10話 父様と論文は読むのが難しい
父様は反対すると思ってたけど意外とあっさり了承してくれた。
最後に「そうか」の一言だけで理由も聞くことは無かった。
こんなにあっさりして良かったのか逆に心配してしまう。
この後ケレンに怒られたけど...まぁ、伝えたいことは伝えられたから良いとしよう。
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「お前両立するのか?なんかお前なら出来そうな気がするな。」
ヴィンスはあまり驚いてない...と言うより興味がない様子だ。
「そう言ってくれると心強いよ。」
でもいくら両立出来ても国王陛下の目に留まらなければ意味がない。何も成し遂げられなかったら意味がないんだ。
「やっぱり『勇王の証』を手に入れるのが一番早いだろうな」
『勇王の証』は第二王妃様みたいに、その勲章を顕彰されると膨大な権力が手に入る。もし僕も勲章を手に入れることが出来たならフローレンス侯爵家も権力を持てるし、ジェイルス公爵に立ち打ちできるかもしれない。
「何でお前も『勇王の証』狙ってんだ?目立つの嫌とか言ってたじゃねーか」
「それは...状況が変わって、好きな人が出来たから、その人を守る為に権力つけるんだ」
王女殿下のことを思い出すとちょっと照れてしまう。それを見たヴィンスは吐きそうな顔をした
本当に失礼だな...
ジェイルス公爵に対等するには一つの勲章で足りるかは分からない。公爵家の家系は何度も『勇王の証』を顕彰された者を輩出する名門貴族だ。現ジェイルス公も叡智の勲章を手に入れてる。
「だからね、僕、叡智と勇気の勲章両方狙うよ」
同じ勲章を2回顕彰された人は多くは無いけどいる人はいる。でも勲章を両方顕彰された人はまだ居ない...もし僕が両方顕彰される事ができたら「名前だけの侯爵」と罵ることはもう出来ないだろう。
簡単なことじゃ無いのは分かってる。でもこれくらいしか僕には思いつかない。
「ふーん、いいけど俺の方が先に勇気の紋章を手に入れるからなっ!」
「それは僕に勝ってから言いなよ。」
それにしても、功績...って何をすれば良いんだろう?
魔王を倒すとか?
...無理だな。
王女殿下は今5歳
結婚できる年齢は18からだけど騎士になる者は16から結婚することができる
最短の猶予は11年。
でも一刻も早く王女殿下をあの境遇から助け出したい。
軍事功績で手に入れられる勇気の勲章は騎士に先ずならないといけない。正式な騎士になるには昇格試験を受けないといけなし、試験を受けられるのは14歳になってからだ
これはまだ6年ある。
その間鍛錬し続けることしか今は何も出来ない。まずはクルックスに勝つことを目標にしよう。
だから今集中するのは叡智の勲章だ。
早い段階で叡智の勲章を手に入れて、あの塔での環境を少しでも良い方向に変える。そして勇気の勲章を手に入れて王女殿下を助け出す。
よし、大まかな計画は決まった。
訓練が終わったら書斎へ行こう。
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「うーん...論文、読みづらいなぁ…」
セビーが見せてくれた父様が仕事で読む書類も長くて難しかった。言葉回しがややこしくて、どうして一つの事を伝えるのに二十ページ以上使うのか疑問に思う。
論文もその科目の専門知識を知らないと理解出来ない物が多い。叡智の勲章の顕彰者は大体新しい論文を発表したり、役に立つものを発明したりと、発表した際、一気に成果を出してるけど実際にはその成果を出すまでの道は随分と時間がかかる事が多い。論文を発表するのが一番の近道で遠回りでもある。何十年、もしかしたら何百年もかかる可能性もあるだろう。それだけではなく、その理論を如何に功績に移すのかが一番の問題だ。
うーむ、問題が山積みだな。
「何処から始めたらいいのか分からないな」
論文を読めるようになったら良いのかな?
やっぱりエドワード先生に聞くのが一番だな。
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「コンラート様、王宮はいかがでしたか?」
エドワード先生が聞いてきたことにどう答えるか正直迷った。
王宮
そこで僕は見下され、罵られ、トラウマも植え付けられて良いことは殆どなかった。騎士団本部での経験や叔父様の言葉、それに王女殿下に合う事が出来たからプラマイゼロとは言わないけど行って良かったと思う。それと...
「その...僕の家、相当見下されてるんですね」
「おや?やっと気づきましたか。聡明なのか鈍感なのかよくわかりませんね」
一言多い気がするけど、それが先生だ。あまり気にすることはないな。
「そんなに有名なんですか?僕たちの権力の無さに?」
フローレンス領は広く、作物も豊富に育って町の発展も着々と進んでる。冒険者組合にも力を入れて、国中知れ渡ってるはず。国で一番大きな冒険者業界が設立されてるリングレット大都市だってフローレンス領の管理下だ。それに加えると貴族内で流行ってるジドウシャの発売、及び制作の権限はフローレンス家が持ってる。
侯爵としての功績は申し分ないと思ってた。
「そもそも侯爵が側近なのがおかしいんですよ。侯爵ともあろう立場の人だと上位の職に就いてるはずですがただの側近だと。不思議で仕方がないですな。」
セビーに聞いてみたら王宮の事務室も去年取り上げられたらしい。こんな大事なこと、父様が隠してた...いや、言うのを忘れた気がする。事務室と職を取り上げられてそれを言うまでもない?いくら父様だってそこまで...でもあるな。
「昔から弱かったんですか、フローレンス家は?」
「いいえ、それはクリステンの代からですね。コンラート様のお爺さまの代ではちゃんと名門貴族として名を知れ渡ってましたし。」
父様の代からと言うことはまだ最近の出来事で、まだ取り返しが付くかも。
「それと、あの人があの時やらかしましたし」
「やらかした?」
「ま、彼の口から伝えれたら良いんですが、必要なことも端折りまくりますね、あの人。」
父様、本当に...一体何をやらかしたらここまで酷くなるんだ?
「隠し事が多いんですよね、あの人は昔から」
いや隠し事と言うより、言うまでもないんじゃない?
ほら、王宮にあった事務室を取り上げられた時とか。
何を隠して、何をが言うまでもない事なのか全然分からない。王宮の事務室を取り上げられ、職を一時期失ったのは言うまでもない事だと思ってる人だ。絶対に何か足りてない。
結論から言うと...
父様は論文より読みづらい。
「これだから、情で動く人は理解できないんですよ。何もメリットもない事を馬鹿正直に実行するなんて。」
「エドワード先生もそうやって見下すんですね。気付きませんでした。」
「いえいえ、勘違いしないでください。フローレンス侯爵家だけではなく皆平等に見下してるんです」
やっぱり肝が据わってるな、この人。教師として雇われたのがたまに不思議に思う
「クリステンの息子だから了承しただけであって、他の家だったら直ぐに断ってましたよ」
「他にも理由があるでしょ?」
「当たり前じゃないですか。叡智の紋章の候補者である私がそこら辺のガキ相手に家庭教師なんてやるわけないじゃないですか。クリステンの条件が一番良かったから承りましただけのこと。あの人は交渉だけはずば抜けてるんですからね。」
エドワード先生の交渉は確か、僕に基本科目を教える代わりにフローレンス邸にある書物を自由に読むことができるとか
「因みに僕は授業で何処まで進んでるんですか?」
「取り合えず、基本科目は既に中等部二年は終わってます、この進度だったら今年中に高等部に行けますね。いや~物分かりがいい子は教える手間も省けてとてもいい。」
いくら何でも早すぎはしないか?
「コンラート様はとてもご聡明で何より。もう教えたこと何でも吸います、スポンジ、いや庶民の家庭でよく使われるソウジキの様に」
でもこの速度だと、もしかしたら早い段階で論文とか読めるようになりそうだ。
「あと2年もあれば全て教え終わるでしょう。」
「それを、その、もっと速度を上げることは出来ますか?」
エドワード先生が笑った
いつもの作り笑いじゃなくて
下劣な笑いだ...
決してそちらの意味ではないと思いたい
「いいんですか?」
「...はい」
この事を後悔した時にはもう遅かった。