愚者の舞い 3−3
人間より知能が高い銀竜アクティースも、驚きに目を見開いた。
クーナ達も当然驚き、口をあんぐりと開けて言葉も無い。
「どうだ、懐かしいだろうアクティース。 ユグドラシルに聞いて、俺が縫ったんだぜ。」
ミカが着ているのは、アクティースの故郷の世界での花嫁衣装。
純白のドレスで、裾は大きく広がり、腰の部分はキュッと締まっている。
他の王国人に比べ、西の王国人は比較的胸が小さい傾向にある。
だが、成人したミカは、西の王国人としては、スタイルは抜群に育っていた。
まだ幼さの残る顔立ちではあるが、それだけにドレスが非常に良く映えた。
「・・・なんと、言ったら良いかわからぬな。」
「カカカカカ。 そうだろうな。」
アラムが軽く笑ってからそう言うと、アクティースは更に渋い顔に成る。
純白の花嫁衣装に込められた意味は、決断を促す意味があった。
その決断をアクティースは、本人に伝えてはいないが既にしていた。
そして、失った故郷の衣装は、悲しみも思い出す。
「とりあえず、嫌味なのは良く分かるぞ魔王。」
「流石は銀竜。 よく分かったじゃないか。」
綺麗なドレスは、アクティースへ身を捧げるに丁度良いと思っていたが・・・嫌味とは。
「魔王様。 酷い。」
ジトーっとミカは隣の男を睨み付けるが、当の本人は馬耳東風である。
「さて、アクティースの反応も見たし、俺は帰る。 ドレスはプレゼントだから好きにしな。 ちょいと俺は忙しいんでな。」
「そんな世界の危機は聞いておらんが? 冒険者の方か?」
「正解。 ちょいと墓場の護衛を頼まれていて、あまり席を外せんのだ。 じゃな。」
そう言うと、返事も待たずに姿を消した。
「相変わらずなのはあ奴も一緒じゃな。 さて、そのままでは食べ難かろう。 ミカが着替えてきたら宴にしようかの。」
その後は、身内しかいないだけに遠慮なく、存分に飲み食いし、楽しんだ。
ポルンは一輪の小さな花を添えると、グイッと袖で涙を拭った。
シノンは埋葬の手伝いをして疲れ果てていたが、命の恩人だけに複雑な表情だ。
今さっき、墓に埋めたのはポルンの母親。
ポルンは小人族のプティー族に属する娘だ。
平均的な人間の半分程度しか身長が伸びない小人族だが、色々特徴がある。
非力だが魔法防御力が非常に高く、直接攻撃魔法なら、まず一撃で死ぬ事は無い程だ。
また、すばしっこく好奇心旺盛であり、指先など非常に器用で、産まれながらの盗賊とも言われるほどであり、語尾に特徴的な一言を付ける喋り方をする。
その中でも、プティーは特に薬草学が得意で、薬師、つまり、漢方医を生業とするものが多い。
「人間って、簡単に死ぬよなぁ。」
辺りで、あちこち埋葬している人々を眺めやって、シノンはそう呟く。
「まあ、俺達妖精族もだけどな・・・。」
そう言うシノンはハーフエルフ。
人間の母親と、エルフの父親の間に産まれた。
エルフは森の妖精と言われる種族で、非力であるが、長寿と美貌で有名だ。
全般的にほっそりとしてあまり凹凸の無い体形であり、高慢な者が多い。
そのため、他の種族とは争いになる事が多く、馬鹿にする時など枝と呼ばれるほどだ。
身長は多少低めで、耳は上に長く尖っているのも特徴だ。
そして、そんな関係のために、純粋なエルフの血を尊び、他の種族と交わる事を嫌悪する。
どんな経緯で知り合ったか分からないが、シノンを産んだために種族から父は追い出され、苦労の末に死んだそうだ。
人間としても、エルフは特に好きな種族ではないために。
そして母も、シノンが幼い頃に流行病で亡くなった。
それからのシノンは、生きる事に必死だった。
女と産まれたが、体を売って生きるには幼すぎ、仕事に就く事も出来ず、浮浪者のように生きて来た。
シーフギルドが最初、シノンを拾ったが、上前を撥ねるだけのギルドに嫌気がさして飛び出し、袋叩きにあって傷付き、野垂れ死にしそうなところをポルンとポルンの母親に助けられた。
それ以降、何とはなしにポルン達と付き合っている、と言うか、シノンが付きまとっているのだが。
シノンとしては、同い年に見えるポルンに興味もあったし、母親に恩を返したい気持ちもあったためだ。
だが昨夜、ポルンの新薬作りに付き合っていた時、魔物が町を襲撃して来た。
戦闘能力の無いシノンとポルンを庇い、宿にこもって戦ったポルンの母であったが、逃げて来た若者を助けようとして命を落とした。
今日は、昨夜の襲撃で失った人々を埋葬する人でごった返しているのだ。
町を見下ろす事の出来る、小高い丘にある公共墓地は。
その中でも、プティーとハーフエルフの組み合わせは非常に珍しいので、特に目立っていたが本人達に自覚は無い。
「で、お前、これからどうすんだ?」
「おらは行商を続けるお。 全国各地に、おら達の薬を待っている人がいるお。 それにおら、夢を達成してないお。」
「そうだったな。」
ポルンの夢、それは。
「薬が苦いのはおかしいお! もっと美味しければ食べない人も減って、治りも早いお!」
と、日夜研究しているのである。
白魔法で簡単に怪我や病気は治ると言っても、それはそれなりに金のある人だけだ。
白魔法の治療は、上級な魔法になればなるほど金がかかる。
大半の貧乏な人々は、安い薬に頼らざるをえない。
そんな不確かな薬でも、ポルンの母が作る薬は良く効くと評判が良かった。
「シノンちゃはどうするお?」
「俺は適当に生きるさ。 元々身寄りも無い根成し草だからな。」
出来れば、ポルンと共にいたかった。
産まれて初めての友達であったから。
だが、シノンにはポルンの役に立てる事はあまりなく、逆に足手纏いになってしまう。
だから、手助けと称して付いて行く事は憚られた。
そんな会話をしている時、ド〜ンッ! と、突然爆発音が響いた。
墓地の外れの方だ。
「シノンちゃ!!」
「ああ! 逃げ」
「原因を見に行くお!!」
「なきゃっておい!?」
言葉と同時に駆け出したポルンを慌てて追いかける。
だが、人の半分しか身長がなく、比例して足も短いのに、何故か小人族は足が速い。
そんなに走る速度の遅くないシノンでさえ、引き離されないのがやっとだ。
もっとも、好奇心旺盛な小人族だけに、戸惑いがない分遠慮がないからであろうが。
爆発現場は、墓地の柵のすぐ外だった。
町の反対側は森に成っているが、町の方向以外は人の背より高い灌木で囲っている。
一部、出入り口だけ開けてはいるが、それ以外は見通しが効かないようになっていた。
そんな入口の開けた場所の前に、一人の男が立ち塞がっていた。
中背でオーガーのように体格が良く、身にはローブを纏い、右手には長く頑丈そうな杖。
「棍棒と杖が間違ってるお。」
入口の戸に辿り着くなり、ポルンの第一声がそれだった。
それから気が付く、魔物の群れ。
「ゴゴゴ、ゴブリンお!!」
「馬鹿野郎! だから逃げようって言ったじゃねぇか!! どうすんだよ大声出してわざわざ注目させて!!!」