愚者の舞い 3−16
ズズズズズ〜っと、美人台無しないつもの飲み方でお茶を堪能していたアクティースが、
大まかにした話が丁度終わった頃、ミカとメガロスも別室から戻って来た。
「で、どこに決めたのじゃ?」
開口一番、アクティースが目も向けずにそう聞くと、ミカは意を決したようにアクティースの前に進み出て、深々と頭を下げた。
「今まで、お世話になりました。」
「うむ。 これからは別の暮らしになるが、達者に暮らせ。」
「はい、これからもよろしくお願いします、ご主人様。」
ガチャン。
と、高価な陶器製カップを取り落として割り、ミカを信じられないという目で見てから、椅子から無動作でメガロスに飛びかかって胸元を掴み首を絞め上げた。
「お〜ま〜え〜わぁ〜!!!!」
「わしに言うな。 本人が決めた事だ。」
絞め上げられても平然とメガロスがそう答える。
メガロスも所詮変身なので、何ともない。
「本当にちゃんと説明したのであろうな!? お前を信頼していたからこそわらわはお前に預けようと思ったのじゃぞ!?」
「だから、わしに言うな。 わしは全てを話し、この娘が決断したのだ。」
アクティースは暫し憎々しげにメガロスを睨みつけ、それから諦めたように深々とため息をつくと、ミカにそっぽを向きつつ椅子に座り直した。
「わらわは自殺の手伝いをする気はない。 そんなに死にたければ勝手に死ぬがいい。」
「死にたいからあなた様にお仕えするのではありません。 私の故郷を守りたいため、そして・・・あなた様だからこそ、お仕えしたいのです。 たとえ、それが明日終ろうとも、一日でも長く、お仕えしたいのです。」
ミカはメガロスから説明され、色々悩み、質問し、そして、自分自身の心の中にあるアクティースへの思いが何であるのか、やっと理解した。
それは、まったく知らない、未知なる母への思慕。
アクティースは短気だし我がままではあるが、気に入ったり認めた者には際限無く愛情を注ぐ。
時に厳しく、時に優しい、まさに母親のような存在であったのだ。
産んだ母親を知らないで、育った事もあるだろう。
ミカの生母は、ミカに会う事を力の限り拒否した。
産まれると同時に生贄に成る事が決まっている娘。
それだけに、一目でも会えば未練が湧く。
母として、女として、その悲しみに耐えられる自信が無かったから、会わなかった。
やがて、最後の息子を産み・・・先に、力尽きてしまった。
もちろん、巫女に成るため、周りは優しくしてくれたし母親代わりの人もいた。
しかし、それは王族の姫であり、将来生贄に成る相手への優しさと愛情。
ミカはずっと、本当の母親の愛を求めていたのだ。
「・・・メガロス。 恨むぞ。」
「恨まれる筋合いはない。 逆にこっちが嘆きたいくらいだ。 こんなに若くて美しい娘を巫女に迎え損ねたのだからな。」
メガロスがそう答えると、アクティースは大きくため息をついてから、ミカと共に姿を消した。
2人を見送った後、メガロスはそっとアレーヌを引き寄せ、強く抱きしめた。
「すまぬな。」
「い〜え。 まだメガロス様を独り占めできて、嬉しいですぅ。」
そう言うアレーヌはニコニコと笑っているが、少し寂しそうではあった。
「あの二人の運命の糸、わしに断ち切る事は出来ん。 短い間かもしれんが、幸せな時を過ごせる事を祈るしかない。」
メガロスは自分に言い聞かせるように、そう呟くのだった。
ボニートは天王を見送った後、クルッと花園の方を向き、
「父上。 そろそろ姿を現したらいかがですか?」
ギョッとしたのは、斜め後ろに控えていた、ボニートに仕える巫女である。
相手が相手だけに文句も言えないが、現れるたびにいたずらされるのだから堪らない。
だが、今回は違った。
珍しく素直に姿を現すと、勝手にテーブルと椅子3つを出現させて座る。
「お前も座れよ。」
ボニートは不思議に思いつつも向かい側に座り、巫女は静かに席を外してお茶の準備をしに館へ向かう。
「何かあったのですか?」
小首を傾げながらそう聞くと、不機嫌そうにアラムは鼻を鳴らした。
「あの馬鹿、最悪の運命を進みやがった。」
「あの馬鹿・・・?」
ボニートは暫し考え込み、それが誰を指すのかやっと思い至った。
「最悪・・・とは、いったい?」
「さっき天王がお茶を飲みに来ていたが、あいつも決断しかねていたからだ。 あの馬鹿をどうするかでな。」
何か天皇が悩んでいた事は、ボニートも気が付いていた。
天王が密かに、ボニートに想いを寄せている事もかなり前から知っている。
だが、2人は絶対に結ばれない、結ばれてはいけない関係でもあった。
しかし、心を寄せる相手の所ではやはりリラックスできるため、時々天王はボニートの花園を訪れる。
相談するわけではなく、静かにお茶を飲み、思考に耽るのだ。
もちろん、公務が特に無い時にも、遊びに来る事もある。
「天王様が関与するような事態なのですか?」
「最悪そうなる。 お前なら分かると思うが、平和を築くために剣を振るう事はある。 だが、剣だけでは平和は導けない。 あいつは平和を導くために名声に拘り、世界を破滅へと導きかねんのだ。 まったく・・・。」
「・・・それで、父上が?」
「いや、まだ可能性はある。 あるんだが・・・無理だろうな。 あいつは、英雄の資質が無いが英雄に成れる、珍しい人材だったんだが、残念だ。」
ボニートは少し目を見開き驚くと、なんと声をかけたものか、まったく思い付かなかった。
英雄の資質とは、ボニートもシェーンとミオンの対決で目の辺りにしたので知っている。
ミオンはボニートの腹違いの弟であり、現魔界王。
シェーンは、伯父バーセと共に異界の弁となった、真の英雄候補にして神に成り損ねた人間だ。
まだ人間が番族と呼ばれる未熟な一族であった頃、アラムが見出し連れて来た唯一の人間の巫女で、天界に連れて来た時に、御前試合をミオン相手にやったのだ。
その時、ミオンの侮辱に激怒したシェーンの渦巻く魔力と怒気、そして闘気は、今でも鮮明に思い出せるほど強烈な印象を残した。
その当時、魔界に住んでいたアラムはほとんどその後関与しなかったが、バーセとは恋仲に成っていたと聞く。
そして、第三の始原の神に慣れたであろう可能性があったと言う事も。
英雄の資質とは、英雄に成るべくあるものではないが、無い者で英雄になった者はいない。
言わば火事場の馬鹿力なのだが、激怒すると瞬間的に体内魔力が活性化され、能力値が一時的だが飛躍的に高くなる。
それが無くとも英雄に成れるとアラムが言うのだから、どんな人物なのか、ボニートも興味が湧いた。
「あの、お茶の用意が出来ましたが・・・?」
沈黙する2人に戸惑いながら、主人であるボニートにそう問いかけると、ボニートは優しく微笑みながらお茶セットの乗ったお盆を受け取った。
「お前も座れよ。 主従だ立場だなんてものは、俺もこいつも気にしないしな。」
「そ、そう言われましても・・・。」
「立ってると目障りなんだ。 座れ。」
アラムの言い方に、苦笑いを浮かべつつボニートが頷くと、巫女はおずおずと着席した。