愚者の舞い 3−23
思い立ったら即討伐、そんな簡単に竜退治が出来る筈もなく、ルーケ達は翌日から、食料や必要な道具などの準備を始めた。
そんなある日、冒険者の宿1階で夕食を取りながら、準備状況などを話していた時、カラ〜ンと軽快な音を立てて入口の鐘が鳴り、入口の方を向いて座っていたルーケは硬直した。
何事かと振り返った、仲間3人もその人物を見て、同じように硬直する。
「その様子では、話してしまったようですね。 でも、他言はしない方が身のためです。」
そう言いながら、彼らを見詰める目は穏やかだ。
「し・・・師匠・・・。」
「ルーケ。 お前に話があります。 部屋へ行きましょうか。」
断っても無駄な事は良く分かっているだけに、ルーケは頷きながら立ち上がった。
「ルーケ・・・。」
「大丈夫さ。」
心配げに見上げるフーニスに笑顔で答えると、振り返ってからキリッと表情を引き締めた。
破門を言い渡されている以上、穏当な理由で会いに来た筈がない。
ルーケはそう覚悟して着いて行くと、自分の部屋に導き入れる。
「さて、話は簡単な事なんだ。」
そう言うなり、アラムは始原の悪魔の姿となりつつ、クルリと振り向いた。
その手には、いつの間にか剣を握りながら。
「かつてお前を弟子にする際、約束していた事を果たす時が来た。」
「師匠・・・俺を、殺す気ですか?」
「そうだ。 お前は世界を破滅へ導く運命を選び、進んでしまった。 何度もした、俺の忠告を無視してまで。 こうなる事は、分かり切っていた事だろう。 せめてもの情けだ。 抜け。」
ゴクリ、と、唾を飲み込む音が、やけに大きく響き聞こえた。
そこにあるのは、確実なる死。
どうあがいても逃れられない、絶対的な死がそこにあった。
「どうした? 抜きもしないで死にたいか? それならそれで」
「あれ? まち・・・」
突然、ガチャッと戸を開けて、まだ若い女の冒険者が入り口に佇んでいた。
恐らく部屋を間違えたのだろう、だが、抜き身の剣を持つアラムに気が付き、言葉と動きが止まる。
ルーケはそんな女冒険者を驚いて振り返り、アラムは片眉をヒョイッと上げた。
「キャアァ〜!!」
絹を引き裂くような悲鳴を上げ、次の瞬間には階下へ逃げて行く女冒険者。
それを見送ってからアラムの事を思い出し、慌てて振り返ると・・・。
既に、姿はそこに無かった。
リセとは遠く離れた、帝都。
そこにある館にテレポートしたアラムは、ため息と共に剣を消した。
「これも運命か。」
やれやれ、と、首を振っていたら、おもむろにガチャッと戸を開けてプリンが入って来た。
「あら? ご主人様ですの。」
「よう。 商売は順調か?」
「それは普通ですの。 それより・・・。」
プリンはルーケとアラムの関係を知る、数少ない関わった物だ。
特にプリンは、今日、ルーケを斬りに行っていた事を知っているので、言葉が濁る。
サキュバスであるプリンは、他のサキュバスに比べて大人しめではあるが、人間の男が好きだ。
ましてや、その生き返りの儀式に協力もしたし、世話も焼いていれば、自ずと情も湧く。
「どうやら、運命はまだ、あいつにやらせる事があるようだ。」
「・・・? どういう事ですの?」
「人払いの結界を張っていたにも関わらず、邪魔が入った。 それこそ通常では、絶対にありえん。 どうやら最後まで、あいつに付き合うしかないようだな。」
「そうなんですの・・・。」
「さて、こうなっては仕方がない。 俺は酒でも飲みに行って来る。 たまにはお前も付き合うか?」
「いいんですの? 喜んでお供しちゃいますの♪」
「じゃあ、着替えて来な。」
「はいですの!」
プリンは急いでメイド服から普通の町娘の服に着替えると、モリオンの姿になったアラムと共に冒険者の宿へと向かった。
そして、入口を潜るなり。
「待ってたぞモリオン!!」
「ここで会ったが3年めで久し振りだお! 弟子に成ってやるお!!」
2人の少女が立ち塞がった。
「・・・? 誰ですの?」
「・・・誰でしたか?」
完璧に存在を忘れられていた少女2人は、ドテッとずっこけて転がる。
それを見ていた酒場は、笑いに包まれた。
「わ、忘れるとはひでぇじゃねぇか! 鬼!」
「そうお! 3年も待ってたんだお!!」
慌てて起き上がるなり、2人は猛烈に食ってかかる。
「冗談ですよ。 ポルンさんにシノンさんですね。 ですが、弟子の件はお断りしたでしょう。 それに、何故私に拘るのですか?」
「そんなの決まってるじゃん。 あんたが強いからだ。」
「そうだお! やるからには最強を目指すお!」
弟子入りを断られて以来、シノンとポルンは家を1軒買い取り、薬屋としてなんとか暮らして来た。
しかし、元に成る薬草は安くは無く、儲けは日々食い繋げるか繋げないかと言う微々たるもの。
かと言って、薬草を採取しに行きたくとも、身の安全を守る事さえできないため、それもおぼつかない。
冒険者や行商人に成って、世界各地も周りたいという夢もある。
だから、モリオンと出会ったこの酒場にできるだけ毎日通い、来るのを待っていたのだ。
ただ、あちこちに出現するモリオンは、あの日以来、現れる事が無かったが。
「だから言ってるじゃないか、お譲ちゃん達。 モリオンさんは忙しいんだ。 弟子なんて無理だって。」
騒ぎを聞き付け、出て来た店のマスターが、諭すように優しくそう言うが。
「だからって諦めたら、何も出来ないじゃないか!」
「そうだお! おらは、かあちゃんの後を継いで、行商人に成りたいお! かあちゃんの薬を待っていた人達がいっぱいいたお! 早く届けに行ってあげたいんだお!!」
「俺だって産まれて来た以上、何かを成したい! 無為に過ごすのはもう嫌なんだ!」
「モリオンさんじゃなくても、師事を仰ぐ人はいっぱいいるだろう。」
「それが!」
ポン、と、肩に手を置かれ、反論しかけたシノンは言葉を止めて振り返る。
ポルンも不思議そうに、肩に置かれた手を見てから、振り返った。
「ハーフエルフにプティでは、弟子にする人間はそういないでしょう。」
マスターにそう言ってから、ポルンを見詰め、
「あなたは母親から薬の調合の仕方を教わったようですが、弓の使い方は習わなかったのですか? プティなら、弓も得意でしょう?」
「弓は、とうちゃんに教わる予定だったんだお。 でも、まずは薬の作り方を習得しろって教わる前に・・・かあちゃんが・・・。」
「そうですか。 では、放浪の民だけに、父親の居場所も分からないでしょうね。」
「分からないお。 本当は去年、ノウムで落ち合う予定だったお。 でも、おら達・・・。」
「それなら町々を歩き、探し尋ねているかも知れませんね。」
「・・・あのとうちゃんだけに、確信は無いお・・・。」
ポルンの父親は、性格も放蕩である。