13話 王妃と王女
今回は三人称です
王宮の庭園
そこはかつて正妃である第一王妃が息子である王太子の交流のため大きなお茶会を開いた場所だった。
美しい庭園、賑わう人々、
お茶会を開かない時でも三人の王妃たちが何度も共に仲良くお茶を堪能する場所であった。
それも今はもう唯一の王妃が甥と月に数回、ただ二人でお茶を飲むだけの場所となった。
分担してた王妃の公務も全て引き受ける事になってしまった為、時間を作ってのんびりお茶を飲むことも殆ど無くなった。
誰も居ない庭園、庭師が手入れする程度で物静かな場所となりつつあった。あの華やかな日々はもう無いと寂しさを感じる人は少なくない
今日はその第二王妃と甥がお茶を飲む日。少しでも場が明るくなるのを人々は期待してたがその甥、ヴィンセント・オスカー・ウォーレンは不機嫌だった。
目の前にあるタルトを乱暴にフォークで刺しては綺麗な形を粉々に崩した。
第二王妃であるディアンヌ・アニータ・ルーベンタインはそれを尻目に品よく紅茶を飲んでいたが流石にヴィンスをそのままにするのは良くないとディアンヌは声をかけた
「ヴィンセント、行儀が悪いわよ。」
するとヴィンスはさらに不機嫌に顔を歪ませ頬を膨らませた。
彼は王宮に来るのをあまり好まない。彼の態度の悪さにも問題があるが貴族らしかぬ行儀の悪さは上位貴族出身の使用人達も気に食わないでいる。庭園までの道のりの際、通りかかった使用人と言い争いになることも少なくない。きっと今日も同じように言い争いになったのだとディアンヌも最初は思ったがそれを差し引いても、いつにも増して不機嫌に見える。
「何をそんなに不貞腐れてるの?」
少し気になり声をかけたがずっと頬を膨らませるだけで何も言わなかった。
「頬を膨らますだけだと何も分からないわよ。ちゃんと喋りなさい。」
ディアンヌが注意をするとヴィンスは「むーっ!」と暫く顰めた後、口を大きく開けた
「ラートがよ!目の下にクマを貼ってよー、訳がわからんことずっとブツブツ喋って俺の話なんかガン無視しでよー!」
ラート、
フローレンス侯爵の子息コンラートの事だ。フローレンス侯爵家、今は権力を無くしつつあるが、建国から続く歴史の深い名門貴族。彼とヴィンスの性格は真逆と言っても過言ではないが、実家であるウォーレン家と古くから付き合いがあって従兄弟同士でもある二人は仲が良いとディアンヌの姉、ウォーレン伯から何度も聞いている。
その「ラート」についてヴィンスは愚痴を続けた。
「授業全部終わったって聞いて今度からもっと一緒に訓練出来ると思ったらよー!今度はずっと図書室に籠って!そんで王宮でラートに会えたのにずっと王女殿下王女殿下ばっかりでよ!あんな無防備で考え事ばっかなのに何で一回も勝てねーんだよ!あー悔しい!」
つまり、最近コンラートが構ってくれなくて不機嫌とディアンヌは解釈した。
ヴィンスは粉々になったタルトを口いっぱいに詰め込んだ。
美味しかったのか不機嫌な顔が少し和らいだが喉を詰まらせ紅茶を一気に飲み干した。その光景を気にすることなくディアンヌはヴィンスの言う「王女殿下」の方が気になった。
そういえば、あの子はどうしてるのだろうと。
彼女をあの断罪の日以来見かけなくなった。
彼女が酷く虐げられてる噂は何度か耳にしたが噂は広がる度変わるもの。離宮から王宮までは距離があるため、あまり信じていなかった。その「ラート」も後宮へ行った噂も耳にしたが、あの真面目なフローレンス侯爵の息子だ。行くはずもないと信じなかった。
それと素っ気なくなった庭園も、もう一人茶会に参加したら少しは賑わって庭師も喜ぶだろうかとディアンヌは軽く考えた
「ヴィンセントは王女殿下に会ってみたい?」
「俺は...どっちでも...」
口を尖らせる。少し気になってるのが見て分かる。
ディアンヌはベルを鳴らすと控えてた使用人を呼んだ。
「フリーダを連れてきなさい。」
*****
「...来れない?」
「...はい、フリーダ様は只今お忙しいとのことで。」
だがそれは『使用人』が言ったことであって王女殿下本人には会ってないかったと。王妃自らの命令を使用人が断る。異例の出来事だが、彼らの出身地のこと考えるとありえないことでは無い。噂の真実味が増して来たのを実感した。そして、
「王命を断るなんて、余程大切なことをしてるのね」
余程のことが無ければ断ることは許されない、それが王命だ。
亡き第一王妃派閥の貴族は権力者が多いが、亡くなった支持者をずっと支援し続けても何も意味はない。それに以前と同じように何でも彼らの思い通りになるわけでも無い。支持者を失い途方にくれてまだ一年、されど一年。時代はもう変わり始めてる。それを実感させる為、ディアンヌは自ら赴く事にした
「王妃様、どうか無理をなさらないで下さい!」
身重の体で、子は次期国王になる存在。もし、ディアンヌ、そしてその子に何かあったら只事では無い。だが、離れた離宮まで行けば相手も断ることは出来ないだろう。そして離宮の外れにある塔に辿り着くと荒々しく叫ぶ声が響いた。
「いいからこれを着なさい!」
「っ!!」
「お前のせいで、私が恥を晒したのよ!」
「ちょっと!顔はやめなよ!流石にこれ以上隠せないわ!」
ヴィンスを連れて来なくて正解だったとディアンヌに付いてきた護衛騎士や使用人の誰もが思った。彼がこの状況を見ると逆に暴れ出し怪我人を増やして更にややこしくなってしまう。さっきまで叫んでた使用人が気付かずに扉を荒く開くと、真っ赤に怒った顔が直ぐに青褪めた。まさか王妃様が自ら赴くなんて誰が思うだろう。
「だっ...第二王妃様...」
「フリーダはどこなの。」
後ろに隠してた少女を恐る恐る前に出した。
整えた髪に、綺麗に着飾ったドレス。だが冷静に見れば不審に思う点が幾つも分かる。先ず季節は夏なのになぜ冬服を着せて肌を覆い隠してるのか。そのドレスも何年も前に流行った物で今は誰も着ない。一つ見つけるとまた一つと、ディアンヌは険しい表情をした。
「フリーダ、こっちに来なさい。」
ディアンヌは怯えながら近づくフリーダの腕を掴み、袖を捲った。そしてフリーダはまた叩かれると思い反射的に目を閉じたが何も起こらなかったことに不思議に思った。その反応をディアンヌは見逃すことはなかった。
そしてフリーダの腕。薄く痕は残っているが治療がしっかりと施している。明確な傷が無い為、フリーダはただ転んで付いた傷などと言い訳ができる。手の込んだ虐めだとディアンヌは思うが他の使用人も驚きと安堵を隠せないでいた。着替えを担当した使用人がやったと周りが思うが、それはコンラートと出会った時治療魔術をかけたと彼女達は知ることはない。
「細いわね。ちゃんと食べてるの?」
「...サンドイッチを」
嘘は付いていない。コンラートがくれたサンドイッチは数刻前に食べた。だがフリーダを助ける為にやったことが逆に使用人たちも庇ってしまった形になったのを彼はまだ知らない。そして、それを使用人達が無理矢理フリーダに言わせたと勘違いしたディアンヌ。噂の想定以上に酷かったと感じ取った。
どうにかしたいと山々だがジェイルス公爵に宮殿の管理を任せると自ら容認してしまい、今更変える事は出来ない。こんな環境に陥ったのは自分にも責任がある。ベアトリス公爵の支援はあるが今はジェイルス公爵と敵対するには出来る限り避けたい。それならとある事を思いついた
「フリーダ、今度から貴方もお茶会へ来なさい。」
忙しく、身重の彼女が唯一ゆっくり甥と堪能できる時間。
お茶会であれば、公爵も口を出せないだろう。
これが王妃として、殺された友の子に今出来ることだと。
そしてもう一人
「コンラート、ね」
(王太子のお茶会で会った時、人見知りでずっとヴィンセントの後ろにいた。目立つのを嫌う子だと思ってたけど)
彼がいち早く彼女の状況に気づきヴィンスを使ってディアンヌに伝えたのだろう。
「ふふ、時代も少しずつ、変わって行くわね」
もうあの、最悪な時代には戻させない。
彼女は密かに誓った
友の為、彼らの為
そして自分の為にと




