愚者の舞い 3−38
「さらに、魔界を追放されたとおっしゃいますが、私は魔界から追放されてはおりません。」
「なんだと!? 現にこうして!!」
「私は魔界王を辞めただけで、追放などされておりません。 また、天界に属したのは天王様の依頼により属したまで。 その恩顧は、忘れてはおりません。」
「貴様!! よくもぬけぬけと抜かせたものだな!!」
「また、巫女の蘇生ですが。」
「そうだ! それが最大の規則違反だ!!!」
「銀竜アクティース、黄金竜メガロス、現状として人間に積極的に関わる事無く静観していますが、自然界の維持・存続に欠かせない存在です。 しかし、銀竜アクティースは寿命により死にました。 また、これに代わる存在も、現状、存在しません。」
「な・・・なにぃ・・・?」
「第4軍将殿。 先ほどから口を挟まれるが、天王様へのご報告を妨げる権利をお持ちか。」
「なっ・・・!! なんだと!? 私は貴様の!!」
「そなたこそ慎むがよかろう。」
ニヤリと笑ってその目を見詰め返し、謁見の間は瞬時に緊張の静寂に包まれる。
その身から放たれる、殺気が一気に膨れ上がったからだ。
「大人しくいれば、随分横柄な言いよう。 俺が誰だか忘れたか。」
天王含め、その場にいる全員の背筋に冷汗が伝わる。
「我は始原の悪魔、アラム・ヤウンデン。 たかが天使如きが意見出来る立場だと思っておるのか。 不服があるならその剣で申し立てよ。 俺はいつでも受けてやる。」
そう言って殺気が最高潮に膨れ上がり、誰もが血の惨劇が起きると確信した瞬間。
「報告を続けます。」
スッと殺気が消え失せ、一気に全員脱力する。
「お忘れの方もおられるかもしれませんが、黄金竜・銀竜は自然の力を吸収し、生存しています。 増え続けるだけの精霊界の力を吸収し、抑える意味合いもあります。 そのため、銀竜不在は自然の力の均衡を崩し、自然界崩壊への引き金ともなりかねません。 よって、至急同等の存在が必要となります。 しかし、天界に属する黄金竜・銀竜はまだ幼く、その役目を果たす事は出来ません。 そのため、銀竜アクティースの依頼により、その命を継し者を蘇生する必要がありました。 ご報告に時間がかかったのは、蘇生の儀式が非常に難解なものであり、時間もかかり、それでいて至急取りかからねばならなかったため。 以上、報告を終わります。」
「そ・・・そんな・・・馬鹿な・・・。」
呆然と呟くファソリを一瞥すると、改めて天王を見詰める。
報告内容に多少の偽りはあるが、結果として全て正しいのだから非難されるいわれもない。
「・・・その報告に、偽り無きは余も報告を受けておる。 役目、御苦労。 引き続き、自然界の管理を命ずる。」
「はっ。 引き続き、命を拝します。」
そう答えると、アラムは悠然と謁見の間を退室して行った。
その背をファソリは、見る事さえ出来なかった。
呼び止められ振り返ると、ボニートが慌てて走り寄って来た。
「相変わらず人が悪いですね。」
「生憎俺は人じゃない。 悪魔だ。」
窘める娘にニヤリと笑って答えると、ボニートは呆れたようにため息をついた。
「もう。 あれでは、ファソリ殿の立場が無いではありませんか。」
「無くしたのさ。 あいつは自分が正義だと思っている。 今の天界に、一番必要のない奢りだ。 力の無い正義は悪だ。 あいつの力は俺に遥かに及ばない。 天王にさえも。 次に魔界と戦う時、最前線で活躍しなければならない天使がだ。 竜じゃあるまいし、天使は年を重ねれば強くなるわけじゃない。 あいつの存在は、今や悪だ。 文句があるなら力を付けろ。 そう言っておけ。」
そう言い捨てると、ボニートに口を挿む時間も与えず、姿を消した。
後に残されたボニートは、再びため息をつき、仕方なく神殿へと戻って行った。
その口調は憎々しげで、いつか災いを引き起こす、そんな予感を胸に秘めながら。
そしてその予感は、後に事実となる。
泣き疲れてそのまま眠ってしまったミカが目覚めた時、けっこう意識はしっかりと落ち着いていた。
いつの間にか修業時代に使っていたベッドに横になっていたが、ミカは深く気にする事無く、アラムが用意してくれたのであろう、下着と服を身につける。
だが、ここでも違和感を覚えた。
しかし、やはり違和感が何なのかハッキリと分からず、また、寝ている間にアラムもいなくなってしまったために聞く相手もいなかった。
ともかく行動するのみと、ミカは愛用していた小さい杖、ロッドを腰に差し、旅立つ準備を終えた。
まずはルーケ達を倒す。
そして、あらぬ限りの手を使って、トラーポ王国を倒す。
そう、決意していた。
「どこに行くだい? お譲ちゃん。」
いつの間に来たのか、戸口に寄りかかってアラムが立っていた。
「ルーケを倒し、トラーポを倒します。」
「そりゃ無理ってもんだ。」
「無理でも、やってみせます。 みんなの無念を晴らすためにも。」
「相手がこの世にいないのに、どうやって。」
「たとえ相手がこの・・・なんですって!?」
「もうこの世に誰もいねぇんだ。 お前が恨みを晴らそうって連中は。」
「・・・どう言う事?」
「まずルーケ達だが、アクティースが仮死状態になる間際にかけまくった魔法により、次元の迷宮に放り込まれた。 いずれこっちの世界に帰って来れるだろうが、100年前後はかかるだろうな。 ついでに呪いもかけられてる。 お前が手を下さなくても、アクティースが自分で対策は施して逝ったよ。」
「では、トラーポ王国の方は? 滅んだのですか?」
「アクティース達、リセ、共に滅ぼした国王は、もはや亡い。 リセ侵略軍が出立し、手薄になった所を王の従兄が、民衆や、内通していた騎士達を煽りたてて反乱を起こし、見事に討ち取られちまった。 侵略軍の将軍も、現地で暗殺された。 それでも滅ぼすか?」
「・・・そんな・・・それでは私は・・・私はどうすればいいの・・・?」
ミカは愕然とし、力無くベッドに腰かけ項垂れた。
「好きに生きろ。 せっかくアクティースがお前を生かす道を選んだんだ。 このまま普通の人間のように生きたいのであれば、住み家と働き口は世話してやる。 他に何かしたいのであれば資金ぐらいは用意してやる。 急いで決める必要はねぇが、決断したら言ってくれ。 それなりにここに住んでいてもいいが、早く決めて出て行かねぇと、俺が押し倒すかもしれんぞ。」
冗談交じりにそう言うと、ミカは顔も上げずに、弱々しく答えた。
「・・・どうぞ。」
「あ?」
「もう、したい事、すべき事、何もありません。 お好きなようにしてください。」
「おいおい。 お前、契の時の約束、忘れてねぇか?」
「忘れていません。」
「純潔を捨てると言う事は、死ぬかもしれんのだぞ? 今やアクティースと一体になり、純粋に巫女ではないから死なないかもしれないが。」
「かまいません。 生きている必要も無いですから。」
ヒョイッと、アラムの片眉が跳ね上がった。
「・・・アクティースの気持ちも捨てるのか。」
「そのアクティース様はいないんです。 守るべきリセも・・・。 私だけ生きていて、なんに・・・」
パンと言う音と、突然頬に鋭い激痛と熱が走り、ミカは何が起きたのか暫く分らなかった。
「これを見ろ。」
そう言いながら忽然と姿見を出現させて、ミカに突きつける。