愚者の舞い 3−2
神殿に返って来るなり、ルーケはアクティースに止められた。
「馬鹿者。 そんなずぶ濡れのまま寝所に行く気か。」
雨の中薬草を拾って来たので、2人ともずぶ濡れである。
ルーケは急いで雨具を脱ぐが、下に着ている服も濡れそぼっていた。
「水の精霊よ・・・。」
アクティースがそう呟くと、ルーケとアクティースの服と雨具、それに薬草についていた水分が、ズズズッと移動をはじめ、アクティースの前に集まって、小さな女の子の形になった。
透明な水の塊なのに、そう見える事に疑問さえその時は浮かばなかったが。
「役目ご苦労。 じゃが、自然に戻るがよい。」
アクティースがそう言うと、水の精霊は踊る様に・・・現に踊っているが・・・外へ出て行った。
後に残された二人の衣服と薬草は、見事に乾いていた。
その後、知識に沿って薬草を薬に変え、飲ませて、癒しの玉で癒したが。
その後のやり取り中、突然眠気が襲って来て記憶が途切れた。
そして翌早朝、ルパとメレンダは気を失ったまま、そのまま巫女服で寝てしまったが、クーナはいつも通り、下着姿で寝ていた。
寝具と言っても、せんべい布団のような敷き布団に薄い布だけであるが、竜巫女であるクーナ達にはなんら問題は無い。
そもそも結界内なので、暑くも無く寒くも無い温度に保たれているし、もし前の神殿のように結界外だとしても、関係ない。
竜巫女として契を結んでいるために、寒さや暑さにはかなり強いのだ。
吹きっ晒しの吹雪の中でも、普通に寝れるほど平気である。
もっともアクティースなどの、本当の竜程ではないが。
ただ、人間の頃の習性と言うか、何か体にかけていないと心許ないのでかけているのである。
「うぉ!? なんじゃお前は!!」
早朝早々の怒声で、クーナどころかルパとメレンダも跳ね起き、アクティースの寝室に駆け込む。
そこには、本当に困ったと泣きださんばかりの顔で佇むアクティースと、体のあちこちがあらぬ方向に曲がって呻いているルーケの姿。
どうやら本当に添い寝をしていたらしい。
そして昨日の予想通り、寝ぼけたアクティースによって、こうなったと。
「ルパさん、メレンダさん、力を貸して下さい。」
クーナは瞬時に状況を判断すると、まだ助かる事に安堵しつつ、咄嗟に掴んで来ていた癒しの玉をルーケの上に掲げる。
何が何だか分からぬままではあったが、ルパとメレンダも素直に協力し、ルーケの傷を癒す。
ルーケは意識が無かったが、元々生きる事に旺盛なだけに問題なく回復出来た。
「アクティース様、いつも通り財宝の中へいていただけますか? ルパさんとメレンダさんは朝食の準備に取り掛かって下さい。」
そう指示を出しつつ、クーナはルーケの体を寝具に寝かし直し、腰の小袋に癒しの玉を入れ、人間の貴族が使うような掛け布団をかける。
「すまんな、クーナ。」
バツの悪そうなアクティースに、無言で微笑んで頷くと、静かに退室し・・・。
自分が下着姿だった事に気が付き、赤面しつつ寝室に服を着に戻る。
その後、目覚めたルーケにアクティースは優しく声をかけ、巫女達の作った朝食を一緒に食べた。
そのため、ルーケはあの惨事を夢としか思っていなかった。
下の下着1つだけの姿のクーナも思い出したが、なんであんな夢を見たんだろうと首を傾げる。
実は、ルーケはあの時、最初だけは意識があった。
ただ、クーナ達が駆け込んで来て安堵したために気を失ったのである。
それはともかく。
「ルーケ。 改めてミカの事、礼を言おう。」
そのミカも、食事の準備の間は大事を取って寝かせていたが、今は起きて同席している。
肌艶も良く、完全に治っていた。
「そんな、礼には及びませんよ、アクティース様。 俺は出来る事をしただけです。 結局、皆さんの協力がなければ・・・。」
「その出来る事を成す事が大事なのじゃ。 褒美は・・・昨日の目の保養でよいか?」
ブフゥッ! と、クーナとルーケが同時に吹き出し、他の巫女達はキョトンとする。
クーナは今朝の事もあり、顔を真っ赤にして俯き、ルーケも視線が宙を彷徨う。
西の王国も貞操観念は非常に高潔なものがあるが、クーナ達の元いた国も、かなり厳しい。
「冗談じゃ。 急いで結論を出さずともよい。 それから、お前は特別に神殿内へ自由に出入りを許可しよう。 ただし、わらわと巫女達の寝所には入り込まぬ方がお前のためじゃがの。 ホホホ。」
「え・・・? 神殿へ・・・ですか?」
「そうじゃ。 お前はそれだけの事をしたのじゃ。 わらわもその恩に報いねばの。 褒美は、巫女達とわらわ自身と譲れぬ多少の財宝以外なら、大概認めよう。 何か欲しい物があれば言うがよい。 なんなら、知識でもよいぞ。」
「・・・過分な感謝、とても嬉しいです。 ですが、すぐに欲しい物があるわけでもないので、暫く考えさせて下さい。」
そんなアクティースの言葉と態度など、ルーケにはとても信じられない配慮であった。
正直言って、ルーケはアクティースを特に尊敬もしていなかったし、優しいとも思っていなかった。
自分に対し、いつも冷たく寄せ付けぬ雰囲気で接していたし、女主人として君臨するアクティースは、我がままで自己中心的にしか見えなかったからだ。
そして、銀竜としてのあの姿。
文献にあった好意的と言うのは嘘なんじゃないかと思っていたほどだ。
それが、この態度。
(いやしかし、どこまでが本当なんだ?)
ルーケとしては、自分の記憶に自信が持てなかった。
そうなる様に、クーナが仕組んだからだが。
ともかく、今度行ったら聞いてみよう、そう思うしかなかった。
そして、2年の月日が流れた。
ミカの成人の誕生日のお祝いの日。
リセから届いた食料で、かなり豪勢な料理が並べられていた。
「もうよいぞ。」
アクティースがそう声をかけると、裏口に通じる戸を中から始原の悪魔が開き。
「ほれ、早く行けよ。」
「でも・・・。 本当に・・・?」
何故か、出て来るのを渋るミカの声。
「どうしたのじゃ?? ・・・まさか、魔王、貴様・・・。」
「いや待て。 確かに着替えを手伝ったが、そっちの趣味は無い。」
巫女達はそれぞれ自作のプレゼントを用意していたが、そこへアラムが巨大な箱を持って現れ、口を開く前に、
「丁度良い。 ミカをちょっとだけ任す。」
「来た早々それかよ。 俺はお前の召使じゃねぇぞ。」
そう言いつつも、いそいそとミカを連れて川のある部屋へ連れ込むあたり、何か画策をしているとは皆思っていたが、アクティース達もミカを豪かなお祝いで驚かせようと思っていたので都合は良かった。
「早くしろって。 おばちゃんが俺を疑ってるじゃねぇか。」
「でも〜・・・。 って、アクティース様を悪く言わないで下さい!」
「ああもう! アクティースが火炎吹く前に出て行かんかい!!」
そう言って手を取られ、強引に部屋から引っ張り出されたミカの姿は・・・。