愚者の舞い 3−14
ルーケは相手をキッと睨みつけ、
「悪党に名乗る名など無い!」
そう言葉を叩き付けると、力強く正眼に剣を構えた。
(こいつは・・・手強いな。)
勝てない相手ではないが、かなり強い。
相手の立ち振るまいと気配から、そう敏感に感じ取っていた。
「そいつ手強いよ! 気を付けるんだよルーケ!」
心強いフーニスの声援に思わずずっこけそうになり、相手も苦笑いを浮かべる。
「おもしれぇカップルだな。 俺はアナス。 強い相手を求めて侍を辞めたが、お前のような若い癖に強い奴は初めてだ。 楽しませてもらうぜぇ。」
そう言いながらゆっくりと剣を振り上げ、
「ゆくぞっ!」
宣言と同時に、ブオッ! と、アナスは盛大な屁をぶちかました。
再び力が抜けるが、アナスはそれを狙っていたらしく、構わず接近して剣を振り下ろす。
何とか剣を横薙ぎに振るって剣を弾き、間をあけるが。
「な・・・なんて汚い! いや、臭い剣だ!!」
「鼻が曲がっちまうよっ!!」
「汚いも臭いもあるか。 首を刎ねりゃ感じねぇよ。 ククククク。」
言いたい事は分かるが、とにかく臭い。
庇っていた少女など、あまりの臭さに気絶しているほどだ。
「まったく、何食ったらそんな臭くなるのか知りたいよ!」
「フーニス! その子を連れて離れていろ。 これ以上されたら危険だ。」
1発で気絶しているのだ。
続けて放たれたら、それで死にかねない。
(それにしても、嗅覚が鋭い子だな。 シーフギルドの子か?)
シーフやアサッシンには、嗅覚や味覚・聴覚を特に鍛え、特化している者がいると聞いた事があるが、その類かと思ったのだ。
現にルーケは一番近くにいたが、気絶するには至っていない。
とにかくまずは倒す、と、ルーケは改めて剣を構え、一気に間を詰めて剣を跳ね上げた。
下から斬り上げるルーケと、上から抑え込むアナス。
ルーケはギリッと剣がなった瞬間、剣の力を抜いて相手のバランスを崩すと同時に、グルンと回りながら踏み込んで相手の背後に回り、裏拳の要領でその背に剣の腹を叩き付けた。
バランスを崩していたアナスはひとたまりもなく、顔から地面に叩き付けられる。
「まだやるかい?」
アナスは悔しそうに顔を歪めながら立ち上がると、ルーケに構わず手下を蹴り起こした。
「覚えてろよ。 いつかこの屈辱、晴らしてやる。」
「悪さをしないでの勝負なら、出来る限り受けるぜ。」
アナスは憎々しげにルーケを暫し睨むと、手下達に声をかけて去って行った。
「ふぅ、悪者は・・・あれ?」
振り返ると、いつの間にか少女は姿を消していた。
フーニスにさえ、気が付かれる事無く。
少女は気が付くなり町の中央にある噴水目掛けて走り寄ると、猛烈な勢いで顔を洗った。
一頻り洗って落ち着くと、ブルブルと頭を振って水を飛ばし、一息ついてから合流地点へと足早に進む。
合流地点へ行くと、すでにポルコが先に着て待っていた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
「・・・死ぬかと思ったわ。」
「は?」
「いや、こっちの事だ。」
2人はそのまま町の外れまで行くと、人目の無い事を確認してからテレポートし、室に戻ってから元の姿へ戻った。
「そちらの首尾はどうだ?」
「なかなかの手応えです、ショコラ様。 この分だと、上手くいくかも知れません。 そちらはいかがでしたか?」
「素直に認めよう。 流石は始原の悪魔の弟子だ。 人間としてはよく腕が立つ。 それに、人が良いから利用しやすい。 あれ以上の好条件はなかなか揃うまいよ。 後は・・・。」
ショコラは確実にアクティースを葬り去るべく、計画を次々と考えていた。
ズズズ〜と、淹れたお茶を音を立てて飲むアクティースの様子を、アレーヌは微笑みつつ見ていた。
「どうですかぁ、お味はぁ?」
「まあまあじゃな。」
そう答えるアクティースは、まんざらでもなさげだ。
それどころか、けっこう気に入ってるのが伺える。
「ところでぇ、一つお聞きしてよろしいですかぁ?」
「なんじゃ?」
「あの子ぉ、何故手元に置いておいたんですかぁ?」
「・・・無邪気な顔して、ストレートな聞き方じゃな。 まあよい、茶のお礼に教えてやろう。」
アクティースはコトリ、と、カップを受皿に戻すと、深くため息を一つついた。
「元々、あ奴らをだましていた吸血鬼が謀っていたのじゃが、黒竜はわらわとメガロスの唯一の子。 魔界からやっとこっちに来たかと久し振りに会いに行ったら、いたのはあの臭く矮小な吸血鬼でな。 頭に来て焼き殺してやったんじゃが、その時ちょうど生贄に差し出されていた娘がおってな。 詳しい話を聞いたのじゃ。」
そう前置きしてから、ユキの事などをかなり簡素に説明し始めたが・・・。
それは同時に、過去の事を思い出し、思考の整理にもなってしまった。
ミカを連れ、リセに飛んで行ったあの日に気が付いてしまった、自分の運命。
既に巫女にすると言う前提の話をした後の事で、放逐する事も出来ず、また、待ち望んでいたアクティース好みの容姿であり性格であったために、手放すのも惜しくなった。
そのため、態度を曖昧にして引き延ばして来たが、もう限界だった。
ここまで共に旅をして来た、その事自体が未練である事が、自分でも分かる。
正直言うと、今でも死ぬまで共にいたかった。
巫女にしても、死ぬ寸前に開放してやれば、ミカは死なずにすむ。
だが、もう少しで死ぬ事は分かっていても、詳しい死に方が分からない。
巫女から解放する前に、万が一でも自分が死んでしまったら、ミカも共に死ぬ事になる。
だからこそ、メガロスに託す気になったのだ。
ミカに説明しなかったのではなく、迷いが、未練があったから、出来なかったのだ。
そして、メガロスならしっかりと説明し、納得させてくれるだろう。
ここでお別れなのだと、妙に実感してきて、アクティースはさっきからお代わりまでして飲んでいたのに、お茶の味をまったく覚えていない事に気がついた。
(わらわとした事が、随分動揺しているようじゃな・・・。 たかが人間の小娘じゃというのに。 それとも、病が味覚を蝕んできておるのか・・・? まあよい、残り少ない命なのじゃ。 今さらじゃな。)
アクティースは説明を終えると、改めてお茶に口を付け、寂しげに微笑んだ。
「豪掌斬破!!!!!」
「海斬裂破!!!!!」
気を込めた、メレンダの掌底とルパの前回し蹴りが激突し、2人とも見事に吹っ飛ぶ。
互いに必殺技を放ったために、その吹っ飛び方も豪快だった。
両方とも拳闘志の奥義技で、今では世間に伝わっていないものの、破壊力は抜群だ。
受けたのが竜巫女である2人でなければ、即死であったであろうそんな威力。
もっとも、放ったのが普通の人間であれば、こうまで威力は無かったであろうが。
そして、流石に全力を尽くして戦った後に激しく壁に激突してはもたず、互いに息絶えた。
が、数秒でムクリと蘇生して起き上がり、
「「ギャァ〜!」」
同時に絶叫しつつ、剥き出しになった胸と股間を隠す二人に呆れるクーナであった。