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部活は意味がない

作者: 山田相州

10000円ぽっきり。

エロエロ。

むちゃくちゃかわいい子の写真がネオンで光ってる。

ほんとうなのかな?

さっきまで、食品工場でアルバイトをしていた。

日給16000円。

毎日8時間、重たい原料の袋を、担いで右往左往した。

仕事中のおっさんは、ひたすら風俗とパチンコと車の話題しかしてこない。

そういう世界があると初めて知った。

この職場では、風俗とパチンコと車の話題しかないが、いろいろ詮索してくる人はいない。

大学2年生の戸塚卓也にとって、ここは働きやすく、給料が良い職場だった。

この仕事は学校にあるパソコン室で探し出した。

ネットの世界には、バイト情報誌よりも条件が良い仕事が落ちている。

3週間、ひたすら工場で働いていて、なんか引っかかる。

なんだっけ?

なんか、あったような。

原付に乗って、帰りしなに、エロエロの看板の前でとまった。

入ってみる?

童貞なのに?

3週間まえに、マネージャーの女子に告白されたけど付き合わなかったよね?

3分ほどの逡巡のあと、卓也は10000円ぽっきりの風俗店に入った。


風俗店でいろいろなエロエロなサービスも、ことが終わると、色あせ、少し10000円が惜しくなってきた。

しかし、10000円以上に大事な何かを失ったような気もする。

卓也は、アパートに帰った。

ああ、そういえば今日はフットサル同好会のはじめての、練習試合の日だった、と、日中に引っかかっていたことを思い出す。

まぁ、いいや。最近はバイトで練習に出ていなかったし、行ってもしょうがないだろう。

ため息をついて、テレビをつけると、中学生日記をやっていた。

卓也は中学生時代、バドミントン強豪校のレギュラー選手だった。

たかだか数年前の事なのに、大昔の事に思える。

全国優勝できると、本気で思っていた。

自分はまけないと本気で思っていた。

個人競技なのをいいことに、卓也は闘志を前面に出して、練習していた。

それを、チームメイトに煙たく思われていると気付いた時はすでに手遅れだった。

卓也はチーム内で孤立していた。

練習相手になってくれる、チームメイトはいなくなり、卓也の技術は低下して、最後はチームメイトといざこざを起こし、中学3年の夏に、逃げるように部をやめた。

部活をやめた後は、精神疾患にかかった。

うつ病だったと思う。

思うというのは、まだ、うつ病という病気がメジャーではなかったのだ。

1993年。

この年はJリーグが華々しく始まった年だ。

卓也は家のテレビでサッカーの試合をぼーっとながめていた。


うつ病が原因で、高校入試は失敗だった。

高校では卓也は、部活には目もくれず、勉強に打ち込んだ。

うつ病はよくならない。

でも、何かしていないと、精神病の恐怖が襲ってくる。

とにかく何かしないと。

その何かが勉強だった。

バトミントン一本やりでほとんど勉強はしていなかった卓也だが、高校三年間の猛勉強のおかげで、比較的難関の神戸市立大学農学部に合格することができた。


神戸市大入学後はバドミントン部も考えたが、中学時代のチームメイトとの不和を思い出し、バドミントン部にもバドミントンサークルにも入らないことにした。

農学部の同じクラスの男に誘われて、フットサル同好会に入ったものの、誘った男は三日目に来なくなった。

卓也は、フットサル同好会を続けようか迷ったが、続けることにした。

理由はフットサル同好会がインカレ(全国大会)に出場できる可能性があったからだ。

しかし、神戸市大のフットサル同好会はインカレに出場したことはない。

それどころか、練習試合も含めて、記録に残る限り、試合で勝ったことはない。

日本フットサル協会が主催する公式戦に出場するフットサル部もしくは同好会がある大学は少ないので、都市部は県下から1校、そうでなければでは数県下から1校という感じで、インカレへの切符がある。

神戸市大のある兵庫県は、フットサル部がある大学が複数あり、兵庫県から1校という出場枠になっている。

兵庫県には4校フットサル部がある大学があるので、4分の一の確率で出場できることになる。

中学時代のバドミントンに比べると、格段に楽だと、卓也は考えた。

大学1年生の時、神戸市大フットサル同好会の一年生は30人ほどいたが、あっというまに5人になってしまった。

神戸市大のサッカー部やサッカー同好会にとられてしまったのだ。

残った5人はサッカーもフットサルも経験のない面々だった。

卓也ももちろんその一人である。

神戸市大フットサル同好会は3年生の6月に開催されるインカレ兵庫県予選をもって引退する。4年生までやらないのは、就職活動や大学院入試があるからだ。


中学3年生の時、うつ病に苦しむ中、ドーハの悲劇をテレビで見た。

ドーハの悲劇とは、サッカー日本代表が、アジア予選最終戦でイラクと引き分け、ワールドカップ悲願の出場を逃した試合である。

スーパーファミコンのゲームであるスーパーフォーメーションサッカーでは日本は一度もワールドカップに出場していないのに、ゲームの中ではワールドカップでの試合をすることができる。

中学生ながらに、ちょっとずるいのではないかと思っていたから、イラク戦で勝利し、実際にワールドカップに出られたら、面白いことになると思っていた。

実際には、イラク戦は引き分けとなり、ワールドカップには出られなかった。

ただ、いままで、本当にサッカー日本代表が弱く、ワールドカップなど夢のまた夢という中で、あと一歩というところまでこぎつけたことに卓也は静かに感動した。

自分も可能性があったら、スポーツで、今度は弱いチームを強くする経験をしてみたいと思うようになった。


それから数年の時を経て、卓也は神戸市大フットサル同好会という、部員5人の衝撃的に弱いチームに身をおくことになった。

初めは、卓也にとって願ったりかなったりの環境だったので、残りの4人の部員に、インカレを一緒に目指そうと、声をかけて回った。

しかし、神戸市大フットサル同好会で、インカレを目指しているのは、実は、卓也一人で、残りの人は、ちょっと健康のためにとか、合コン受けがよさそうだからとか就活で有利そうだからなどの理由でフットサルをやっているにすぎず、卓也と一緒にインカレを目指す人など一人もいないことが分かった。

そもそも、練習試合も含めて、過去、記録が残る限り、一回も勝ったことがないチームだ。インカレという単語を聞いて、場違いと笑い出したり、怪訝な顔をするものがほとんどだった。

それでも、卓也は、いつか、チームメイトが、卓也の考えに賛同してくれると信じて、週に2回の体育館で行われる、練習のほかに、自主的に筋トレをしたり、学校への行きかえりを、ジョギングにするなど体を鍛えた。

しかし、チームメイトはだれもついてこなかった。

週2回の練習にはみんなそれなりに来る。

しかし、簡単にミニゲームをやって、疲れたらだべって、1時間くらいで練習はお開きになってしまう。

中学時代に、全国大会をめざして、熱心にバドミントンの練習をしていた、卓也は、これでは、まったく勝てないのも道理と、1年間やってみて、悟ってしまった。

部員が10人と比較的多く、レギュラー争いもそれなりにあった1学年上のチームは練習試合10連敗、秋の新人戦1回戦敗退、春のリーグ戦3戦全敗、そして、インカレ予選も1回戦敗退、しかも10対0という大敗だった。

この結果を見て、卓也はインカレをほぼあきらめた。

やはり、漫画やアニメのようにはうまくいかず、弱いチームはいつまでも弱いのだ。

仕組み自体が、すでにそのようになっている。

20歳、大学2年生にもなったらそこは理解しないといけない。

卓也は自主練をしなくなり、部員とは練習よりも、部室でゲームをやったり、麻雀をやったり、フットサル以外の楽しみ方を通して、1年生の時よりも他の部員と仲良くなることになった。

女子マネージャーも入ってきて、以前に比べ、フットサル同好会は活気づいてきた。

卓也は2年生になり、必修の単位をほとんど取得することにした。

自主練もせず、暇だったので、勉強を頑張ることにしたのだ。

家庭教師のアルバイトも始めた。

ドーハの悲劇の際の感動もインカレの夢も忘れた。


2年生の夏休みになってすぐ、フットサル同好会の面々で、都賀川沿いでバーベキューをすることになった。

帰り道、女子マネの文学部2年の神崎さんに

「戸塚君、あさって、8月4日の神戸みなと花火大会、一緒に見に行かへん?」

と、誘われた。

8月5日から神奈川の実家に帰る予定だったので、見に行っても大丈夫だよと、了解した。

はたして、当日、三宮駅前で、再会したとき神崎さんは、浴衣だった。

卓也は普通にシャツに短パンだった。

芋の子を洗うような、ポートアイランドの会場から、神崎さんと花火を見て、いろいろな話をした。

結論から言うと、卓也は神崎さんと話していてあまり面白くなかった。

神崎さんの下の名前は琴美ということ。高校時代の話。文学部の話。ほかのフットサル同好会のメンバーの話。

帰りしなに、神崎さんに、

「あたしと付き合ってほしい」

と、告白された。ポートライナーのりばの前の人通りの少ない道だった。

卓也は神崎さんの事はよくわからない。あまり好きなタイプでもなさそうだ。

でも、神崎さんと付き合い始めて、そして、フットサル同好会はすっぱりやめてしまい、神崎さんと、六甲山牧場に行ったり、須磨海浜浴場に行ったり、京都観光に行ったり、そういう青春もありだと思った。むしろ、大多数の大学生はそちらを選ぶだろう。それが、幸せだろうと思った。

・・・・・・・インカレ・・・・・・・・

ふと、脳裏に浮かんだ。

まだ、あきらめきれないのか。

ただ単に、神崎さんとは付き合いたくないだけなのか。

「ごめん、付き合えない」

卓也は、神崎さんに回答した。神崎さんはくるっと前をむいて、浴衣の人ごみに走って入って行ってしまった。

卓也は呆然とそれを見送るだけだった。

大学2年生の夏休みが始まった。


夏休みは1週間ほど神奈川の実家に帰った後、

神陽食品工業株式会社という灘区にある中堅食品メーカーの工場で働いた。

アルバイトは大学のパソコン室で見つけた。

神陽食品では主にとうがらしを原料とした調味料を製造している。

夏の食品工場は地獄だ。

高温、高湿度、目を刺すような唐辛子の刺激、重い原料袋。

あさ9時から夕方5時まではたらいた。

時給2000円

工場から帰ると、家で、爆睡した。

工場で働いていると、余計なことは考えない。

ひたすら目の前の原料袋を運ぶ。

以前やっていた家庭教師より、意外に、卓也にはこのような肉体労働が性にあっているようだった。

夏休み中も同好会の練習に参加しないかとチームメイトから連絡があったが無視した。

女子マネが来なくなったけど何か知らないか、と連絡があったが無視した。

何も考えたくない。

卓也は工場でのアルバイトに没頭することにした。

夏休みものこり少なくなったある日、仕事帰りに、PHSをみると、

「明日、練習試合来てほしい」

と、メールがあった。

明日はちょうどバイトがない。

翌日、昼過ぎ、卓也は練習試合の用意をして、試合会場の中央体育館に行こうと原付に乗った。

しかし、どうしても気が乗らない。

練習していないのに試合に出ても意味がない。

「10000円ぽっきり。エロエロ。」

と書かれた、風俗店に卓也は吸い込まれた。


「なんで、練習試合来なかったんだよ。」

砺波俊太という経済学部2年のチームメイトは卓也を学校で見つけるなり、文句を言った。

風俗店に行っていたとはとても言えまい・・・

「ちょっと、バイトで」

と、卓也はお茶を濁した。

卓也は少し結果が気になった。

どこと試合だったの、結果は?と質問した。

姫路教育大、姫教と練習試合したんだよ。と俊太は答えた。

たしか、姫教は国立大で、神戸市大の次に弱かったはずである。

しかし結果は、5-0、7-1、10-1で3連敗だったそうだ。

そういえば、卓也が参加しないことにより、部員は4人となり、試合ができないはずでは?

卓也がそれとなく聞くと、伊那礼二という、工学部2年のサッカー経験者が夏休みの間に入部してきたそうだ。

神戸市大のわずか2得点はいずれも伊那礼二がゴールを決めたそうだ。

さすが、サッカー経験者は違うよな、と俊太はうらやましそうに言った。

俊太は中学まで陸上をやっていたそうで、足は速いし、シュートは強いが、紅白戦でもゴールはほとんど決めない。

そもそも、神戸市大が練習試合も含めて、得点を入れたのは、記録に残る限り3年ぶりだそうだ。

「あさっての土曜日、大阪で練習試合があるから、今度は来いよ」

と俊太は言った。

練習試合か・・・

負けるのが分かっていて、試合に出るのはつらい。

それにしても、なぜ大阪まで行くのかと聞くと、神戸市大のようにあまりにも弱く、練習試合の相手の見つからない大学4校が集まるそうだ。具体的には、浪速美術大学と奈良経営経済大学院大学と高槻ファッション専門学校と、フットサルには縁のなさそうな学校ばかりだった。


練習試合は大阪府茨木市の体育館で行われた。

大阪は9月でも暑く、あまりフットサルをやる環境にはない。

神戸市立大学のユニフォームはレンタルでチームから貸し出されており、上下ピンクと派手なユニフォームだ。卓也は初めて着るこのユニフォームはあまり好きではない。

「まずは、とりかごで体をあたためよう」

柔軟体操が終わった、伊那礼二は言った。

伊那礼二は途中からの入部にもかかわらず、態度が大きい。

キャプテンは経済学部2年の沼田弘志のはずだが、控えめな、弘志は完全にキャプテンの役割を礼二に譲っている。

簡単に、とりかごをやった後に、続いて、ボールを2個に増やして、とりかごをやった。

続いて、ストレッチを一通りやった。

礼二が円陣を組もうというので、神戸市大チームは恥ずかしながらも、円陣を組み、試合に臨んだ。


「普段社会人やっている大学院大学に完敗するのはさすがにないよね」

と、ひととおり試合が終わってから、キャプテンの弘志は言った。

いやぁ、なんというか、想像通りですよ、と卓也は思った。

普段、美術に没頭している美大に5-0の完敗。

普段、社会人やっている大学院大学に3-0の完敗。

今日、はじめて顔を合わせたという、専門学校に4-1の完敗。

専門学校戦では礼二が唯一得点した。

礼二は顔を真っ赤にしておこった。

「真面目にヤル気あるのか?こんなんじゃただのお遊びサークル以下だ」

卓也はいやいやここはお遊びサークルなんですよとひやかす。

意識高い系うざーいと声があがる。

「ちょっとはやるき出せよ。インカレいくんだろう!」

と俊太が言った。

卓也には衝撃だった。

礼二はともかく、卓也が1年生のとき、インカレを目指そうといったときに、まったく乗ってこなかった、俊太が言うのは意外だった。

「おまえ、いま、弱そうなところに3連敗してよくそんなこと言えるな」

と、卓也は俊太を小ばかにするように言った。

「俺はインカレを目指しているよ。北神体育大学にだって勝てるようになるさ」

と俊太はつづけた。

卓也はのけぞった。

兵庫県で二番目に弱い姫路教育大学に大敗し、公式戦に出場しない大学院大学や専門学校にも負けたあとに、よく、兵庫県最強の北神体育大学に勝てるなどと言えると、卓也は恥ずかしく思った。

そして、1年生の時の自分のがんばりを振り返り、怒りがわいてきた。

「絶対に、うちのチームは勝てないね。」

卓也は少し大きな声で言った。

「いや、頑張ればなんとかなるよ」

弱気なキャプテンの弘志までがそんなことを言っている。

卓也は、このチームで続けるのが、心の底から嫌になってきた。

この人たちは現実が分かっていない。

漫画の読みすぎじゃないか?

「1週間後に秋の新人戦があるよね。で、1回戦の対戦相手は姫路教育大って決まっていたよね。たしか。それだったら、姫教に3点差以内で負けるか、3得点以上するかしたら、俺もインカレ目指してもいいよ。その代り、今の条件が達成できなかったら、俺はこの同好会やめるから。」

卓也は、ちょっと同好会を強調して宣言した。

いや、卓也が辞めたら部員が減って練習にならないだの、姫教戦の条件の根拠はなんだとか部員は口々に文句を言う。

それを制して、卓也はつづけた。

「とりあえず、1週間、死ぬ気で頑張ってみようぜ。そして、1週間頑張っても何も変わらないことを証明してやるよ。もし、1週間の頑張りで少しでも向上するようなら、つまりさっきの条件を超えるようなことがあるなら、俺は、インカレを目指してもいいと思う」

練習場所はどうする?と礼二は言った。

フットサル同好会の練習は神戸市大の体育館で火曜日と木曜日の週二回しかない。

「お前ら、バイト代あるだろう?三宮のフットサルコートを月、水、金、土曜日の4日分、各3時間ずつおさえよう。いいな?」

卓也はうむを言わさず、言い切った。

どうせ、無理だと思う。もしかしたらとか、ないと思う。

ただ、1週間、たんたんとやってみようと卓也は思った。

どうにもならないことがあるということを、こいつらに教えてやった方がいいと思う。

その日、茨木から神戸に帰る途中で、三宮のフットサルコートを予約した。社会人に人気の金曜日以外はとりあえず抑えることができた。


フットサルの練習は何をやったらいいのかが分からない。唯一、フットサルに近い競技、サッカーを中学までやっていた礼二がいるくらいだ。6人のメンバーを改めてみてみると、

伊那礼二 工学部2年 小学校、中学校でサッカー 高校は勉強 ポジション ピボ 

沼田弘志 経済学部2年 小学校、中学校で野球 高校は勉強 ポジション アラ

砺波俊太 経済学部2年 小学校、中学校で陸上 高校は英語部 ポジション アラ

戸塚卓也 農学部2年小学校、中学校でバドミントン 高校は勉強 ポジション フィクソ

福山闘志 法学部2年 小学校、中学校で柔道 高校は将棋部 ポジション ゴレイロ

恵庭正大 経済学部2年 小学校、中学校、高校で勉強 ポジション アラおよびフィクソ

となる。

神戸市立大は比較的難関大学なので、基本的に高校はみんな勉強を頑張ったという形だ。それでも礼二、俊太および卓也は1浪している。

1999年現在、インターネットはあまり普及していない。しかし、大学にはパソコン室という設備があるので、料金を気にせずそこで調べることができる。

フットサル同好会の面々はパソコンを持っていないどころか、インターネットに触れたこともない。条件の良いバイトを探すのに利用した卓也を除いて。

まず、きちんとしたフットサルの練習方法を探そうと、月曜日の練習が終わってから、卓也は提案した。

うちらの練習は基本的にサッカーだよね。サッカーとフットサルは違う競技だ。フットサルで有効な練習方法を図書館かインターネットで探そう。

パソコン室はそもそも図書館にあるので、図書館に行った。

スポーツのコーナーには、フットサルに関する本は置いてなかった。

あとはインターネット。

結構、いろいろな情報があるんだよ。と卓也はつぶやきながら、パソコンをいじる。

「フットサル 練習法」

と検索すると、いろいろ出てきた。

おおーと、歓声が上がる。

その中で、関東にあるフットサルスクールのホームページに戦術および技術が乗っていた。

フットサルはサッカーよりバスケットボールに近い戦術が必要なこと。

今更、1週間以内で、新しい戦術が身につくはずはない。

卓也はなにかヒントはないか、画面をスクロールした。

フットサルは「速い」より「早い」が求められる競技・・・インステップシュートよりトーキックを覚えよう。

これかもしれないと、卓也は思った。

思い当たる節がある。

卓也はインステップでシュートをしようとしても、シュート態勢に入ってから、足をディフェンダーに入れられてシュートできなかったことが結構あったからだ。

トーキックなら、ワンテンポ早く蹴れるのではないか・・


「トーキックは小学生までだって」

礼二はいらだちを隠せない。

火曜日、フットサル同好会の面々はトーキックの練習をした。

みんな、少し力むのか、ボールが上下左右にぶれてなかなかゴールに飛ばない。

俺はインステップで蹴るから、と礼二はインステップでのシュートを打つ。

さすが中学までサッカーをやっていただけあって、他の人よりはきれいにゴールする。

しかし、卓也はフィクソの立場から見ると、シュートをするのがバレバレのような気がする。

実際今まで、礼二が一人で得点してきているので、卓也はあまり強くトーキックをすすめることができずにいた。

ほかのフィールドプレーヤーである、俊太、弘志、正大および卓也は、ピボ当てからのシュート練習でトーキックを試すが、なかなかうまくいかない。

シュート練習ばかりするわけにもいかないので、ディフェンス練習などほかの練習をするとみんなトーキックのことは忘れてしまいがちになる。

ディフェンスの練習にやや重きを置きながら、水曜日、木曜日と練習を行い、金曜日は三宮のコートが取れなかったので、自主練となった。実際はみんな練習はせずに、バイトに行ったり、家に帰ったりしていた。

卓也は農学部の友人に誘われて、バドミントン同好会の練習に参加した。

あそびで打つことはあったが、同好会のようなところで本格的に打つのは中学の時以来である。

卓也は楽に打てると思っていたが、現実は厳しいのか、全然打てなくなっていた。

「玉から目を離すなよ」

農学部の友人は指摘した。

たしかに。

中学時代、バドミントン部の顧問や先輩に常に言われていた、打つ瞬間まで目を離すなということ。

フットサルでも同じなのでは・・・・

卓也は土曜日の練習に、バドミントンで得た知見を応用することを考えた。


いやいや、シュートの際にボールを見るのは当たり前だから。

と、礼二はひとりインステップでのシュート練習を続ける。

卓也は他のメンバーに、ボールから目を離さず、トーキックをする必要性を説いた。

球技経験者の、弘志はすぐに理解してくれた。球技経験のない、俊太、闘志および正大は最後までボールを目から離さないという意味を分かりかねているようだった。ゴレイロである闘志は別にシュートがうまい必要はないが、シュートチャンスが比較的多く回ってくる俊太には覚えてほしかった。

パサーはパスを出す。

シュートをうつものはボールを足裏でトラップする。

そして、ボールから目を離さず、ボールの真後ろの中心を軽くつま先でつつく。

そうすると、ボールは思ったよりも勢いよく、ゴールに飛ぶ。

ゴレイロの闘志は、7割くらいは止められるが、3割はゴールになる。

強く蹴ることより、軽くつつき、コースを狙うことが大事だと、練習しているうちにわかってきた。最後は、ボールから目を離さないことを確認して、練習を終了した。


大学フットサル秋季大会兵庫県大会は、中央区の中央体育館で行われた。

神戸の9月はまだ暑い。

4校の大学はそれぞれユニフォームに着替えてウォーミングアップをしている。

兵庫では1番強いと言われている北神体育大学は部員数が50人ほどで、そのうち10人ほどがレギュラーとして出場する。

2番目に強いと言われている尼崎大学は部員数30人ほどで、そのうちやはり10人ほどがレギュラーである。

3番目は姫路教育大学で部員数は10人ほどで、その全員がレギュラーとして出場する。

フットサルはフィールドプレーヤーが4人+ゴレイロ1人で、自由に入れ替えができるので、最低10人はいた方が有利である。

しかし、神戸市大は6人しかおらず、そのうちの1人がゴレイロなので、フィールドプレーヤー5人中4人が試合に出ずっぱりとなる。

「ガンガンシュート打って、1回戦突破だ」

と礼二ははっぱをかける。

「守備も固めないとね」

とキャプテン弘志は確認をとる。

卓也はこの一週間の練習を思い出していた。

練習はほぼ毎日だったが、上手くなった実感がない。

たった一週間でうまくなるはずがない・・・・

これが卓也の素直な感想だ。

ただひとつ、ボールをよく見てトーキックでシュート。

これだけが、新しく導入された技術である。

しかし、守備練習などはあまり時間もとれず、新しい戦術も導入されていない。

卓也は今日が最後の試合でいいと思っている。

引退して、バドミントン同好会に入って、彼女を作って、バイトして、勉強も頑張って、家事も頑張ろうと思った。

最後の試合だと思っていても、あまり思い入れがないので、まったく緊張していない。

他の5人は少し緊張しているようにも見える。

卓也は練習を大してやってないのになぜ緊張するのか理解できなかった。


一回戦第一試合は北神体育大学と尼崎大学の試合だった。

北神体育大学は個人技が高い。

それに対して、尼崎大学はエイトという、フットサル独自の戦術を取り入れている。

エイトという戦術は、卓也たちはインターネットで確認したが、いまさら新しい戦術を練習しても意味がないとふんで練習しなかった。

しかし、個人技に劣る尼崎大学はエイトでうまくボールを回し、北神体育大学の好きなようにはさせない。

北神体育大学は個人技のドリブル突破で、1点を先制したが、その後、尼崎大学のボール支配率が高くなり、じりじりと守りの時間が多くなってきた。

しかし、尼崎大学もシュートが決まらない。

そうこうしているうちに、北神体育大学のカウンターで、2-0となった。

ホイッスルが鳴り、試合が終了し、2-0で北神体育大学の勝利となった。


一回戦第二試合は姫路教育大学と神戸市立大学の試合だった。

姫路教育大学は尼崎大学のようにエイトを使うこともなければ、北神体育大学のように個人技が高いわけではない。

しかし、前回の練習試合では3試合ぼろ負けしたわけだ。

ホイッスルがなり、姫路教育大学のボールで試合が始まった。

姫路教育大学は基本的に戦術がないので、試合運びが神戸市立大学に似ている。

しかし、個人技が神戸市立大学より高く、神戸市立大学はなかなかボールを支配できない。

神戸市立大の作戦は一つしかない。

カウンター・・・・・

サッカーで弱者の戦法と言われる、カウンターを、神戸市立大学はぶっつけ本番でやることにした。

試合前に、弘志が提案し、皆で納得して採用した戦法である。

厳密には、カウンターを狙わざるを得ないほど、姫路教育大学に攻め込まれてばかりなのである。

ピボの礼二は不満そうに見えるが、4人でひたすらゴール前を守ると、さすがになかなか点を入れられない。

ひたすら攻め込まれるものの、何とか7分間守りきり、前半を終えた。

姫路教育大学は選手を入れ替えながらなので、見た感じ、体力に余力があるようだ。

それに対して、神戸市立大学は全員出ずっぱりなのでヘロヘロに疲れている。

意外によくやっている・・・・・

卓也の素直な感想だった。今までは、前半に大量失点しているケースが多かった。

点を入れなきゃ勝てないんだよ、と礼二はいらだっている。

「後半は前に出てピボの仕事をするからな」

と、礼二はアップを始めた。

「まだ、守って、正直、引き分けでもいいと思う」

と、卓也は礼二に忠告した。

引き分けでも十分というのが卓也の考えだった。

しかし、礼二はそうは思っていなかったようだ。

試合が始まると、礼二は前に打って出た。

礼二はサッカーの経験者だけあって、守備もうまい。

その礼二が守備をおろそかにすると、神戸市立大学の守備はとたんに崩壊する可能性がある。

そして、恐れていることが起きた。

礼二がディフェンスでボールを奪うと、ドリブルで前線に上がった。

ハーフラインを過ぎたあたりで、姫路教育大学のディフェンスをかわすと、左サイドから一気に駆け上がり、インステップのシュートを放った。

シュートは勢いのあったものの、ゴレイロにパンチングではじかれた。

はじかれたボールは、姫路教育大学の選手にわたり、その選手は前線に大きくクリアーをした。姫路教育大学に逆にカウンターを仕掛けられた形になった。

礼二はもどってこられない。

クリアーされたボールはすぐに姫路教育大学のピボにわたり、シュートをされた。

ゴレイロの闘志はほとんど動けなかった。

姫路教育大学のシュートはきれいにゴール左下に決まった。

先制点を姫路教育大学に奪われてからは、神戸市大は防戦一方となり、立て続けに2失点となり、0-3で姫路教育大学のリードとなった。

このままでは、宣言通り、卓也は同好会をやめることになる。

卓也は、ふと、シュートを打ってみたいと思った。

どうせ負けるなら、どうせやめるなら・・・・

卓也は、ディフェンスをチームメイトに任せて、一か八か、前線に飛び出た。

礼二はさっき、こんな気分だったのだろうか・・・・・

いつも通り、姫路教育大学が神戸市大学フィールドに攻め込む中で、礼二がディフェンスでボールを奪った。

礼二は素早く、前線にいる、卓也にグラウンダーでパスを出した。

卓也は、ボールを落ち着いて足裏でトラップし、そして練習通り軽くボールをつま先でつついた・・・

スローモーションのようにボールはゆっくりと飛び、姫路教育大学のゴールに入った。

ここで、ホイッスルとなり、1-3で姫路教育大学の勝利となった。


兵庫県秋季大会の反省会は試合後、礼二のアパートで行われた。

神戸市立大学のフットサル同好会の6人はいずれも兵庫県外からの入学であるので、いずれも下宿している。その中で、礼二のアパートは広く、一階で多少騒いでも大丈夫そうだったので、そうなった。

礼二が入ってくる前は、いつも弘志のアパートで飲み会をやっていた。

弘志のアパートでは麻雀をやり、恋愛の話をして、盛り上がった。

そんな飲み会は2年生になってからは何回もやっている。

礼二のアパートでの反省会という名の飲み会はフットサルの話で盛り上がった。

礼二も酒に酔うとあまり厳しいことは言わず、ほかのメンバーと打ち解けて、くだらない話に花を咲かせている。

負けてもこれだけ楽しい飲み会ができるのなら、たとえ弱いところにでも勝つことが出来たら、その時の反省会という名の飲み会はさぞ楽しかろう。卓也は思った。

せめて一勝はしてみたい。

卓也はぬるいビールを飲みながら思った。

1-3ということで、卓也は同好会を継続することになった。

一週間の練習の成果はあったと言わざるを得ない。

しかし、この練習法が正しいのか自信もないし、そうそう三宮のフットサルコートで練習はできない。なによりお金がかかってしょうがない。

ふと、卓也は思い出した。

屋内のぼろぼろのフットサルコートを。

「インカレを目指すなら、少し俺の言うことを聞いてほしい。今日は俺が得点したんだし、いいよな、礼二?」

ビールを飲み終えると、卓也は構想を話しはじめた。


「なんでこんなに重いんだよ!」

「足けがするって!」

「暑いよ、目が痛いよ!」

9月の中旬から、神戸市大フットサル同好会の6人は神陽食品工業株式会社の製造ラインで授業が終わった後の、16時から18時までアルバイトをすることになった。週5日だ。

神陽食品は現在、大変な人手不足なことは、夏休みの間に卓也は聞かされていた。

その神陽食品には、ぼろぼろながらもフットサルコートがある。ちなみに誰も使ってないので荒れ果ててはいるが。

礼二の家で行われた反省会の翌日、卓也はだめもとで、神陽食品の製造課長にフットサルコートを使わせてくれないか、直談判をした。

製造課長の加藤はひとつの提案をした。

「フットサル同好会の部員6人に製造ラインに入ってほしい。バイト代ははずむ」

やります。と、卓也は即答した。

卓也は夏休みの間中、神陽食品でアルバイトをしていたので、勝手はわかっているが、他のものは、わかっていない。

20kgある原料を、腰を痛めないように持ち上げ、担いで、混合槽まで持っていく。

「6月の兵庫県インカレ予選は室内でやる。神戸の6月は暑い。暑さに慣れる意味合いと、体力をつける意味合いもある。」

と、卓也は説明した。

「これだけ重労働をした後に、練習するのか~」

部員たちは文句を言うが、礼二は割合納得している。

というか、工学部の礼二は、いろいろな形の混合槽に興味があるらしく、原料袋を担いだまま、スクワットをして足を鍛え、時間があるときに社員に機械のメンテナンス方法を習っていた。


神陽食品のフットサルコートは天井付の人工芝コートで、屋外にある。

卓也たち6人はフットサルコートを一週間かけて整備した。

整備したフットサルコートで、卓也たちは新人戦では時間がなかったために、採用しなかった「エイト」という戦術に本格的に取り組むことにした。

エイトはフットサル独特の戦術のため、礼二も経験がない。

だから、卓也たちは学校のパソコンで動画を何回も見て、エイトの戦術が組み立てられるようにした。

コーチも顧問もいないので、正解はわからない。

それでも、卓也たち部員は、学校が終わり、バイトが始まるまでの間に、パソコンでフットサルの技能や知識について調べる習慣がついてきた。

やみくもに練習してもうまくならない。なにか、いい方法があるはず・・・

とにかく、エイトを組み立てるには体力がないといけない。

エイトという戦術とトーキックという技能以外の新しい技術が見つかるまで、卓也たちは徹底的に体を鍛え、夏の神戸の試合でフルタイム走り回っても疲れない体力をつけることにした。体力があれば、少なくともディフェンスはできるはず。卓也はとりあえず、できることから組み立てることを提案した。


16時から18時まで肉体労働のバイトをして18時から21時までフットサルの練習をすると、さすがに授業中は眠くなる。

卓也は農学部の友人と遊ばなくなったので、ノートを貸してもらいづらい。だから、卓也はすべての必修科目に出席して、眠い目をこすりながらノートをとりあえずとりまくった。

授業は栄養学の授業だった。出欠は取らず、みんなノートを貸してもらうこと前提なので、ほとんど出席者はいない。先生は自分の趣味の研究の話をとうとうとしているだけだ。想像を絶するほど眠い授業だった。先生はタンパク質の研究をしているらしく、安価な家畜用プロテインを開発しているそうだった。

・・プロテイン・・・

卓也は授業が終わると、栄養学の研究室を訪ねた。

研究室では数名の大学院生が、何かしらの化学物質を調査している。

「失礼します・・・」

おそるおそる、卓也は研究室に入った。

すると、後ろから

「君は戸塚君やね」

と栄養学の西脇先生がとつぜん話しかけてきた。

なんで、俺のこと知っているんですか?と聞くと、先生は

「君はいつも授業に出ているからね。眠そうやけど」

と、続けた。栄養学に興味があるのか?と先生は聞く。毎回栄養学の授業に出席しているので興味があるのと勘違いされたようだ。卓也は栄養学にあまり興味はない。むしろ、有機化学などを専門にしたいと考えていた。ただ、今日は、

「少しあります」

と、答えた。


「強靭な肉体は科学的に正しいトレーニングと科学的に正しい食事からだ」

卓也は部員6人が集まった礼二の下宿で宣言した。

朝食、昼食は各自でとるとして、夕食は卓也がタンパク質豊富で飽きない料理を6人分作り、大量に食べることにした。これなら、外食や中食をせずに済むので、安価に食事をすることができる。また、食事の後は、礼二の家の横にある児童公園で6人で筋トレをすることにした。筋トレは退屈だ。一人だと続かない。だから、6人でタンパク質豊富な食事をして、そのあと、筋トレをする。神陽食品でバイトをして、練習をした後なので、筋トレはきついが、6人いれば相互監視になるので、続けることが出来そうだ。卓也の料理も好評で、筋トレも文句を言うものもいるが、なんとかこなすことができた。

キャプテンの弘志は、じゃあ、夜も遅いし、解散にしようか、と提案した。

ちょっとまって、と、卓也は、茶色の大きなクラフト袋に入った粉を用意した。

「プロテインか?」

礼二は興味深そうに覗き込む。

「高いんだよな、プロテイン」

俊太も興味深そうである。

それにしても、大きな原料袋で、工場にありそうな代物だ。

これを、水に溶いて飲む、と、卓也は宣言した。

一袋、1000円ぽっきり。これは卓也は言わないことにした。

「くっそまずいんだけど!」

弘志は涙目だ。

「試作品か?味に改良の余地があるな。」

礼二は顔をしかめて飲み干した。

「原料は何だよ!う、うぇ~」

と俊太は吐いてしまった。

卓也は、俊太の口を押えて、全部飲みこませた。

「コオロギに失礼だろ!全部飲め!」


礼二は、サッカー少年だった。

幼稚園の時から、ボールを追いかけ、公園でサッカーをやっていた。

小学生の時には、すでに、地域では一番うまいといわれるまでになった。

中学生になり、サッカー部に入った。

中学サッカー部でも、エースとして活躍し、市大会で準優勝した。

礼二の頭には、サッカーで天下を取ることしか頭になかった。

だから、練習しないチームメイトには厳しかった。

中学では反感を買うことも多かったが、気にしないようにしていた。

勉強もできた礼二は、県立の進学校に入学した。

そこの高校はサッカー推薦をたくさん採っていた。

一般入試で入った礼二は推薦組を前にして、初めて、レギュラーから外れる恐れが出てきた。

それでも、礼二はサッカーを頑張った。

でも、サッカーばっかりをやってきた推薦組にはなかなか勝てなかった。

とうとう、礼二はレギュラーから外された。

レギュラーから外されても礼二は腐らず頑張ったが、推薦組から嫌がらせを受けるようになった。

推薦組は勉強なんてしない。

礼二は勉強も頑張っていた。

そんな、礼二がうっとうしかった、のかもしれない。

推薦組は礼二に口を利かなくなり、礼二は神経症にかかり、サッカー部をやめることになった。

目標を失った礼二は、やみくもに勉強を頑張った。

何かに打ちこまないと、精神がバラバラになってしまいそうだった。

はたして、がり勉の末、神戸市立大学工学部に入った後は、何もやる気が起きなかった。

アマチュアサッカーの頂点は、高校サッカーだと思っていた。

大学生になってまで、サッカーを続けていることはあまり想像していなかった。

祭りは終わってしまった、という感じが抜けなかった。

そんな中、同じ大学の男子が毎日、ランニングしているのを見かけた。

礼二はアルバイト先のコンビニから一年生の間毎日のように眺めていた。

その男子が気になった。

彼は何を目標に毎日走っているのだろう。

大学生になってまで、打ち込むことってなんだ?

礼二は一年生も終盤になったある日、ランニングしている男子を農学部で見かけた。

迷わず、後をつけた。

ストーカーと言われてもかまわない。

はたして、その男子は、体育館に入っていった。

フットサル同好会がこの大学にあることを初めて知った。


弘志は野球部であることが誇りであった。

しかし、弘志は一回もレギュラー選手になったことはなく、いつもベンチから応援していた。

自分を試合から締め出しているレギュラー選手たちを応援するのは少し胸が痛んだ。

自分も試合に出たい。

でも、それを口に出すことはなかった。

口に出したら、何かが壊れてしまいそうだったからだ。

だから、弘志はいつも何でもない風をよそおっていた。

なにも気にしていないように、朗らかにふるまっていた。

そんな弘志をみて、レギュラー選手たちはあれこれからかってきた。

それでも弘志は我慢した。

いじられキャラであることを受け入れた。

俺は野球部だ。

それだけが、弘志の心のよりどころだった。

中学三年の市大会の一回戦、弘志たちのチームはコールドで負けた。

レギュラー選手たちは涙を流して泣いていた。

その中で、まったく泣けないでいることに弘志は気づいた。

弘志は中学最後の試合から帰る途中で、燃えるゴミ箱にグローブを捨てた。


俊太は田舎で生まれ育った。

サッカーは幼稚園ではうまいほうだった。

でも、小学校に上がると、田舎にはサッカーを教えてくれる環境がないことが分かった。

俊太にとってサッカーはテレビで見るものになった。

いつか、高校か大学に入ったらサッカーができるように、と思って、体は鍛えておくことにした。

そこで、小学校から町の陸上クラブに入り、長距離選手として走り回った。

俊太はもともと体力があったので、めきめきと頭角を現し、中学の時は市の大会で準優勝をしたこともある。

俊太は準優勝をしたことで、いったん、スポーツに満足してしまった。

俊太は高校に進学すると、サッカー部はあったものの、英語部に入り、英検1級を目指すとともに、受験勉強に精を出した。

神戸市立大のフットサル同好会を見つけたとき、今更もう一度スポーツを本気で頑張ろうとは思っていなかった。ただ、久しぶりに球技がやってみたいだけだった。

俺は中学の時、陸上で準優勝しているというのが、俊太のプライドだった。

それを今後の人生で越えられるとは思っていなかった。


闘志は中学まで柔道をやっていた。

結構強いほうで、自分は運動神経がいいのだと思っていた。

しかし、学校の体育の時は、柔道はやらない。

やるのはサッカーとかバスケットボールとか球技だ。

球技になると、闘志はまるでだめになる。

闘志は体育の球技でミスをするたびクラスメートにからかわれ、体育が本当に嫌になった。

闘志は自信もなくし、高校では将棋部に入った。

将棋には運動神経はいらない。

でも、闘志は将棋では全然勝てなかった。

神戸市立大学に入学して、クラスメートに誘われてフットサル同好会を見学した。

球技にコンプレックスがある、闘志は、非常に躊躇した。

ただ、練習を見ていて、一つ、球技のセンスがいらなそうなポジションを見つけた。

闘志は今までを見返してやりたいと思い、フットサル同好会の門をたたいた。


正大の母親は極端な教育ママだった。

息子を医学部に入れようと、幼稚園のお受験のお教室に通わされた。

しかし、正大は母親の希望の幼稚園に合格できなかった。

幼稚園では難関小学校に入れるように勉強をさせられたが、合格しなかった。

小学校では難関中学校に入れるように勉強をさせられたが、合格しなかった。

塾のため、部活に入ることも禁止されていた、正大は、ずっとスポーツをやってみたいと思っていた。

しかし、父親が道路公団勤務で、2年に一回転勤するので、スポーツの習い事も継続してできず、結局、正大は一人で毎日ランニングをすることで、自分を満たしていた。

入学した比較的難しい高校でも、医学部対策の塾に通うため部活には入れなかった。

しかし、努力もむなしく、正大は医学部には入れなかった。

そんな正大を母親は見放した。

正大は二次募集で合格した神戸市立大に入学し、実家を出た。

そして、真っ先にフットサル同好会の門をたたいた。


年が明け、2000年になった。

二年生の後期試験は1~2月に実施される。

フットサルばかりで全然勉強をしていなかった、フットサル同好会のメンバーは、正月返上で、礼二の部屋に集まって勉強合宿をした。

単位を落として留年になれば、フットサルをやっている場合ではなくなる。

6人のメンバーは、各自、過去問を収集して、試験対策に臨んだ。

医学部に入れなかったことで、親から仕送りをしてもらえず、毎回高得点を取らないと、各種奨学金が打ち切られてしまう、正大は切実だ。

ただ、経済学部はたまたま3人もいたので、それぞれ過去問を解析して、試験に臨んだ。

果たして、6人は単位を落とすことなく、3年生に進級することができることとなった。


3月はまるまるすべて春休みだ。

6人は神陽食品工業でアルバイトをし、夕方からフットサルコートで練習をした。

戦術はエイトではなく、比較的取り組みやすいカウンター一本にしばり、ディフェンスの練習に励んだ。

礼二は、万が一の場合にそなえて、フェイントでかわすテクニックを、ほかの部員に教えた。

全体練習の最中にフェイントの練習時間はあまりとれないので、各自、自分の家の中で、練習することとなった。

全体練習の後は、それぞれ自分の家までランニングで帰ることにした。

土曜日日曜日とアルバイトのない日は、礼二の家の近くの児童公園で練習し、そのあと、布引の滝の横から六甲山に登る道を駆け上がって、体力をつけた。

「うちら、箱根駅伝を目指しているわけじゃないんだなぁ」

と、弘志と闘志は天を仰いで、いる。かなりしんどそうだ。

一方、卓也、俊太と正大は割合元気だ。

この度、月末に、練習試合の予定が組まれた。

昨年、練習試合をした、浪速美術大学が、声をかけて、神戸市立大学のほかに、北神体育大学と北神体育大学の系列校の六波羅短大が参加することになった。


「やっぱり俺らなめられているんだなぁ」

弘志はため息をついた。

はたして、春休みの終わりに高槻で開催される練習試合に北神体育大学は来なかった。

「やっぱりレベルが違いすぎると、練習にならへんからねぇ」

浪速美術大学のキャプテンも申し訳なさそうだった。

練習試合第一試合は浪速美術大学と六波羅短大の試合だった。

六波羅短大は体育コースのみの短大なので、やはり強い。

一方的な試合となって、3-0で六波羅短大が勝利した。


練習試合第二試合は六波羅短大と神戸市立大学の試合となった。

神戸市立大の作戦はカウンターのみである。

足腰を鍛えてきたので、ひたすらディフェンスに徹する構えだ。

笛がなると、六波羅短大はドリブルで仕掛けてくる。

神戸市立大は防戦一方だ。

ディフェンスはマンツーマンで練習してきた。

部員の少ない神戸市立大ははたしてそれが効果があるのか試していない。

この試合はぶっつけ本番となった。

礼二、卓也、俊太の三人がポジション関係なく、ひたすらディフェンスする。

シュートを打たせない。

ひたすらそれに徹した。

しかし、六波羅短大はそれでも、ドリブルで仕掛けてくる。

礼二と卓也が二人がかりでディフェンスにかかったが、フェイントで抜かれることも多く、とうとうシュートを打たれた。

しかし、闘志が体をはってそれを止めた。

「クリアー!!」

礼二が叫ぶ。

闘志はボールを大きくクリアーした。

その先には、クリアーを信じて走っていた卓也がいた。

卓也は足裏でボールをトラップすると、180度反転した。

目の前はもうゴールだ。

強く打つ必要はない。

これまでの練習で感じた事実だ。

卓也は軽く、ボールの裏をトーキックでつついた。

ボールは静かに、六波羅短大のゴールに吸い込まれた。

しかし、神戸市立大の攻勢もここまでだった。

そのあと、六波羅短大はひたすらドリブルで駆け上がり、何度もシュートを打った。

闘志は健闘してセーブしたが、それでも2点をとられ、1-2で神戸市立大は負けた。

「あれだけ引いて守っても点とられるのか・・・」

礼二は悔しそうだ。

「いや、健闘しているでしょ」

卓也は部員に声をかけた。

自信を持ってもらいたかった。それに、実際、よくやっていると思ったからだ。

それはいちいち言葉に出して、伝えないと、いけないと感じた。

恥ずかしいとか言っていられない。卓也は、部員一人ひとりに良かった点をほめたたえた。

「まぁ、実際、健闘しているよね」

弘志はすこし満足しているようだ。

負けて、満足されるのも困るが、自信を失われるよりかはマシだ。


練習試合第三試合は浪速美術大学と神戸市立大学の試合となった。

神戸市立大は体力がなくなった弘志と正大を交代させてのぞんだ。

正大はずっとサブで、正式な試合に出場するのははじめてである。

ほとんどスポーツの経験のない正大は緊張しているようにみえた。

「練習試合だから気楽にいこーぜ」

卓也は声をかけた。

「ミスすんなよ!」

礼二がはっぱをかける。

「そういうこと言うなって!!」

卓也と弘志は声をそろえた。

実際、緊張して体が硬くなったほうがミスにつながる。そのためには気楽にいるのが一番だ。

「ずっと、むこうの5番にマークついてろ、今日はそれだけでいい。体力あるんだろ?」

卓也は正大にアドバイスを手短にだした。

「わかった」

正大は緊張した面持ちで答えた。

ホイッスルがなり試合が始まる。

はじめのころは両校シュートが打てない。

そんななか、アルバイトと走り込みで体力だけはついてきた神戸市立大はボールを支配する時間が多くなってきた。

最初にチャンスが巡ってきたのは神戸市立大だった。

引いて守っていた、俊太がボールを奪い、礼二にパスした。

礼二はドリブルで駆け上がる。

途中、ディフェンスを持ち前のフェイントでかわし、豪快にシュートを放った。

ボールは斜め左上に突き刺さり、神戸市立大が先制した。

浪速美大のボールで始まり、浪速美大の5番がボールを受けた。

正大は懸命にディフェンスし、シュートをさせないようにしているが、あっさりフェイントでかわされ、そのままシュートされ、闘志は一歩も動けないまま、1-1の同点に追いつかれ、前半が終了した。

後半は正大と弘志が再度交代し、試合再開となった。

後半開始すぐに、礼二がボールを奪うと、弘志にパスを出した。弘志は前を向くと、迷わず、卓也にパスした。

卓也は足裏でトラップすると、落ち着いてトーキックでゴールを決めた。

後半になっても神戸市立大は体力が残っていた。

後半終了間際、礼二がボールを奪うと、卓也にパスを出し、卓也は前線の俊太にパスを出した。

俊太は足裏でトラップした。

「シュートだ!」

卓也と礼二は叫んだ。

俊太は練習しているトーキックでシュートし、ボールはゴール左下に吸い込まれ、3-1となり、そのまま試合終了となった。


神戸市立大フットサル同好会初勝利の打ち上げは礼二の家で行われた。

「まさかうちのチームが勝てる日がくるとは!!」

闘志は興奮気味に喜んでいる。

「俺はもっとゴールきめたいけどなぁ」

俊太はまだ不満足のようだ。

実際、今までの試合でゴールを決めたのはほとんどが礼二と卓也だ。

卓也は今、調子がすごく良いと思っている。

自分に流れが来ている、と卓也は思っていた。

いままで、練習してきてよかったと思うし、確実に成長しているなら、もっと練習して、インカレに出たいと、本気で思うようになってきた。

また、取り組んでいる、カウンターという戦術、それを支える、足腰の鍛錬、加えて、シュートの際のトーキック、いずれもが、今のところうまく機能している。

六波羅短大には負けたが、それなりに強いチームに1-2というのも評価できる結果だと思う。

卓也は外の空気が吸いたくなり、ベランダに出た。

中学の時、バドミントンでたくさん勝ったはずなのに一つ一つの勝利の記憶がおぼろげになっている。なにより、誰かと勝利の喜びを分かち合った記憶がない。

俺はもしかしたら、今、十分に満足しているのではないかと思った。

4月の夜はまだ寒い。

遠くで花見のにぎやかな歓声が聞こえる。

うしろで、ベランダのドアが開き、礼二が入ってきた。

「おまえ、もう満足してないよな?」

卓也はギクリとした。

「俺、インカレ出場は絶対成し遂げるから」

と礼二は真顔で言った。


2000年度大学フットサル大会兵庫県リーグ大会は、5月に神戸市中央体育館で行われることとなった。

試合はすべて一日で終わらせる。

組み合わせから、神戸市立大学の試合は、姫路教育大、尼崎大、北神体育大の順番に試合があることになった。

最悪、一勝一敗一引き分けでシードがとれる。

神戸市立大学の第一試合は、姫路教育大との試合となった。

また、カウンター狙いの神戸市立大学はひたすら、マンツーマンで防戦し、攻撃の機会を待った。

2分経過あたりで、ディフェンスで礼二がボールを奪うと、ドリブルで上がる。

このパターンは今までも多かったので、卓也は左サイドを駆け上がった。

礼二の前に、二人のディフェンダーが待ち受ける。

礼二はドリブル突破が無理と判断して、左を駆け上がっている卓也にパスを出した。

卓也はもらったと、足裏でトラップし、ゴール左下を狙ってトーキックをした。

しかし、キーパーはそれをブロックした。

さらに詰めていた卓也は、インサイドで再度シュートを放ったが、ゴールポストに当たって跳ね返った。

その跳ね返ったボールを右から詰めていた俊太がインサイドでシュートし、ゴールとなった。

その後、神戸市立大学の攻勢は続いた。礼二と卓也はシュートを放つものの、姫路教育大学のキーパーがうまいのか、点が入らない。

そうこうしているうちに、卓也からパスを受けた弘志が足裏でトラップし、静かにトーキックでゴールを奪った。

ここで、終了のホイッスルが鳴り、2-0で神戸市立大学の勝利となり、会場はどよめいた。


試合会場は、続いて、北神体育大と姫路教育大の試合が始まる。

礼二と卓也は、自販機に飲料を買いに行った。

自販機には、尼崎大の選手が二人で飲料を買っていた。

「市大が勝つとは思わなかったな。俺ら楽にシードとれそうやな」

と尼崎大の選手は談笑していた。

しかし、振り返って、ピンク色の神戸市大のユニフォームを見ると、視線をそらして足早に帰っていった。

「あいつらなめよって。つぎ、ぜったいに勝つぞ!!」

礼二は憤っていた。

「まぁ、落ち着けって。おまえ、カッカするとミスるから、冷静にやってくれよ」

卓也は礼二に落ち着くように声をかけたが、卓也もやはりカッカしている部分があった。

6月の神戸は何しろ暑い。それだけでなく、梅雨が明けてないので湿気もすごい。

一試合終わっただけなのに、汗が吹き出し、ちょっとしたことでイライラする。

さっき、公式戦初勝利をして、興奮気味だった神戸市大の6人は浮足立っているようにも見える。

それでも、灼熱の神陽食品でバイトしているときに比べればマシなので、卓也や礼二をはじめ、みな体力は十分にあるようだった。


10時00分きっかりに、神戸市大と尼崎大の試合は始まった。

尼崎大は一試合目、北神体育大に1-2で負けている。尼崎大は北神体育大戦とはメンバーをすべて入れ替えて試合に臨んできた。

「なめよってからに」

礼二はまだ憤っている。

ホイッスルが鳴ると、尼崎大のボールで試合が始まった。

ピボの礼二はガンガン前にでて、ボールを奪おうとする。

礼二はすぐにボールを奪うと、ドリブルで中央突破し、インステップで強烈なシュートを放った。

ボールはゴールの左上に突き刺さり、神戸市大の先制となった。

また、尼崎大のボールで試合が再開される。尼崎大の12番のフィクソは大柄で太っている。

礼二は12番に突っかかっていった。

12番はフェイントで、抜かそうとしたところへ、礼二は足を入れてボールを取ろうとした。

尼崎大の12番は体を入れてボールを取られまいとしたとき、足を滑らせて、後ろに倒れ、礼二が下敷きになった。

礼二はしばらく動けなかった。

12番にはイエローカードがでて、神戸市大のフリーキックとなった。

「俺が蹴るから」

礼二が倒れたままうめくように言った。

「いや、無理でしょ、正大と入れ替われよ。フリーキックは俺が蹴るから」

と卓也は言ったが、

「いや、俺が蹴るから、そしてこのまま勝つから!!」

と、礼二はよろよろと立ち上がる。

尼崎大も北神体育大も姫路教育大も女子の応援団が来ている。

でも、神戸市大にはそもそも応援する人がいない。

でも、関係ないと、礼二は思った。

俺らが勝つから。

俺らが勝ったらいやでも振り向くから。

振り向かせるから。

だれを振り向かせるんだろう?

友人?親?・・・

くらくらする礼二は、ボールを置いた。

尼崎大は壁が3人で、ゴールまでも距離がある。

しかし、礼二は1メートルほど、ボールから離れると、トップスピンをかけて直接ゴールを狙った。ボールは壁の上を通ると、ドライブ回転で下に落ちていき、尼崎大のキーパーはほぼ一歩も動けず、ゴールとなった。

しかし、礼二はそのまま動けなくなった。

試合は中断し、卓也と正大が肩をかして、礼二をベンチに下げた。

礼二は正大の手を握り、下を向いた。

ピボに弘志が入り、アラに正大と俊太、フィクソに卓也という布陣で、試合は再開された。

2点リードしているので、あとは点を入れさせなければ大丈夫、勝てる。

フィールドの4人とゴレイロの闘志は方向性を確認して、試合を再開させた。

尼崎大は2人、メンバーを変えてきた。

交代で入った尼崎大の5番は豊岡病太という、兵庫選抜の選手だった。

病太は、ボールを受けると、ドリブルで突破してくる。

それを、正大と卓也が二人がかりで止めに入るが、病太は正大をフェイントでかわすと、インステップでシュートをした。

闘志はパンチングで止めに入ったが、ボールはゴールに吸い込まれた。

神戸市大はピボを正大に変えて、卓也、俊太および弘志の3人でディフェンスし、1点を守りに入る作戦に変えた。

正大は卓也にボールを渡して試合は再開された。

卓也は大柄な12番をフェイントでかわそうとするが、12番は大柄な割に、動きがいい。

卓也はドリブル突破が難しいと判断し、正大にパスを出した。

しかし、正大の後ろについていた病太がボールを奪うと、ドリブルで上がっていった。

病太と12番の二人で、ボールを交互に渡し、一気に神戸市大のゴールに迫る。

俊太は、ファール気味に病太にタックルするが、病太はするりとかわし、またインステップでシュートを放った。

闘志は横っ飛びでボールをはじいたが、詰めていた12番がインサイドで流し込んで、同点に追いつかれ、終了のホイッスルが鳴った。


今まで、なすすべがなかった、尼崎大とも引き分け、意外に順調だと、卓也は思っていたが、ほかの部員はそうは思っていないようだった。

礼二は北神体育大に絶対勝つぞ、と、ほかの部員にはっぱをかけた。

部員も、気合が入った顔で、「おー!!」

と、応える。

いいながれで、北神体育大の試合を迎えられそうだと卓也は思った。


12:00から始まった最後の試合は、神戸市大と北神体育大の試合だった。

神戸市大はピボが礼二、アラが弘志と俊太、フィクソが卓也という布陣で臨んだ。

礼二はやや足を気にしているが、何とかなりそうだ。

ホイッスルが鳴り、試合が始まる。

北神体育大のスタメンには佐用天平と天啓という双子がおり、二人とも兵庫選抜だ。

天平はボールを受けると、ひたすらドリブルでかわしていく。

ボールを奪うのがうまい礼二が、抜かれると、弘志も抜かれてしまった。

フィクソの卓也は時間を稼いで、ほかのメンバーが戻ってくるのを待とうとしたが、天平はミドルシュートを打ってきた。

ボールはゴールの左上に突き刺さり、あっさりと北神体育大に先制されてしまった。

神戸市大のキックオフで試合は再開されるが、礼二でも、天平にあっさりとボールを奪われてしまう。

天平は天啓にボールをパスすると、天啓は俊太をかわし、すぐにミドルシュートを放った。

闘志はパンチングではじこうとしたが、とどかず、ボールはゴールに吸い込まれた。

それからは、北神体育大の一方的な展開となった。

卓也は何回もディフェンスで止めようとしたが、ほとんど止められなかった。

うしろから、何か、礼二の怒鳴り声が聞こえる

でも、何を言っているのか、聞こえない。

いや、聞こえているが、意味が理解できない。

何点とられたか、はたして、数えられるものはいなかった。

北神体育大はこの日、最高得点で、神戸市大に圧勝した。


6月になり梅雨に入った。

リーグ戦から一週間がたち、6月中旬に始まる、インカレ予選兵庫県大会まで、あと一週間となった。

しかし、部員の集まりは悪い。

リーグ戦は1勝1敗1分で得失点差で3位となり、シードを逃した。

リーグ戦の直後に行われた、インカレ予選の組み合わせ発表で、神戸市大は一回戦で、第一シードの北神体育大と当たることが分かってしまった。

それから一週間、神陽食品工業のバイトには皆、一応来るが、練習をすることなくかえってしまう。

今日も、卓也は一人で、シュート練習をしていた。

すると、ドアが開いて、礼二が入ってきた。

礼二は、練習ウェアを着ていたので、練習をやる気みたいだ。

「蹴るか?」

と、卓也は、ボールを礼二に渡す。

「大学院っていくか?」

礼二は聞いてきた。

「うーん、まだ、考えてないけど、理系ならみんな行くよね?」

と、卓也は回答した。

「俺は行かないんだ。家の事情で。夏休みが終わったら、就活しないとな。あー、ずっとフットサルやっていたかったなぁ。」

と、礼二は、つぶやいた。

「インカレ出れば、夏の終わりまで、俺らは現役でやれるぜ」

卓也は言った。

「うーん、そうだね。」

礼二は、いつもの元気がない。

「俺らって、いつも奇襲じゃないと勝てないよね。」

礼二は、ボールをセットしていった。

「次も、奇襲で、行くから。」

礼二は、ボールをインステップで強烈にシュートした。

ボールはゴールど真ん中に突き刺さった。


2000年度文部大臣杯大学フットサル兵庫県予選(インカレ予選)は神戸市中央体育館で行われた。

卓也と礼二は、比較的早く、体育館に来たが、ほかのメンバーはなかなか来ない。

卓也は、ほかのメンバーが来ないんじゃないかと、不安になった。

試合開始、15分前になって、蛍光ピンクの4人が原付に乗ってやってきた。

「今日の作戦は俺が決めるから」

ヘルメットを脱ぐと、弘志は、宣言した。

まぁ、一応キャプテンだし。

6人は弘志の作戦を聞くことにした。

作戦は、単純なものだった。

ピヴォを最近得点が多い俊太がやることに、アラを弘志、フィクソを卓也と礼二、ゴレイロを闘志がやることにした。

フィクソを卓也と礼二の二人で抑えて、ひたすらカウンター待ちの作戦だ。

前回のリーグ戦で、7~8点とられている(取られすぎてあんまり覚えていない)北神体育大なので、二人で抑えないときついということだ。

ホイッスルが鳴り、北神体育大のボールで試合が始まる。

天啓が天平にボールを渡す。

天平は俊太と弘志をかわすと、ゴール前まで、ドリブルしてくる。

卓也は止めようと、ディフェンスに入ると、天平は天啓にパスを出す。

天啓はゴール前にいた。

そのボールを止めようと、礼二がスライディングで入ると同時に、天啓もスライディングでシュートしようとする。さらに、そこにシュートをさせまいと、ゴレイロの闘志が突っ込んでいった。

ゴン、と鈍い音がして、3人がぶつかった。

闘志がパンチングではじいたボールが横にそれ、それを、卓也は前にクリアーした。

とりあえず、遠くに、それが卓也の意図だった。

しかし、俊太だけが、すでに敵陣ゴール前にいた。

俊太はボールを左足でトラップすると、右足でボレーシュートを放った。

ボールは、北神体育大ゴールに突き刺さった。

しかし、ゴール前で倒れた三人は動けない。

天啓は右足を、闘志は左手をそれぞれけがしたようだった。

礼二は、リーグ戦で痛めた足を引きずっている。

担架で、天啓と闘志が運ばれていった。

選手層の厚い北神体育大はすぐに天啓の交代選手が入った。

しかし、神戸市大は一人しかいないゴレイロがけがをしたので、困ってしまった。

「俺がゴレイロやるよ」と礼二は言った。

「残念ながら、今、走れない状態だからな、ちょうどいい。」

闘志から、グローブを受け取ると、礼二はゴールに立った。

神戸市大の布陣はピヴォを俊太、アラを弘志、フィクソを卓也と正大ということにした。

北神体育大の大歓声のなか、北神体育大のボールで試合が再開される。

天平は、淡々と、俊太、弘志をドリブルで抜いて、シュートを放った。

しかし、礼二が、横っ飛びではじく。

その後、何度か、天平はシュートを放つが、礼二はゴレイロの経験があるのか、ことごとくボールをはじき、北神体育大に入れさせない。

残り時間が少なくなり、北神体育大が焦っている様子が見て取れる。

このまま逃げ切れるか?

卓也はディフェンスをしながら、時計を見た。

天平は、淡々と、シュートコースを探している。

と、

突然、天平は、フィクソで、ゴール前にいた正大に、パスを出した。

正大は突然の敵からのパスで、驚いている。

「クリアー!!」

「戻せ!!」

「クリアー!!」

三人が同時に叫ぶ。

正大は、クリアーに自信がなかったのか、ゴレイロの礼二に戻した。

天平はそこを、最初から知っていたかのように、スライディングで入り、

ボールをはじいた。

ボールは、神戸市大のゴールに入ってしまった。

残り、1分、神戸市大のボールで試合は再開された。

弘志は俊太にボールを渡す。

その横を、正大がゴール前まで、駆け上がっていった。

正大は体力があるが、技術はいまいちなので、いつも、控えだ。

でも、人生で初めて部活をやり、試合にも出られて、十分満足だった。

「でも、もう少し・・・」

俊太はフィクソの卓也にボールを戻すと、卓也は、そこからトーキックでシュートを放った。

ボールはゴール左上に入るかと思われたが、北神体育大のゴレイロにはじかれた。

はじかれた、ボールを一人、駆け上がっていた、正大がインサイドで流し込んだ。

北神体育大の応援団の悲鳴が聞こえる中、ホイッスルが鳴り、試合が終了した。


「写真とろうぜ!!」

トイレから帰ってきた、弘志が、興奮気味に言う。

あれ、カメラどこだったっけ、と卓也が探しているうちに、

「神戸市大のみなさん、決勝があるので、整列してください」

と、言われ、尼崎大と、インカレ出場をかけた決勝戦が始まった。


決勝戦は、尼崎大のボールで始まった。

尼崎大は初戦、姫路教育大に3-2で勝ち上がっている。

大柄な12番は病太にパスを出す。

病太はフェイントで俊太を抜こうとしたが、俊太がボールを奪った。

俊太がボールを弘志にパスをだす。

弘志はさらに後ろの卓也にパスを出した。

「うしろにもどすな!!」

ゴレイロの礼二が怒鳴る。

卓也はパスコースを探すが、なかなか、いいコースが見つからない。

そうこうしているうちに、病太と12番が、迫ってきた。

卓也はゴール前に正大と俊太がいるのを確認して、前にクリアーした。

ボールは尼崎大ゴール前の、俊太に届く。俊太は足でトラップするとシュートを放った。

しかし、尼崎大のゴールポストに当たって跳ね返る。

そのボールを、正大が、足裏でトラップした。

「トーキックだ!!」

「シュート打て正大!!」

「いれろぉ!!」

「シュート!!」

「うてェ!!」

神戸市大の5人の声が響く。

正大の全身から血の気が引いた。

正大には経験も自信もない。

ただ、今まで繰り返してきたことをやるだけ。

正大は落ち着いて、ボールの裏を軽くトーキックでつついた。

ボールは尼崎大のゴレイロが届かないゴールの左下に吸い込まれた。

尼崎大の応援団から悲鳴が上がる。

「いやったー!!」

控えに入っていた、闘志がコートに駆け寄り、イエローカードをもらってしまった。

礼二と弘志の提案で、フィクソが

卓也、俊太、弘志の3人にして、ピヴォを正大一人の、超守備的陣形に変えた。

尼崎大はフィールドプレーヤーはうまいが、ゴレイロがそれほどうまいようには見えない。

初戦も姫路教育大から2点取られているのはそういうことだろう。

同点でPK合戦になっても、神戸市大は有利かもしれない。

尼崎大の病太は12番にパスをだして、試合が再開された。

12番は正大をかわすと、強烈なミドルシュートを放った。

礼二はパンチングではじこうとする。

でも、強烈なボールはそのまま、礼二の手をかわして、ゴールに入ってしまった。

「まだまだ、あきらめるな!!」

礼二は怒鳴るように声をかける。

そう、まだ同点だ。

つい、さっきまで勝ってたのに。

卓也の頭に、優勝がすり抜けてしまうイメージがわいた。

卓也は頭を振って、そのイメージを振り払う。

「俺らが勝つんだ。俺らが勝つんだ。俺らが勝つんだ。」

卓也の横で、負けず嫌いの俊太がつぶやいている。

「まだ、同点だ、あきらめるな!!」

キャプテンの弘志が叫ぶ。

正大が俊太にボールを渡して、試合が再開された。

俊太はボールを後ろの卓也にパスをした。

いつものカウンターのパターンだ。

正大はゴール前に駆け上がっている。

弘志も、正大の後ろあたりを走っている。

卓也は前線に、トーキックでクリアーした。

ボールは思ったより飛ばなかった。

弘志のそばにいた、病太がトラップする。

正大は病太にまとわりつくようにして、ボールを奪おうとするが、病太がかわす。

病太は、俊太をフェイントでかわすと、ゴールに迫る。

病太はまだ打たない。

卓也は、病太と1対1になった。

これを抜かれたら、負けだ。

卓也はフェイントに引っかからないように、ステップを踏む。

病太も、シュートもパスもドリブルも出来ずにいる。

ふと、病太は、後ろにパスを出した。

そこには12番が突っ込んできていた。

12番はインサイドでパスを跳ね返すと、ボールはゆっくりと神戸市大ゴールに吸い込まれていった。

1-2で逆転。

「まだ、時間がある!!」

礼二はハッパをかける。

「ラスト、ワンプレー」

審判が言う。

正大と、卓也がハーフラインに立った。

「もう一回、カウンターやるから。」

卓也は正大に耳打ちした。

卓也は後ろの、俊太と弘志を確認した。

笛が鳴る。

正大はインサイドで、パスを出した。

卓也は足裏でトラップしようとした。

足裏に、感触がなかった。

卓也がトラップミスしたボールは、タッチラインを割って、試合終了の笛が鳴った。


卓也は、公園で翔太とボールをけっていた。

7月に入り、関西名物のクマゼミが大合唱をする。

「トラップするときはちからを抜いてな~」

卓也は、翔太に声をかける。

わかってんで。おとんのほうがちからはいってるやん。

と、翔太は笑う。

俺、中学に入ったら、サッカー部に入るから。

翔太は笑いながら、パスを出す。

卓也はボールを足裏でトラップする。

そのとき、ちくっと、胸が痛んだ。

「そろそろおひるごはんだよ~」

と、妻の智子と次男の亮太がマンションの公園にやってきた。

「お祝いを買ってきたの」

智子は亮太と、笑いあった。

お父さんはすごいよね~

智子は翔太と亮太に言った。

食卓には、夏の定番のそうめんと一緒に、三宮の有名店で買われた、ケーキが並んでいた。

18年前、神陽食品工業に就職した卓也は、神洋食品工業中央研究所に配属され、そこでの長年の研究開発成果が食品工業学会で評価されて、学会賞をもらったのだ。

「賞状は額に入れて部屋に飾っておいてあげたよ」

智子は言った。

ん?

卓也は気になったので、自分の部屋に行った。

そこには、自分の机の上に、学会賞の症状が立てかけてあった。

卓也は、ため息をはいて、その学会賞の症状を引き出しにしまった。

引き出しには、さっきまで机の上に置いてあった、写真があった。

卓也は、ウェットティッシュでその古い額に入った写真を丁寧に拭いた。

そして、昨日までと同じように机の定位置に20年前の写真を置いた。

泣いているようにも見える。

笑っているようにも見える。

そんな、6人が写っている、地味な写真だ。


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