...います。」
いつものやりとりで安心したのか眠くなってきた。
閉じそうになった瞼を必死に開け、揺れる頭を出来る限り立たせた。
「そろそろ寝たらどうだ、部屋まで送るぞ?」
父様と、もっと一緒に...でももう無理か。
睡魔に襲われて呂律が回らなくなった。
「いいえ、大丈夫...でしゅ...とうしゃまも...おしごと...がんばってください...」
事務室を出た後、どうやって部屋まで戻れたのか全く記憶に無かった。
ただ、父様と話す事ができて、
寂しい夜じゃなくなったのは覚えてる。




