愚者の舞い 3−21
フーニスの嘆きを慰める事も出来ず、かと言って暗い雰囲気になるでもなく、ルーケ達が引き続き酒を飲んでいる時、カラーンと入口の鐘が鳴り、急に酒場の中が沈黙、続いてあちこちで感嘆の吐息が漏れ聞こえる。
その中には、フーニスとラテルも含まれていた。
あまりに急激な状況の変化に、何事かとルーケが振り返ると、入口には1人の見慣れた美女が佇んで立っていた。
「クーナさん!?」
本来いる筈の無い美女の姿に驚き戸惑いながら、咄嗟にそう声を上げつつ、椅子を蹴倒して立ち上がる。
「あら、ルーケさん。 今晩は。」
「あ、今晩は、クーナさん。」
マイペースなクーナに釣られ、同じようににこやかに挨拶してから我に返る。
「じゃなくて! なんでここに!?」
ルーケの知り合いと分かるなり、他の冒険者達の視線が背中に突き刺さる。
それは嫉妬と妬み。
「実は、ルパさんが壊してしまいまして、早急に欲しい物が出来てしまったのです。 今晩はなんとかなりましたが、明日以降困りますので・・・。」
「そう急に欲しい物? なんですかそれ?」
「お鍋です。」
ドンガラガッシャ〜ンバリ〜ンパリ〜ンゴト〜ン。
2人の会話をジッと盗み聞きしていた酒場中で、盛大にみながずっこけた。
だがただ1人、ルーケは事情を咄嗟に察し、慌ててクーナに駆け寄り、
「僕が売っている所へ案内しますよ。 こちらです。」
そう言うなり、クーナの手を取って慌てて酒場を出て行こうとしたが。
「ルーケ!」
呼ばれて振り返ると、フーニスが物凄い眼光で見据えていた。
「後で、詳しく説明してね。」
「あ、ああ、わ、分かった。」
何をそんなに怒っているのかは分からなかったが、とりあえずそう答えて急いで酒場を後にする。
「鈍感馬鹿野郎。」
フーニスのドスの聞いた呟きに、気が付く事無く。
ルーケにはクーナの行動が理解出来てしまった。
それは、時代の流れに着いて行っていない者特有の無知。
神殿の中だけで他の誰とも交流が無いため、金物屋が存在している事を知らなかったのだ。
ルーケも80年と言う時を超えてしまったために経験したものであり、今では慣れて常識に成っていたために伝えていなかった。
時間は夜の帳が降りて暫く経ち、そろそろ酔っ払いも出歩く時間だ。
そんな時間に、昔は金物など手に入る事は無かった。
金物や包丁などは、作り手が行商として、市に売りに来るのが常だったから。
「あの、ルーケさん。」
遠慮がちなクーナの声に振り向くと、申し訳なさそうに、
「手が痛いです。」
ハッとして、ルーケは慌てて立ち止まりながら手を放す。
「すいません。 大丈夫ですか?」
「はい。 急いでいただけるのは嬉しいのですが、そこまで急ぐほど必要な物でも無いですよ?」
「まあ、店が閉まってしまうと言うのも理由の一つですが、早く神殿に戻りませんと。」
クーナは小首を傾げるが、ルーケは気が気ではない。
いつもの巫女服ではなく、一般的な女性の服装とは言っても、クーナは美人な上に異国人そのものの顔立ちをしている。
いやがおうにも目立つのだ。
酔っ払いや山賊崩れなどに出会って絡まれてしまったら、それこそ笑い話にならない。
クーナの力量は、おおよそではあるがルーケも知っていた。
だからこそ問題なのだ。
絡まれた相手をのす程度なら問題は無いのだが、そのために仲間が出て来たりすると厄介な事になる。
ルーケもクーナも、その程度で負けたり倒される事はまずないが、そのために治安維持の侍が出て来たら、振り切る事は困難だ。
ルーケは特に後ろめたい事は無いが、クーナが困る事になる。
アクティースが人との繋がりを拒んでいるこの状況で、クーナの身元や状況を説明できる筈も無く、したとしたら、それこそアクティースと王国で確執が起きるかも知れないし、他国の勧誘やら冒険者の襲撃やらに晒される事になろう。
リセ王国は加護を受けているから、警備兵だのなんだの派遣し、友好関係を維持すると思うが、トラーポ辺りが黙ってはおるまい。
とにかくクーナの立場などを考慮すると、トラブルに巻き込まれるのは非常にまずいし、トラブルを呼び寄せる風貌なだけに一刻の余裕も無いと言える。
だからこそ、鍋を大急ぎで買って、町を出て人気の無い場所に辿り着いた時、ルーケはほっとしたものだ。
それから神殿へ向けて、連れ立って歩きながらその辺の説明をすると、クーナは驚いて目を見開いた。
「ご迷惑をおかけしてしまいましたね。 申し訳ありません。」
「いえ、何も無くて良かったです。」
「でも、それはそれで、一つの運命だったかもしれませんよ。」
「・・・? どういう事ですか?」
「私達は、もうそんなに長く生きる事は出来ませんので。」
「生きる事が出来ない?」
「あら? 始原の悪魔様から聞いていらっしゃらないのですか?」
「何をですか?」
「ご主人様の寿命が、尽きようとしている事を。」
あまりに途方も無い事情を聞き、ルーケは愕然として足を止めた。
「え・・・? アクティース様が死ぬ? え? でも、なんでクーナさん達まで?」
「私達竜巫女は、主人である竜と運命を共にするのです。 ですから、一緒に・・・。 でも、私達は普通の人生を送るよりも幸せでしたし、後悔はありませんけどね。」
そう言ってほほ笑むクーナは、本当に後悔を微塵もしていないようであった。
「そんな・・・アクティース様が・・・。 それに、クーナさん達も・・・。」
「永遠に生きる事が出来るため、私達は普通の人よりも長く生きているんですよ。 これ以上の生を望むのは、欲が深いと言うものです。 それに、アクティース様にお仕え出来て、幸せでしたから。」
「でも、その若さでしたら、何も一緒に死ぬ事は無いでしょう? 先立ってしまったアクティース様の分まで、幸せに生きないと。」
「フフフ。 優しいのですね、ルーケさん。 でも、私達にその気が無いんですよ。 最後の最後までご一緒したい。 それが今の願いですから。 ・・・もう、ここまでで良いですよ。 お友達をお待たせしているのでしょう?」
「え・・・でも、まだ・・・。」
「大丈夫ですよ。 私達は鍛えられていますので。 それでは、また。 今日は色々、ありがとうございました。」
クーナは微笑みながらそう言うと深々と頭を下げ、呆然と突っ立つルーケから鍋を受け取り、闇の中へ歩き去って行った。
「そんな・・・クーナさんが・・・死ぬ・・・。」
ルーケはそう呟くと、どうにか出来ないか必死に考えた。
もう、自分がクーナに惚れている事を、疑う余地も無く理解していた。
なんとか救いたい、共に生きたい。
そのためにどうすればいいか、ルーケは必死になって考え、いつの間にか帰り着き、酒場の戸を開けていた。
「遅い! あの女とこんなに長い時間、なにやってたんだい!」