愚者の舞い 3−34
足音が響くくらい静まり返った神殿に、一人の男が悠然と歩いて入って来た。
そして、横たわるアクティースに歩み寄ると、肩に担いでいた若い娘をドサリと降ろし、もはやピクリとも動かないアクティースの鼻面をペシペシ叩く。
その男は細身の中背で、背中には3対の、左右対称に白黒の翼があった。
「お〜、見事に死んでるなこりゃ。 やっぱ間に合わなかったか。 まあ、この娘が息絶えている時点で生きちゃいないと思ってたが。 ま、運命なんてこんなもんか。」
そう言ってから、叩くのをやめて肩を竦める。
(助けられるなら助けようと思っていたが、邪魔が入ったしな。)
内心そう思うが、口には出さない。
まさか、世界を創造した自分が関与させてもらえないなど、流石に予想外だった。
『魔王・・・。』
「お? なんでぇ、しぶてぇな、生きてやがったか。」
さて、回復したものかどうか、と、表面上はニヤリと笑いつつ悩んでいると。
『頼む・・・。 わらわの願いを・・・。』
そう思念が伝わった瞬間、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「・・・本当にいいんだな? やり方は調べてやったが、確実に成功するわけじゃない。かなり不安定な要因が多く、俺でも自信が無いくらいだ。 それでもいいんだな?」
『頼む・・・お前に、全てを託す・・・。』
「勝手に押し付けんじゃねぇ。 だが、そのためにはお前の心臓がいる。 いいんだな?」
『フフフ・・・わらわの命を絶つのが、お前とは、な。 師弟揃って、酷い事よ。』
「人のせいにすんじゃねぇよ。 だが・・・俺も、お前の止めを刺すとは思ってもいなかったが。 そんで・・・お前は聖地に行けず、消滅するかあてもなくどっかを彷徨う事になるかもしれんが、それでも、本当にいいのだな?」
『やってくれ・・・。 お前に託すために・・・自ら仮死状態になって、待っていたのだ。 竜玉を取られた以上・・・これしか手段は、なかった・・・。』
(なら、回復は無理か。)
男は深々とため息をつき、アクティースの命運に巻き込まれた事を自覚した。
「弱々しい声で言うんじゃねぇよ。 断れなくなるじゃねぇか。 だが、新しい魔法の儀式を出来ると思えば、断るのもしゃくか。 ・・・さらばだアクティース。 永久に、眠れ・・・。」
男はそう言うと、己の愛剣を出現させた。
呆然と、ルーケ達は立っていた。
落ちる。
そんな感覚が突如無くなった時、ここに立っていたのだ。
周りは全て人口の石壁で、どこかの王城の中のようだ。
通路の丁度真ん中らしく、左右それぞれ100mほど伸びて突き当たり、それぞれ左右に通路が続いている。
「ここは・・・どこ?」
「俺が知るかよ・・・。」
「あんたにゃ最初から聞いて無いさ。」
「・・・可愛くねぇなぁ。」
そんないつものやり取りを始めた2人をよそに、ロスカがルーケの傍に寄って来た。
「どういたしますか? 出来れば、誰にも気付かれないうちに、ここから出たいものですが・・・。」
ここがどこかの王城であった場合、誰かに発見されれば確実に捕縛される。
しかも、言い訳のしようもない。
銀竜を退治したら飛ばされちゃいました、なんて話を信じてもらえるとは思えない。
その後はどうなるか、想像するだけで背筋が寒くなる。
「そうだな、とにかく移動しよう。」
そう言いながら、ルーケは先頭に立って右手の方向へ歩き出した。
(だが、おかしい。 王城のようなんだが、何かがおかしい・・・。)
もう少しで突き当りに辿り着く、そんな時にルーケは気が付いた。
この通路に窓は無い。
にもかかわらず、明かりを必要としないほど明るいのだ。
周りに照明器具などは、一切存在しないのに。
歩くのも、辺りを見回すのも、何不自由ないほど良く見える。
(これはいったい、どういう事だ? 周りの壁などが光っているわけでもないし、照明があるわけでもない。)
ともかく、考えた所で答えは出ないし、既に突き当りまで来てしまった。
ルーケは角に身を潜ませると、こっそりと左右を見通す。
もっとも、そこに誰かいた場合、逃げ切れるとは思えなかったが。
幸運にも、視界に入る場所には誰もいない。
無言で仲間を手招きし、ルーケは突き当りの通路へ進みでて、直後に硬直した。
「お待ちしておりましたわ。」
ルーケが驚きに硬直するなり、忽然と現れたその少女は平然とそう言った。
少女の声に驚いた仲間達が駆け込んで来るが、同様に硬直する。
「ようこそ皆様、次元の迷宮へ。」
そう言う少女・・・いや、少女なのだろうか。
背中には羽があるようだが、素早く羽ばたいているために細部は分からない。
見た目、どうやら昆虫の羽根のように、薄い物のようだが。
手足はほっそりとしていて長く、女性として出る場所は出て、くびれている所はくびれている、見事にバランスのとれたプロポーション。
何となく雰囲気で少女と思ったが、全身が淡く輝いているために顔の細部が分からない。
「ピクシー・・・。」
洋服の代わりに、葉っぱで身を包んだその姿は、10cm程度の身長しかなかった。
「ピクシー? なんだいそれ?」
「伝説・伝承に多く伝えられる、一番有名な妖精種族です。 掌サイズの身長に、さまざまな昆虫の羽根を持ち、いたずら好きで有名ですが・・・。」
「私の事などどうでもいいのです。 急ぎませんと、皆様取り返しのつかない事になりますよ。 こちらに来て下さい。」
そう言いながら、返事も待たずに左手の通路を飛んで行く。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 君の名前は? それに、次元の迷宮とは?」
「道を進みながらお教えしましょう。 とにかく、時間を惜しんでください。 ここは、自然界とは時間の流れが違うのです。」
ピクシーの平然とした言い方に、仲間達は誰一人として意味を理解しかねたが、ルーケは経験があるだけに即座に行動に移した。
「みんな、行くぞ。 時間の流れが違うと言う事は、確かにやばい。」
「どうやばいんだ?」
とりあえず着いて行きながら、ラテルが訳が分からんと言わんばかりにそう聞くと、
「時間の流れの違う空間に、どうやら俺達はアクティースに放り込まれたらしい。 ここにいる間、俺達にとっては1秒は1秒に過ぎない。 だが、元の世界では、ここの1秒が1時間かもしれないし、ここの1時間が元の世界の1秒かもしれん。」
「それって、どういうこと? 元の世界に戻ったらどうなるの?」
「わからん。」
「わからんって・・・ちょっと?」
「フーニス、俺も全てが分かるわけじゃないが、あくまで可能性の答えを教えよう。 さっきクーナ達は、みるみる老化し、崩れ去った。 あれは恐らく、何らかの方法でアクティースが巫女達の時間を止めていたんだと思う。 アクティースを俺達が倒したためにその力が途切れ、止められていた時間が一気に過ぎ去ったのかもしれない。 俺達にも同じ事が起こるかもしれないんだ。」
この推測に、流石に仲間達は焦った。
「つまりなにか? 俺達も元の世界に帰るなり・・・。」
「やだ、あたしもうおばあちゃん!?」
「あのピクシーの口ぶりでは、その可能性が否定できないんだ。」
事の重要性を認識した途端、ラテルとフーニスはルーケを追い抜いて駆け出した。
ロスカは年が年だけに足が速くなく、必死に着いて来るのが精一杯だったが。