愚者の舞い 3−9
ミカの呟きを聞き取った山賊が、得意げに答えた。
「ああそうよ。 金持ちの親子だったからな。 たんまり金は持ってたし、女は二人も手に入るし、今日は実についてヘブッ!」
山賊達には何が起きたか分らなかっただろう。
アクティースには見えたが、ミカがしゃがみ込んだと思った瞬間、足下に転がっていた小石を拾い上げて即座に指で弾いて元の姿勢に戻ったのだ。
普通の人間では霞むほどの速さで。
当然避ける暇などなく、得意げに語り始めた山賊は、額から血を流しながら吹っ飛んだ。
「な・・・なんだぁ?」
一際体格の良い、リーダーであろう山賊が、呆気にとられてミカと吹っ飛んだ手下を交互に見るが、その眼前で。
サアアァァ・・・と、ミカを中心に風が渦巻き、今や腰まである髪がサワサワと下から押し上げられ、風にもてあそばれる。
それを見たアクティースは、少し驚きに目を見開いた。
(そうか、こやつ勇者の資質を持っておったのか。 それが巫女達の訓練により磨きあげられ、いつの間にか自覚もないままに・・・。 わらわの手元にあっただけに気がつかなんだわ。)
「お、お頭、こいつ・・・!」
「ば、馬鹿野郎! なにビビってやがる! 相手はたったの二人だぞ! しかも女で飛びっきりの上玉だぞ!?」
「でででもお頭! 絶対変ですぜこいつら!」
「罪もない人達を・・・許さない。 絶対に許さない!!」
ギラリと怒りに満ちた眼差しで睨み付けると同時にそう宣言し、ミカは前方にいた山賊三人のうち、真中に立っていた山賊目掛けて飛びかかった。
飛び掛かられた山賊は、抜き身で持っていた剣を咄嗟に突きだそうとしたが時すでに遅く、ミカは懐に潜り込むなり山賊の腹に肘打ちを叩き込みふっ飛ばし、驚愕に固まる右脇にいた山賊に素早く接近すると、剣を咄嗟に引きよせミカの拳打を防ごうとしたその剣に横薙ぎの手刀を素早く叩き込みへし折り、残った左手で腹に拳を叩き込む。
「やろ・・・」
一瞬にして手下二人を倒され激怒した山賊の頭だったが、剣を振り上げた瞬間に懐に入り込まれて、同じく問答無用で吹っ飛ばされる。
人間としての領域ギリギリの、達人レベルの攻撃だった。
あっという間に仲間を倒され、残った山賊2人は泡を食って逃げ出そうとした。
「ばばば化け物だ!」
「ヒイィ!」
「消えぬお主らが悪いんじゃぞ?」
いつの間にかその山賊達の背後に回り込んでいたアクティースは、身を翻して逃げようとした山賊2人の頭部をガッシリと掴んで持ち上げた。
元々長身のアクティースに吊りあげられ、万力に挟まれたようにガッチリと強い力で掴まれた山賊達は、もがいて逃げようと努力しようとした瞬間には地に落ちた。
失った頭部の破片をぶちまけながら。
「・・・すいません・・・。」
アクティースに対し、何について謝っているのか自分でも分らなかったが、とりあえずそう口をついて出た。
風はまだ、ミカを中心に渦巻き、怒りが収まっていない事を示している。
(それにしても、勇者の資質じゃが・・・これは・・・。)
アクティースとしては、許すも許さないも無かったのだが・・・目論見が外れた分、確かに謝罪される余地はあったかもしれない。
そのためにわざわざ馬車を、見捨てたと言うのに。
アクティースは元来、優しい性格である。
短気だし我がままだし、そうは見えないかもしれないが、女性と言うより母親のような優しさがある。
そんなアクティースだからこそ、クーナ達は慕っているのだ。
「・・・よい。 行くぞ。」
暫し考え込んで沈黙した後、そう言いながら山の中へ別け入って行くアクティースに、ミカは慌ててついて行きながら、
「あ、あの、どちらへ・・・?」
「あの手の山賊はねぐらを持つものじゃ。 光物は回収してやらねばの。」
アクティースが竜の性質にもれず、宝石などの光る物が大好きなのはミカも知っていた。
本当に本心がそこにあるかは分らないが、山賊を駆逐する事に変わりは無く、囚われている人達も同時に開放できるだろう。
「アクティース様、私が先に行きます!」
ミカは嬉しそうにそう言うと、ブルドーザーのように道を作り上げながら突進して行った。
「ホホホ。 これは便利じゃ。」
「足もとに気を付けてくださいね!」
アクティースは苦笑いを浮かべながら、ミカから付かず離れずついて行く。
その背を時折、悲しげに見つめながら・・・。
胸の高さに上げられた掌の上に拳大の火炎球が現れ、自動的に山賊達目掛けて飛び出し、山賊達の真ん中辺りに達した途端、勝手に爆発炎上し軒並み薙ぎ倒す。
普通の人間などの使うファイヤーボールと呼ばれる魔法と同じだが、威力は桁違いだった。
「竜語魔法って、やっぱり威力が違うんですね〜・・・。」
以前クーナ達に竜語魔法の話を聞いていたミカが、初めて目の当たりにして軽く驚きの声を上げる。
「これか? これは普通の黒魔法じゃが? 竜語魔法なんぞ使ったら、こんな山、跡形もなく消滅してしまうからの。」
「・・・こんな山って・・・。」
山賊達は山の中腹にある洞窟を根城にしていた。
獣道の様な山賊達の使っていた道を辿って着いたのだが、まだ残っていた山賊がいたので掃討戦になったのだ。
その山と軽くアクティースは言うが、西の王国の山は切り立っていて高い山が多く、眼前の山もそれから漏れるものではない。
最強の攻撃魔法を使っても、人間では一撃で消滅など出来ない大きさだ。
ミカが絶句するのも無理もない。
「・・・ところで、疑問なんですが・・・。 アクティース様は杖などの魔法発動体も持たないで、どうやって魔法を使っているんですか?」
魔法使いも達人になると、杖や指輪などの発動体を使わないで魔法を使う者もいる。
だがそれは初級程度の簡単な魔法に限られる。
しかも黒魔法は、全身を使って異界の方程式を空間に踊るように呪文を詠唱しながら描き、魔法を発動させる。
だがアクティースは、無造作に呪文も唱えず発動させるのだ。
「簡単じゃ。 わらわ達は自らの肉体の中にある魔法の力を使って魔法を使うのじゃ。 じゃが、人間達は異界から異界の方程式を使う事によって、自らの肉体を寄り代に力を引き込み発動させるために、呪文の詠唱などが必要なのじゃ。」
「では、人間も自分の体の中にある魔力を使えば、呪文など必要ないんですか?」
「そう言う事じゃが、不可能じゃ。」
「何故ですか?」
「魔力が少な過ぎるのじゃ。 そうじゃな、わらわの魔力を水に例えるなら大河とする。 じゃが、普通の人間は一粒の水滴にも満たぬ。 また、魔力を放出しようにもそのくらいの違いがあるのじゃ。 それゆえに、魔力を活性化させて発動体無しで魔法を使う人間もおるが、あまり巨大な魔法は使えぬのじゃ。」
二人はそんな話をしながら無造作に洞窟内を進みつつ、時折飛びかかってくる山賊を粉砕しながら進んだ。
そして、最奥に捕われていた母娘(父親は既に殺されていた)をミカが助けて介抱している間、アクティースが不気味な笑い声を低くあげながら、好みの宝石や貴金類を回収しては神殿に魔法で転送していたのは・・・一応秘密である。
山賊よりその様子に母娘が怯えていたのも、秘密の方がいいだろう。