愚者の舞い 3−24
モリオンは、分かったとばかりに一つ頷くと、シノンに向き直り、
「あなたはエルフの血を引いていますが、精霊の声は聞えないのですか?」
「精霊の声? 精霊ってなんだ??」
「精霊とは、万物全てに宿る魂のようなものですよ。 説明するより見た方が早いですね。 マスター、ちょっと火を使いますよ。」
「えええぇぇ!?」
マスターが驚愕するのも無理はない。
大陸屈指の冒険者にして魔術師にして拳闘志なモリオンである。
着火という、藁などに火を付ける魔法もあるが、その程度で一々断る筈も無い。
つまり、攻撃魔法を使うと言う事である。
モリオンが火炎系攻撃魔法などぶっぱなしたら、宿など軽く吹っ飛ぶのは間違いない。
「ああ、ご心配なく。 攻撃魔法ではありません。」
そう言うと、右手をシノンの目の高さに上げて、人差指と中指を天井に向けて垂直に立て、左手でパチンと指を鳴らす。
次の瞬間には、ロウソクの灯程度の火が燃え上がった。
「おおぉぉ!?」
思わず驚くポルンとシノン、その背後で胸を撫で下ろし、安堵するマスター。
「静かに、気を落ち着けて、ジッと火を見詰めて下さい。 何か見えますか?」
「・・・火以外に、何か見えんの? それにしても便利なもんだなぁ、魔法って。 指先から火を・・・ん? なんか動いた??」
「何か見えたお? シノンちゃ??」
「よくわかんね。 なんか、火の中で動いたような気がしたけど。」
「では、これならどうですか?」
そう言った次の瞬間、ロウソク程度の灯が、天井につかんばかりの業火に成って吹き上げた。
「モモモモモモリオンさん!!!!」
「お静かに! 燃え移ったりしません! ・・・どうです? これなら何か見えますか?」
腰を抜かさんばかりに驚愕するマスターを一喝し、コロッと態度を変えてシノンに問いかける。
シノンも驚いたが、驚く事が多過ぎて、感覚が麻痺していたのかもしれない。
吸い込まれるように炎を見詰め、そこにいる物とバッチリ目が合った。
「・・・トカゲ・・・?」
シノンが呆然と呟いた瞬間、パッと炎は消え失せた。
言った通り、天井には焦げ一つ無い。
「やはり、精霊魔法使いの素質があるようですね。 今見えたのは火蜥蜴。 火の下位精霊です。 時々空耳のように、理解不能な声が聞こえたりしませんか?」
「あ〜、時々してた。 あれって精霊だったんか?」
「そうです。 大概は風の精霊ですね。」
そう説明していると、肘の辺りをクイクイッと軽く引かれた。
「あの〜、ご主人様?」
モリオンは一旦振り向いてプリンに微笑みかけると、ポルンとシノンに改めて向き直り、
「今日はデートなので何も教える事は出来ませんが、明日から多少教えてあげる事は出来ます。 どうしますか?」
そう言った瞬間、シノンとポルンはキョトンとし、酒場内は驚愕にどよめいた。
ハエトリ草より人付き合いが悪いとまで言われ、弟子は採らない事で有名なあのモリオンが弟子を採るなどと、確かに天変地異レベルの話ではある。
「ほ・・・本当にいいのか?」
「嘘は無しだお!?」
「冗談でも嘘でもありませんよ。 ただ、私も忙しい身の上なので、基本となる初歩だけです。 それから、暫く集中して学んでもらいますので、身の回りの整理をして下さい。 シノンさんには精霊魔法、ポルンさんには弓矢と薬草の生える場所の条件などを教えますが、師事料金の代わりに、暫く私に必要な薬草の採取を手伝っていただきます。 薬草はちゃんと買い取りますのでご心配なく。 よろしいですか?」
よろしいも何もない程の、破格の条件である。
シノンとポルンは飛び上がって喜び、快諾した。
ただ、後ろで話を聞いていたプリンは、何かを忘れているような、そんな気がしてならなかったが。
ハーフエルフは、プライドの高いエルフが高貴な血を汚されたと毛嫌いするため、人間側もトラブル回避のため関わる事を遠慮するし、プティやメターなどの小人族はすばしっこく器用で、居ると助かる存在だが、いかんせん悪戯も大好きだ。
よって、こちらも人間達は、積極的に関わり合いたいと思わない。
だが、そんな事情ではない、でも、何故か思い出せない、そんな喉に小骨が刺さったような、まだるっこしさを感じていた。
魔法の習得を終えて帰って来てから約3年。
ミカは暇さえあれば、貰った魔法書を読みふけっていた。
そしてどんどん吸収して、今ではそんじょそこらの魔法使いでは太刀打ちできない、なんてレベルではなく、大陸屈指の魔法使いになっていた。
しかも格闘技術も達人級にまで上達し、日々実践練習しているので、魔法戦士としても大陸屈指のレベルである。
もはやルパとメレンダでは10回中1回、ミカに勝てるか勝てないかというほどの実力になり、怠ける事が存在理由と言って憚らなかったアクティースが、面白半分に参加してくるもんだから尚更レベルが底上げされていた。
今では魔法を使わなければクーナと実力伯仲、魔法も使うのであれば、アクティースに20回中1回勝つほど(あくまで稽古レベルだが)のレベルである。
元々竜は強さに対して好意を持つ性質があるため、興味をそそられたのかもしれない。
または、その急激な成長に興味を覚えたのかもしれない。
ミカも普通に暮らしていれば18歳、なんにでも興味を持ち、吸収する年齢でもある。
外見は15歳で止まっているとしても、だ。
教えれば教えるほど成長していくのだから、興味も出て来て不思議でもない。
かたやルパ達は嫉妬するかと言えばそうでもなく、優秀な妹の成長を、我が事のように喜んでいた。
食糧をルーケやアラムが運んで来ると言っても、そればかりに頼っているわけではない。
山の中の一角にある結界の出入口周辺で、山菜を取って食べる事もあれば、罠を仕掛けてウサギなどを捕る事もある。
ミカが鼻歌を歌いながら山菜を採っている時、ガラガラと荷車を曳いてくる音が聞こえ、顔を上げると荷車を引くルーケと眼があった。
「あら、こんにちはルーケさ・・・ん?」
「こんにちは、ミカちゃん。」
笑顔で答える彼の後ろには、冒険者然とした三人が着いて来ていた。
「あの・・・その方達は?」
「俺の冒険者仲間で、今日は荷物運びと他の依頼が重なってしまったので、そのまま、ね。 なに、信頼できる者達だから大丈夫。 今までも何回かここまでは手伝ってもらってるし、師匠とアクティース様の許可も得ているよ。」
「そうなんですか。 初めまして。」
ミカがにこやかに挨拶すると、フーニス、ロスカ、ラテルも順に笑顔で挨拶を返す。
「初めまして、お譲ちゃん。」
「初めまして、可愛いお嬢さん。」
「こんにちは。」
にこやかに3人に挨拶を返され、ミカはふと疑問に思ったが、それを聞く前にルーケが一本の酒筒を差し出した。
「ちょっと、味見してくれないか?」
「え? お酒ですか?」
「ああ。 いつものお気に入りがあまり量がなくてさ。 今日は別の酒も持って来てみたんだけど、アクティース様が気に入らなければ困るから。 ちょっと味見してくれないか? 好みじゃないっぽかったら出さないで、ここに置いて行こうと思うからさ。」