愚者の舞い 3−31
当時、有力視された貴族の下に15歳で嫁ぎ、数年経っても子宝に恵まれなかったクーナは、治療の名目で実家に帰された。
実質、離婚である。
愛してもいない相手だけに、毎夜の務めを苦痛にしか思っていなかったクーナにとっては安堵すべき事だったが、周囲はそう、とりはしない。
クーナを不良品としか見ない。
後で分かったが、クーナがおかしかった訳ではなく、相手の元旦那が種無しだったようだ。
クーナの後に3人と結婚したそうだが、結局子宝に恵まれず、遺産争いなどで没落したと聞いた。
ともかく、実家に帰ってからは子供を産めぬ不良品として、冷遇された。
クーナの住んでいた国は、女に人としての権利など、あって無いものだった。
男の付属品、子を生むだけの存在、それが、女。
二十歳になった時、子を産めなくとも構わないと言う、老貴族がクーナの美しさに目を止め、結婚を申し込んで来た。
クーナに選択権など無く、穀潰しが減ると喜んだ両親が諸手を上げて承諾し、気が変わっては一大事とばかりに大急ぎでクーナを送り届けようとした。
その日は嵐だったが、構わずに。
因果応報と言うべきか、相手へ礼儀を尽くすため両親揃って共に向かい、山中で山賊に襲われ命を落とした。
馬車ごと崖下へ落ち、絶命した両親を冷ややかに見つめつつ、自身も重傷を負ったままクーナは、やっとこの苦痛から解放される、と、雨を叩きつける空を見上げて横たわった。
生きている事に苦痛しか感じていなかった20年を振り返り、なぜ生まれて来たのかと、考えながら。
そこへ、ヒョイッと銀髪の美女が視界に割り込んで来た。
もしかしたら、気を失っていたのかもしれない。
「あ・・・な・・・た・・・は・・・?」
「わらわはアクティース。 通りがかったものじゃが。」
「おね・・・がい・・・おと・・・さま・・・お・・・か・・・」
遺体を家に届けて欲しいと言いたかったのだが、アクティースは、そう受け取らなかったようだ。
「残念じゃが、皆既に死んでおる。 お前はどうする? 死にたいならとどめは刺してやる。 それとも、まだ生きたいか? わらわに仕えるなら、助けてやるが。」
不意に、電気が走るような衝撃を、生まれて初めて覚えた。
誰よりも美しく、しかも女でありながら、何者にも縛られていないようなその強さを、一瞬で感じたから。
こんな存在になりたい。
そう思うと同時に、口から言葉が滑り出ていた。
「い・・・き・・・た・・・い・・・。」
ツウッと、涙が頬を伝い、ガックリと意識を失ってしまった。
それから暫く、クーナは鬱屈した日々を過ごす事になった。
生きながらえたが、人間では無くなっていたのだから普通の反応だろう。
命の恩人がまさか伝説の銀竜で、その銀竜に仕える竜巫女になるとは。
人として、女として強く生きたいと願ったのに、これでは話が違う。
かと言って、自殺などして今更死にたいとも思えず、憂鬱に過ごしていた。
そんなクーナを特に慰めるでもなく、ただ見守っていたアクティースの優しさに気が付いたのはいつだったか。
仕えろと言った癖に、何かを強要する事も無く、ただ見守っていたアクティース。
自分の事しか考えていなかった自分自身が恥ずかしくなり、クーナは生きる事を改めて決断した。
それは、愛と言うものだと、悟ったから。
だからこそ、アクティースを主人として認め、心底忠誠を自らに誓い仕えたのだ。
平穏な一生を終えさせたかった。
なのに、後少しと言う所で、自分を慕う男が主人を害そうとしている。
(これも愛の一つ・・・。 皮肉なものね・・・。)
愛を知り生きる事を選び、愛のために害される。
(私はやはり、産まれて来てはいけなかった・・・。)
だが、愛した相手が自分のために絶望している事など、ルーケは知る余裕さえ無かった。
やはり毒は効いている。
ルーケはそう確信すると同時に、激しく責め立てた。
手に持つは愛用の剣であるが、魔法のかかっていない普通の剣。
アクティースの体に傷一つ付ける事は出来ないが、衝撃は伝わる。
その斬撃を微動だにせず受けつつ、アクティースは余裕の頬笑みを浮かべ続けていた。
「お前は思っていたより愚かじゃのぉ。 わらわに普通の剣は、効かぬと知っていように。」
呆れたように言うアクティースを剣で撃ち据えながら、ルーケはこの事態を打開すべく、頭をフル回転させていた。
仲間を呼びたいが、恐らく攻撃の手を止めた瞬間、殺られる。
仲間を呼ぶには動きを止め、魔法の呼子を使わなければならない。
そんな好機を、アクティースが見逃すとは思えない。
現に先ほどのように、火炎なら吐けるのだ。
何か隠し玉があるに違いなかった。
人は何故、こうも愚かなのか。
「俺は、お前が竜だろうがなんだろうが構わないよ、ティー。」
不意に思い出したその声に、アクティースは戸惑う。
長く生きて来たが、自分を愛称で呼ぶ男は、たった一人だった。
「ティー、愛しているよ。 永遠に。」
メガロスからも、ここまで愛された事は無い。
もっとも、竜族は人間などとは愛情の持ち方に違いがあるからだが。
人間でいえば不倫だが、竜にそんな観念は無い。
産卵期が訪れた時、気に入ったオスの精を貰い受け、産む。
卵は火山地帯などの、地熱がある場所なら勝手に孵化するから、親子の情も殆どない。
ましてやアクティースやメガロスは、性別が無い銀・黄金竜だ。
卵と言っても、魔法的なやり方で出現させる事になる。
たんに、性格的にアクティースが女性で、メガロスが男性という違いしかない。
そんな自分を、愛してくれた人間。
辛い裏切りをされたために記憶の奥底に封じていたが、死に際が迫って来たために思い出したのかもしれない。
(お前とこやつ、ほんにわらわが気を許す人間の男は、わらわの命を欲しがるものよ。)
だからこそ、男を嫌っていたのだが。
ともかく、全身が痺れ、黙って立っているのが精一杯のこの状況は、あまり嬉しいものではない。
出来れば黙って引いて欲しかったからああ言ったが、やはり命運がそうはさせないらしい。
ただ、その気になれば、いつでもルーケを始末はできた。
竜語魔法でふっ飛ばす事も出来るし、本来の姿に戻っても良い。
ただ、アクティースは力が有り過ぎて、下手すれば神殿そのものが消え失せてしまうのが難点だった。
喋れる以上、魔法は使えるのだが、前にミカの目の前で山賊を退治して見せたように、火炎球でも効果は数倍になる。
いくら耐熱能力があるとは言っても、そんなもの放つと、巫女達も焼け死んでしまう可能性がある。
魔法は使えるが、微妙な手加減が難しいのだ。
特に、この全身が痺れている状態では。
では、竜語魔法なら・・・なお強力だから、神殿自体が消え失せる。
特にここは結界と言う限られた空間だ。
竜そのものになっても平気なほど広い神殿だが、破壊力が桁違いな竜語魔法など解き放てば、その結果は想像したくもないほど、悲惨な事になるだろう。




