愚者の舞い 3−20
この世界に受け入れた後、メガロスは控えめに人間達に接したが、女性的感性を持っていたためか、アクティースは積極的に人間に関わった。
あの時までは。
「ま、なるようになるか。」
そう呟いたのをきっかけに、二人は口を塞ぎ、ただただ酒杯を傾けるのだった。
魔法の修業は、何度も死ぬほど険しいものだった。
竜巫女に成り、通常の人間の数百倍もの魔力を体内に蓄積できるようになり、肉体の能力値も飛躍的に跳ね上がったにもかかわらず、である。
なんせ不死身の大先輩だけに、復活できるギリギリまで無茶をさせるからなのだが、その分覚えも早かった。
ルーケも修行した異空間だが、今回は時の流れを止めてはいないため、日々は飛ぶように過ぎてゆく。
そんなある日、魔法修行の一環として、2人はボロ小屋の前を流れる川に並んで座り、釣りをしていた。
精神統一の修業と言う事であるが・・・。
何はともあれ、ミカにとっては凄く楽しかった。
生贄になるまで、籠の中の鳥のように、世間をあまり知る事無く育てられた。
大自然の中で暮らすここでの生活は、何もかもが新鮮で楽しかったからだ。
「ところでよ。」
「はい?」
「お前、なんで魔法を覚えたくなったんだ?」
不意にそう聞かれ、ミカは戸惑った。
本当の事を言うべきか、誤魔化すべきか?
「言いたくなけりゃ言わないでもいいが。 ただ、これだけは覚えておけ。」
「なんですか?」
「運命はそう簡単には変えられん。 それは竜だろうが人間だろうが悪魔だろうが同じだ。 ただ、変えた場合、その被害を誰かに与えている事は覚えておけ。」
「被害・・・?」
「たとえば、クーナがお前を殺す事が運命だったとしよう。 しかし、お前が返り討ちにする事で、本来は死ぬ筈のなかったクーナが死ぬ。 これはまだ目に見えるから確認できるが、お前が病死する運命だったのを俺が治してしまったとしよう。 すると、世界のどこかで誰かが代わりに死ぬ事になる。」
「はぁ。」
「つまり、不幸と幸運の法則と言う事だ。 お前がお金を落としたらそれはお前にとっては不幸だ。 しかし、それを拾った者は幸運だろ? そういうことだ。」
「はぁ・・・なんとなく分かりますが・・・。 私も一つ、聞いていいですか?」
「なんだ?」
「どうして姿を変えているんですか?」
今のアラムは身長こそ同じ中背だが、細身である。
しかし、荷物を持って来たりするときは格闘家然とした、筋肉質である。
全く違う。
「そんなことか。 俺やお前は姿が変わる事無く永遠を生きる存在。 しかしながらこの世界に住んでいるのは寿命のある人間が主体だ。 年をとり容姿も変わる。 プレシャスでいる時は長寿種族の冒険者としてやってるからあまり言われないし聞かれないが、いつまでも同じ姿でいると不思議に思って知りたくなる連中もいるからな。 それにイメージもある。 まあ、色々便利な事が多いからやってるだけなんだがな。」
「そうなんですか?」
何が便利なんだろう、と、思いながら傍らの男の顔を見ていたら、不意に視界の端に黒い翼が見えた。
なんだろう? と、見ると、アラムの背中から夜の闇よりも黒く、それでいて美しさすら感じる光沢の翼が12対伸びていた。
それと同時に、背筋を猛烈な悪寒が走りぬけ、体が硬直する。
死ぬ事のない竜巫女なのに、今、この瞬間にも絶対確実に死ぬ、そう本能が警鐘を鳴らすほどの圧倒的な恐怖と存在感。
「こんな姿のまま、いるわけにもいかんだろ。 死んだ筈の魔王と教えてやる事もない。 それにこんな姿見られたら、クラスィーヴィが喜んで戦いに来ちまうわ。」
そう言いながら翼と同時に恐怖感が消え失せ、ミカはホッと一息つく。
息をするのも忘れるほどの圧倒的な恐怖を感じていた事にその時気がついた。
まだ恐怖が抜けきらず、手がわなないている。
今さらながら相手が魔王だと言う事を実感し、同時にその強大すぎる力の一端を垣間見た事に恐怖を素直に感じる。
この男にとって、自分の存在など塵にも等しいに違いない。
その気になれば、子供が虫の足を千切って殺すよりも簡単に、それでいてもっと残酷に殺せるに違いない。
それは憶測ではなく、確信だった。
この男が魔王として降臨していたのだと思うと、当時の人々の悲劇さが実感できた。
「あ。」
思わず、そんな声だけでビクリと反応してしまう。
「魚が逃げちまった。 野生の生物は魔の気配に敏感だからな。」
そう言いながらこめかみをかく姿は、とても悪魔には見えなかったが。
そして、3年の月日が流れた。
フーニスは不満そうに酒の入ったコップを暫し睨み付けた後、一気に飲み干した。
「おいおいフーニス。 うちの酒が腐ってたか?」
マスターが少し驚きながら、そうカウンターから聞いて来る。
「違うよマスター。 自分の運の無さに呆れてるのさ。 まったく・・・。 なんだってこんなに貧乏なんだよっ!!」
全ての怒りをコップに込めて、ダンッとテーブルに叩きつける。
が、同時に自分の手も打ちつけてしまい、痛みに一瞬顔を歪めるが、恥ずかしいために怒り心頭の顔に即座に戻して痛みに耐える。
そんなフーニスの容姿に、仲間もマスターも苦笑いを浮かべるしかない。
実際、不運と言うか呪われていると言うか、不幸ここに極まれりと言う感は確かにある。
ルーケ達がパーティを結成していくつかの依頼をこなしたが、どれも平均より多少安い依頼賃であり、挙句に割に合わない強大な魔物と戦う事も多い。
タキシムを倒し帰路につけば、リザードマンとスキュラと戦うはめに。
オーガを倒しに向かえば、これまた帰りにレッドキャップ。
それぞれ正式に討伐依頼を受けたら、数十年は遊んで暮らせる金が手に入るほどレベルの高い魔物だ。
割に合わないこと甚だしい。
ただ、そういう事が他の人々に全く無いわけではない。
ゴブリン退治を依頼され、出向いて行ったらオーガが出て来たとか、帰路についたらワームに襲われたなんて話も時々聞く。
そう、時々だ。
こんなに遭遇率が高く、しかも滅多に遭遇しない高レベルの魔物と戦闘になるなんて、通常ではありえない事なのだ。
それだけに、フーニスの不満も分かるのだが、こればかりはどうにもならない。
もしこの場にアラムかアクティースがいたら、教えてもらえたかもしれない。
ルーケの突き進む、栄光を手に入れて勇者となり大陸を統一するという志が、そういう運命を引き寄せているのだと言う事を。
そしてそれは、世界がルーケを疎ましく思い、弾き出し消したいと思っている証拠であり、それこそアラムや天界が悩んでいる要因なのだ。
なまじ強さと知識を手に入れてしまったための、副作用。
だがそれも、活用の仕方で平和的に平和をもたらす事が出来るのだ。
アラムに弟子をクビにされた口論の元は、そこにあった。
いや、それを拒否したのも、運命だったのかもしれない。