愚者の舞い 3−35
そこは本当に、不思議な空間だった。
王城の中にいたと思ったが、走ってピクシーに着いて行っているうちに、いつの間にか石壁が薔薇に覆われた通路に変わっていたり、蠢く内臓のような通路になっていたりした。
「それで、ここはいったいなんなんだ? 教えてくれないか?」
ロスカの速さに合わせて移動しているために、ルーケ達はかなり余裕がある。
もっとも、フーニスとラテルは、急ぎたくて精神的に余裕は全く無かったが。
かと言って仲間を置いて行く事も出来ず、苛立ちが募る。
もっとも、先導のピクシーがロスカの走るスピードに合わせて飛んでいるため、どんなに自分達だけ急いでも仕方が無いのがまた、苛立つ。
「ここは次元の迷宮と教えましたが?」
「その次元の迷宮とはなんなんだい?」
「次元の迷宮は次元の迷宮です。 それ以外、説明のしようがありません。」
平然とそう答えられ、ルーケはピクシーから答えを得る事を諦めた。
だが、時間の流れが違い、この訳の分からない空間がヒントである事は確かだ。
どこかで似たような話を聞いたような気がすると、ルーケは記憶の探り、ふと思い出した。
「そうか、妖精界への道か。」
「妖精界への道?」
ルーケの呟きを、傍にいたフーニスがシッカリと聞き取り訊ねてくる。
「ああ。 妖精界や妖精界へ通じる道は、時間の流れが違うそうだ。 そのため、妖精界へ紛れ込んでしまった人が、かなり時間が経った後にひょっこり戻って来る事があるそうだ。 ここがそうかは分からないが、限りなく近い存在なのかもしれない。」
「で、大事なのは、その戻って来た奴がどうなったかなんだが?」
ラテルが、聞きたいけど聞くのは怖い、そんな顔で聞いて来るので、ルーケはニヤリと笑って見返しつつ、
「聞きたいかラテル。」
「いや、お前の顔見て答えは分かった。 それはそうと、いつになったらここから出られるんだ? いい加減、数時間は走っていると思うんだが。」
「本当だよ! このままじゃ、本当におばぁちゃんになっちまうよ!」
「落ち着けよ。 焦っても、どうにもならんのだから。」
苦笑いを浮かべつつ、そうフーニスを窘めると、ピクシーが振り返った。
「後少しで自然界への道へ通じるゲートへたどり着きます。 ですが、勝手に先に行く事は無いように。」
「なんでだ?? 見たところ、ずっと直進じゃねぇか。」
最初のT字路以降、他の通路は一切見かけていない。
思わずダッシュをしそうになったラテルが、不満そうに言うのもおかしな話ではない。
また、見える範囲内でだが、どこまでも直線が続いている。
曲がり角さえ見当たらない。
「それは、私が先導しているからです。 私はここでは、目的地へ一直線に進む事が出来ます。 しかし、あなた達はそうはいきません。 最初の通路のように、次々と交差点にぶつかり、放っておいたら、未だ出現地点から数メートル程度しか進んではいないでしょう。 ここが迷宮と言われるのはそのためです。」
「数メートル? ・・・もしかして、距離や感覚など、全てが自然界と狂っているのか?」
「ここは次元の迷宮と申し上げました。 当然、感覚も時間も何もかも、あなた達の常識とは違う筈です。 現に数時間走っていますが、空腹を感じてはいないようですし。」
言われてみれば、確かにそうだ。
しかも、疲労もそうでもない。
いくら鍛えているとは言っても、鎧を着ているのだ。
軽いわけがない。
「ここです。」
不意にピクシーはそう言って止まり、ラテルもフーニスも、ルーケも立ち止まる。
遅れて止まったロスカだけが肩で息をしているが、それ以外は無音。
そしてここは、なんの変哲もない、ただの通路。
扉も他の通路も、何もない。
「・・・ここ? 本当にここなの?」
「何もねぇじゃねぇか・・・?」
2人がそう言うと、ピクシーは不思議そうな顔をして小首を傾げる。
「もしかして、見えないのですか? ここに扉があるのですが。」
ピクシーがグルッと回って壁を示すが、ルーケ達には正真正銘壁にしか見えない。
「おいおい、俺達をからかっているのか? どう見たって壁」
そう言いながらラテルが手を出し、壁に触れた途端、姿が消え失せる。
「ききき、消えたぁ!?」
ギョッとしたフーニスが一歩下がるが、ピクシーは平然と、
「早く続いた方が良いですよ。 私は自然界とここの時間のずれがどうなっているかまでは、存じませんので。」
フーニスは不安げにルーケを見て、意を決して壁に触れる。
ロスカも疲れ果てた顔をしながら、無言で壁に触れて姿を消した。
「君の名前を、教えてくれないか?」
ルーケがそう聞くと、ピクシーはクスクスと笑って答えた。
「そう言えば、教えていませんでしたね。 私の名前はアクティ。」
「アクティ? まさか・・・。」
「さぁ、急ぎませんと、仲間と違う時間に辿り着くかもしれないですよ。」
「あ、ああ。 ありがとう、アクティ。 さようなら。」
そう言ってから壁に触れ、ルーケも姿を消した。
ルーケ達が姿を消してから、アクティはクスクスと再び笑い、飛び去って行った。
ショコラは室の天井を見上げながら、寝床に横になっていた。
ポシスは既に、最後の策を実行すべく、トラーポへ赴いているためここにはいない。
「いつまでも人間なんざ恨んでても仕方がねぇって事だ。 シェーンも悲しむぞ。」
確かに苦言だな、と、ショコラは思い出して苦笑いを浮かべる。
確かに、どんなに憎んでも、どんなに殺しても、シェーンが生き返るわけではない。
しかも、数百年も前の出来事だ。
それでもショコラは、人間を憎まずにはいられなかった。
非力だったがために、助けられなかったシェーン。
その後、アラムに助けられなければ、殺されて食べられていた自分。
捕縛されても暴れる自分を、人間は邪魔臭そうに木の棒で殴り付けた。
その衝撃で気を失い、暫く経って気が付いた時、目に映ったのは、燃え尽きた一本の木。
その木には、シェーンが縛られていた。
遅かった・・・。
愕然とその事実を認識した時、刃物を持った人間が近づいて来た。
「あれま、気がついちまったか。 意識の無いうちに、ばらしちまおうと思ったのにな。」
人間はそう言いながら、背中からショコラの首筋をグッと掴んで地面に押し付けた。
(く・・・苦しい・・・!)
だが、助かりたいとは思っていなかった。
自分にとって、掛け替えの無い者が死んだ、それだけで、生きていても仕方が無いと、絶望していたのだ。
喉元に添えられた刃物を毛皮越しに感じ、もしかしたら、シェーンと同じ所へ逝けるかな、と、考えていた。
「やめろ。」
「え!?」
そんな時、別の声が人間の手を止めた。
「そのキツネは、あの子が可愛がっていたキツネだ。 神聖な儀式の後で殺してみろ、娘の呪いが村に災いをもたらすかもしれんぞ。」
「え・・・そんな、本当ですか? アラム様。」
「さあな、あの娘次第だ。 お前達があの娘に感謝されるように扱って来たなら、その程度では呪わないかもしれん。 どうしても試したいと言うなら止めないが、もしこの村が呪われても、俺は関与しないよ。」
人間は恐れるように、慌てて自分の首から刃物と手を放した。