17話 キョーコ様
そこは白い空間だった。
『やっほーやっほー妖精っぴだよーっ!君は最近いつにも増して頑張ってるぴね-』
ぴ?
妖精はいつもこんな口調だったけ?
『違うぴよ~妖精っぴは気まぐれなんだっぴー』
「気にするな、こいつもなんだかんだで、暇なんだよ」
『んもぅー失礼しちゃうね。』
あ、口調が元に戻った。
『ま、それより貴方のお父様から貰った課題に苦戦してるね。』
父様が暮れた課題
疫病対策と治安改善、
治安の改善は警備隊の数を増やせば良いと最初はそう思ったんだけど、王宮だけじゃなく、他の場所でも人手不足は深刻らしい。勿論警備事務所も含まれていて、なかなか人を増やすことは出来ないとセビーが言ってた。疫病対策もある程度専門知識が必要だし...
『その二つの課題、実はそれに関する事を凄ーく調べた人がいるんだ。疫病対策なんてそりゃもーうバリバリと。』
「おい、お前関与しないとか言ってなかったか?」
『私だってアドバイスしたくなったの!ほら、妖精ちゃんは気まぐれなの!』
ある人物?
『そそ、その人の事を調べてみたら何か解ると思うよ。名前はー』
*****
「コンラート坊ちゃん、キョーコ様に関する書物を持ってきましたよ。」
「ネイトありがとう、そこに置いといて。」
執事見習いのネイト、少し抜けてることもあるけど書類管理など仕事に関することは何でも完璧にこなす。
あとちょっとおせっかいかな。
他にも色々と世話もしてくれるから最近はケレンよりネイトの方が頻繁に会う。
「この人が坊ちゃんの夢の中で出てきたと?」
「うん、曖昧なんだけど何故かこの人のことを調べないといけないって...」
誰が言ったのか分からない、夢に関することは極力考えないようにしてたけど、たまに起きる急な衝動。これは絶対に調べないと、絶対にやらないといけないと身体が勝手に動いてしまう。
僕は曖昧な夢の記憶から、その人物の文献を読み漁った
『キョーコ・タカナシ』
ルフィール聖王国は義務教育がある。これを提案したのがこの女性だと言う。そのおかげでこの国の民だったら階級関係なく皆読み書きを出来る。
彼女もシン様みたいに並みならぬ知識を使ってこの国を発展へと導いた。清潔にするだけで病の対策になると、この時代の人たちは思ってもいなかっただろう。
そしてある戦略法を編み出したお陰であの鉄壁な帝国からの侵略も打ち返すことができた。
現在は、また巻き返され、攻め続けられてるけど彼女の残した功績は騎士団の中では今でも根強く伝わってる。
この時代では発明家、シン・ランディや大魔術師グレイと並ぶ逸材だったと。
そして彼女はある日突然姿を消し、もう誰も彼女を見たことはない謎の多い女性だったと。
他の文献や論文は読みづらいのにキョーコ様が書いた物はどれも読みやすく、分かりやすかった。彼女の文献は他の文献と違って一つの大きな仮説を立てるのではなく、小さな仮説を少しづつ解いて行って一つの大きな答えを導き出す様な感じだ。時間は掛かるが、その効果は適切だ。彼女のお陰で今の、豊かな国になったと言っても過言ではないだろう。
義務教育の長所、病院の改善、保険の設立。
その一つ一つは自分の利益ではなく、全て民の為にと書いた物だって言うのが伝わる。次世代でも使えるように、そして彼女の意思を継ぐ者が1人でも増えるようにと、発展のため、民のために書いた奇麗な文献だ。
これを誰も気付かないとは、
「しかしキョーコ様ですか...昔は超有名人だったのに、今となっては誰も語る事は無くなりましたね。」
「ネイトも知ってるの?」
「私はまだ幼かったので覚えてませんが、両親に何度も聞かされてましたね。そうだ、旦那様なら分かると思いますよ、色々接点があったらしいんで。」
父様か、
今日は王宮に行かない日だから事務室にいるのかな?
仕事で忙しいだろうな。
「じゃあ、晩御飯の時に聞いてみようかな?」
*****
父様はご飯を食べに来なかった。
「旦那様は仕事が立て続けてて、ご夕食は部屋で済ますと言ってました。」
「そうなんだ...」
「奥様もカーティス様とカーネリア様のお世話で手が離せないらしいです...」
「...」
また今日も一人で食べることになった。別に今になって始まったことじゃない。
一人は慣れてる。図書室で僕も一人で勉強する時も多い。
大丈夫。慣れてるから大丈夫。
忙しい父様の邪魔はしたくないし、キョーコ様に関することは暫くお預けになだろう。
「…」
目の前においてある夕食を見た。
甘いキノコのソースをかけた牛肉のブロイルに
コーンスープとサラダとパン。
今日はケレンが焼いたパンは無いか。
ケレンのパン、ここ暫く食べてないかもしれない。
食べたいなぁ...
駄目だ。考えすぎだ。
父様も母様も忙しいから来れないだけ。
父様も母様もちゃんと僕のことを大切に思ってる。
ちゃんと伝わってる。
考えすぎるな。考えすぎるな。
スープを飲もうとスプーンに手を伸ばしたら自分の手が震えてるのに気付く。
掴もうとしても手が滑って床に落としてしまった。
「何を怖がってるんだ僕は...」
誰も見てないのは分かるけど自分で床に落ちた物を拾うのは縁起が悪い。
使用人や従者が拾ってくれる程の余裕が無くずっと独り身になると...
あぁ、どうして今こんなこと考えるんだ...
「ネイト...あれ?」
ネイトが居ない。
さっきまで此処にいたのに。
静かな部屋に僕一人。
一人は...やっぱり嫌だな...
「ネイト、どこに行ったんだ...」
感慨に浸ってたら、荒々しい足音の後、扉が勢いよく開いた。
「ネイト...?」
ネイトが荒々しく息切れしながらも僕の隣に座った。
そんなに急いでどうしたんだと聞く前にネイトは声を張った。
「セビーさんでもケレンさんでも何を言われようがもう構いいません!坊ちゃん、今晩は僕と一緒に食べますよ!」
ネイトは手に持ってた袋を開けて自分の夕食を取り出した。
僕が落ち込んでたの顔に出てたのに気付いて、ネイトなりに僕を元気づけようとしたんだ。
何か心の奥底が晴れた気がする。
隣に誰か居ると、ちゃんと想ってくれる人が居るとやっぱり嬉しい。
大丈夫、僕は一人じゃない。
「ネイト...ありがとう。」
「こんなの当然です」
ネイトは腹いせに自分で持ってきたオニギリを口に頬張った。




