愚者の舞い 3−33
命運は、自分を殺すためにこいつを送り込んだのではない!
咆哮で恐怖に縛られたルーケを確認した時、アクティースはそう確信し、勝利を確信した。
だが、結果は・・・。
(まさか!? 外しただと!?)
見た目について、黄金竜メガロスを簡単に説明するなら、巨大なトカゲ。
アクティースを簡単に説明するなら、巨大ヘビ。
メガロスはがっしりした体形で、地竜のように太い四肢があり、西洋竜の姿である。
対してアクティースは東洋竜のように、細長い胴体に可愛らしい手足があるだけだ。
その体形から、もっとも得意な攻撃は、咆哮で相手の動きを止めてからの噛みつき。
目測を誤るなどありえない。
それが避けられた。
ルーケはただ、生きたい一心で剣を突き出した。
その剣は、深く銜えようとしたアクティースの歯に当たり、次いで体が下顎に当たって弾き飛ばされた。
歯に当たった剣は脆くも砕け散ったが、弾き飛ばされたために食われる事無く生きながらえたのだ。
もっとも、その衝突は激しかったため、見事なくらいふっ飛ばされて転がり、動かなくなったが。
ルーケが死んだのかどうか、暫く確認のため警戒しつつ見詰めていたが、ピクリとも動かないので人の姿に戻る。
「・・・わらわにたてつくからじゃ。 己の無謀さを恨むがよい。」
そう言い捨ててから身を翻し、ゆっくりとクーナの下へ歩み寄る。
やはり人間の姿の時は、手足が痺れて感覚が無い。
「我が身は癒せぬようじゃが、おま・・・。」
ドスッと言う音と同時に衝撃が体に伝わり、次いで腹部が激しく痛みを訴える。
見下ろせば、腹から地竜の剣先が姿を見せていた。
「・・・しぶといのぉ・・・。」
そう呟きながら、苦笑いを浮かべる。
「俺・・・は・・・救い・・・たい・・・。」
「・・・愚かな事よ・・・本当に・・・じゃが、顔はやめて欲しい・・・ものじゃな・・・。」
アクティースは普通の声で、それでも途切れ途切れにそう言うと、心でミカに詫びた。
(すまんのぉ。 お前を助ける事ができなかった。 じゃが・・・。 こやつの勘違いも教えてはやらぬ。 せめてもの仇じゃ。)
できれば、クーナ達を毒から解放し、ミカを回収して来て欲しかった。
そうすれば、結界内だけにミカの契を解除出来ると思ったから。
だが、もうそれも不可能だ。
そこまで出来る時間が無い。
(魔王。 後の事は任せたぞ。)
突き出された剣が脇腹に向けて切り抜かれ、即座に背後から切り刻まれつつ、アクティースは強くそう念じた。
三人が雪崩れ込んだ時、アクティースは既に変化を保てず、全身を血に塗れさせながらも燦然と銀色の鱗を輝かせて横たわっていた。
「おせぇぞルーケ!!」
ルーケの姿を見るなりラテルがそう怒鳴るが、ルーケは飲んでいた回復のポーションを飲み干してから仲間を振り返った。
「無理言うなよラテル。 こっちだって命がけなんだぞ。」
負った傷からやっと回復し、人心地つく。
奇跡の勝利としか言いようがないほど、強大な相手だった。
弾き飛ばされた場所に丁度折れた地竜の剣の刃があり、しかもその上に覆い被さって停止したために、アクティースに悟られなかったのは奇跡以外の何ものでもない。
弾き飛ばされた激しい衝撃に意識を失い、気が付いたら無防備に背を晒すアクティース。
あとはもう、細部の事を覚えていないほど無我夢中だった。
そんなやり取りを聞きながら、息も絶え絶えのアクティースは時々微かに鳴く程度で、もう身動きすらしなかった。
ただ、一人一人、ジッと見詰めはしたが。
これが呪いの行為だとは、誰も気が付かなかった。
「あらま、まだ息があるんだ。 さすが竜の中でも最古の竜だね。 生命力もあるんだ。」
フーニスが銀竜を眺めつつそう言うと、ラテルは落ち着かなげに、
「早く止めを刺しちまえよルーケ。」
「ダメだ。」
「あ!? 殺さなきゃ意味がねぇだろうが!?」
「本当に落ち着いて下さいラテル。 ルーケ、早く竜玉を。」
「ああ。 わかってる。」
「落ち着けってなにがだよ!? ロスカ!」
「竜玉は生きている間にしか取れません。 死んだ瞬間、体内にある場合消滅してしまうのです。 ですから生きているうちに取り出さなければならないのです。 そう説明したではありませんか。」
「もう3歩以上歩いたから、忘れちまったんでしょ、あんた。」
「俺は鳥か!?」
「いいから落ち着けってば。 あんたの剣じゃ、どうせ何もできないんだから。」
「ムゥッ。」
そう言われると、ラテルは黙るしかない。
地竜の肋骨から作り出したドラゴンソードは、1本しかない。
ルーケに任せる以外、方法が無いからだ。
ラテルがムゥッと唸っている時、ルーケはアクティースの頬に手を触れ、目を見上げて謝罪していた。
「すまない。 だが、あんたの命は無駄にしない。 俺が絶対に、世界を平和にしてみせる。 だから・・・許してくれなんて言えないが、すまん。」
『わらわの命、くれてやるのはもはや惜しくはない。 じゃが、お前を許す気にもなれん。 覚悟しておけ。 わらわはお前に仇をなす。』
「テレパシー・・・。 すまん・・・すまんアクティース!!」
ルーケはそう言うと、想いを振り切るようにアクティースの胸の部分に駆け寄り、剣を突きたてた。
その瞬間、苦痛のためか、唸るようにアクティースが鳴いた。
「グルゥウ。」
そして横に引き裂くと、コロンと、一つの水晶玉が転がり出る。
体内にあったのに、血に濡れる事もなく、混ざり物のない美しい水晶玉だった。
その水晶の中には、アクティースの姿が半透明に薄らと浮かんでいた。
「これは!?」
水晶玉を拾い上げた途端、聞こえたフーニスの驚愕の声にルーケが振り返ると。
フーニスの見つめる先・・・そこには、クーナがいた。
筈だった。
今はその面影を見つける事も難しいくらい老化し、みるみる間にミイラになり、そして・・・崩れ去った。
「おい、こっちの二人も・・・。」
「ば・・・ばかな・・・そんな馬鹿な!!!」
そして変化は、それで終わらなかった。
クーナの元に駆け寄ろうとした途端、視界が歪んだ。
(なんだ!?)
眩暈にも似た感じだが、全く違った。
どこかに落ちて行く、そんな猛烈な恐怖感が意識を包み込む。
(まさか、これがアクティースの言っていた仇か!? クーナ!! クーーーーーーナ〜〜〜〜〜〜〜!!!)
その想いはすでに届く相手さえ無く、ただ虚しく、己の中にだけ響いたのであった。
胸を裂かれた時にかけた、竜族に伝わる、秘伝の呪いの一つ。
これが命を奪った相手にかける、最後の・・・仇。