愚者の舞い 3−4
「・・・シノンちゃの方が、声大きいお?」
「冷静に突っ込んでる場合かぁ!!」
更にそう怒鳴り、いつも背負っている、ポルンの大きな袋を引っ張ろうとして・・・ゴブリン達が本当に注目している事に気が付き、ピタッと動きを止めて硬直する。
「お嬢さん方、逃げなかったのですか?」
ゴブリンから視線を逸らさないようにしつつ、壁に成る様に微妙に移動し、男が背後に声をかける。
「逃げ遅れたお!」
「胸を張って言うなぁ! 喜々として来た癖に!!」
思わずそう怒鳴ってから、しまったとばかりに自分の両手で自分の口を塞ぐ。
男はチラッと振り向いて2人を確認し、納得したように小さく頷いた。
「プティーでは、好奇心を抑えられないでしょうね。 避難を呼び掛ける為と牽制する為に火炎球を放ちましたが、逆効果でしたね。」
「そう言うあんたこそ逃げないのかよ!?」
「生憎、私は埋葬に来ている人々の安全のために雇われた護衛ですので、逃げる訳にはいきません。 それに、勝ち目のない戦いはしない主義です。 逃げるなら早く逃げなさい。 見学するつもりならそこから動かないで下さい。」
「わかったお!」
そう言いながら、しっかり柵にしがみつくポルン。
背中の荷物に隠れて、シノンの視界から姿が完全に消え失せた。
「正気か!? 逃げ・・・」
シノンがこの場から離れたくて主張しようとした時、突然フワッとした浮遊感に包まれて、驚きながら足元を見る。
見れば、魔法陣が青白く光り輝き浮き上がっていた。
「これは!?」
「浮いてるみたいだお!」
「ご安心を。 防護の結界です。 魔法陣の中にいる限り、物理攻撃からの安全は保証しますよ。 いる限り、ですが。」
男はそう言うなり、持っていた杖をブンと振り回して突っ込んで来たゴブリンを文字通り粉砕し、そのまま魔物の群れの中に突っ込んで行く。
「なあ。 俺、あんまり魔法使いって知らないけど。 普通、魔法使いって、ああやって戦うのか?」
「普通、違うと思ったお。」
そんな2人の目の前で、戦闘と言うより殺戮が始まった。
冒険者と名乗った男は、そこまで圧倒的に強かったのだ。
こうして2人は、モリオンと出会う事になった。
結局2人は、戦闘の全てをつぶさに見学した後、モリオンと共に町まで帰って来て、別れてからポテポテと宿へ続く道を歩いていた。
だが、あまりに衝撃的な出来事が続き、どう反応していいのか困る。
実の母を亡くしたポルン。
命の恩人であり、まだ恩も返していない悔いが残るシノン。
その埋葬直後に見た、魔物とモリオンの戦い。
正直言って、戦いと言うより殺戮だったが。
どこをどうやればあそこまで強くなれるのか、とても気になる。
気にはなるが、実の母の死の直後であり、命の恩人の死の直後であり・・・と、思考は堂々巡りと化していた。
宿に帰りつき、二人は宿の主に各々食事を注文すると、再び己の中に閉じ籠った。
薬師と言っても、ポルンは一人旅に慣れていない。
ずっと修行として父親の元で勉強し、一人前になったので行商人をしていた母親と旅に出たばかりだったのだ。
通常の薬を作る分にはまったく問題は無いのだが、これから一人で旅をして行商をすると言うのは甚だ不安だ。
旅をする知識はほとんど持ち合わせていないし、父親の下に戻ろうにも、放浪が趣味とまで言われる小人族だけに、もういないだろう。
一方のシノンも、これからの事を考えていた。
正直言って今の生活に明日はない。
ギルドにも属せず、何をやろうにも技術は無い。
時折耳元で何かが囁く幻聴が聞こえるのが特技と言えば特技だが、なんの役にも立たない。
ポルンは金持ちだから、くっついて行けばなんとかなるか? とも思うが、正直護衛するほどの戦闘力は全くないし、かと言って他に何かできると言えば・・・これまた何も無い。
ハーフエルフは本物のエルフほどではないが、非力である。
荷物持ちもままならない。
しかも2人揃って未成年だ。
それぞれの悩みで2人揃ってため息をつき、途方に暮れていたのだった。
そんな思考を断ち切るように、カラ〜ンと入口の鐘を鳴らして一人の男が入って来た。
右手にはいかつい魔術師の杖、ローブに身を包む姿は完璧魔法使いの装備なのだが、いかんせん体つきがその答えを否定する。
どこの剣闘士だと言いたくなるような、オーガーの様に立派な体格。
顔立ちはハッキリ言って平凡で、特徴が無い。
さっき見た、モリオンだった。
「おや、おかえりなさいモリオンさん。 なかなかの活躍だったそうで?」
鐘の音で出て来た店主が、モリオンに気が付き丁寧に挨拶する。
「雑魚ですから、活躍と言うほどのものでもありませんよ。」
謙遜ではなく本気でそう思っているようだと、シノンは感じたが。
「ヒドラ程度は出ないとつまらないですかな?」
続く店主の冗談っぽい言い方に吹き出しそうになる。
ヒドラは一つの胴体に複数の蛇の体が生えた魔物で、生命力が尋常ではないほどある。
再生能力も群を抜いており、切った切り口に急いで火を押し付けないと、即座に破損部位が生えて来るほどだ。
非常に名を知られる魔物だが、嬉しい事に遭遇確率は稀と言うより無いに等しい。
ちなみに熟練の冒険者じゃなければ、退治どころか餌になるだけと言う凶暴で強い魔物だ。
「そうですね。 ヒドラなら多少は手応えがあるでしょう。」
物騒な。 と、シノンは思うが、見ればポルンは何か思いつめたように俯いている。
「・・・? どうかしたのか?」
「・・・シノンちゃ。」
「なんだ?」
「これから、どうやって生きてくお?」
「そうだなぁ。 まあ、適当にしか・・・。」
「なら、おらに付き合う気ないお?」
「それはいいが・・・俺はなにもできねぇぜ? 見た通りか弱い乙女だからな。」
「問題ないお。 無ければ得ればいいお。 ちょっとそこの・・・おっさん?」
ブフゥ!!!! と、食堂にいた冒険者やら行商人やらが盛大に吹きだした。
ポルンがおっさんと呼んだのはモリオンの事だったからだ。
彼らにとってしてみれば、モリオンは最終兵器。
それだけの力と実績がある。
噂では数百年も冒険者として活動しており、伝説のアラム族なんじゃないかと言われているほどだ。
そんな相手をおっさん呼ばわりすれば、本人はともかく周りが冷や汗ものである。
「? 私ですか?」
「そうお。 おっさん、暇?」
おおおいっ!!! と、内心突っ込む冒険者達。
「暇と言えば暇ですが? 墓場の警備は今日で終わりですし。 ですが、今日はちょっと所要がありますので、早急な依頼は無理ですね。」
ポルンはニヤリと笑うと、シノンにボソボソと耳打ちし、シノンもそのうちニヤ〜と笑い。
「じゃあ、俺が弟子になってやるぜ!!」
「おらもだお!」