愚者の舞い 3−13
宿の裏庭で、いつもの通り素振りを一通りこなし、部屋に帰って来た途端、フーニスが来た。
「あんた、今日暇?」
「うぉ!? フーニスか。 ノックくらいしろよ、驚くじゃないか。」
「油断しすぎだよ。 で、暇なの?」
「まぁ、特に用事は無いが・・・?」
「じゃあ、付き合って。」
「どこへ?」
「買い物。」
ルーケ自身は買い物など特に無かったが、確かに暇を持て余していたので付き合う事にし、市場を流し見ながら先に行くフーニスに付いて行く。
「ねぇねぇ、これなんて綺麗だと思わない?」
そう言いながら、フーニスが露店商品の中から取り上げたのは、見事な銀細工の耳飾り。
だが、ルーケは何と答えたものか、返答に困った。
まず最初に頭に浮かんだ感想は、そういう装飾品に興味を持つフーニスも、やはり女の子なんだなぁと。
万が一、そんな事が口から出ようものなら、返って来るのは言葉ではなくダガーである事は確実なので止める。
次いで、見事なだけに高そうだとか、買ってもどこで使うんだとか色々頭に浮かぶが、褒め言葉がまったく浮かんでこなかった。
正直言って、シーフとして行動を共にしてきたフーニスだけに、色気とか感じた事も無いし、女性として見たことも無いしで、着飾るフーニスを想像できなかった事もある。
「・・・なんで沈黙すんのさ?」
「ごめん。 着けているところを想像できなくて。 着けてみてくれないか?」
フーニスは不機嫌そうな顔になるが、店主の顔を見て、にこやかに頷くのを確認してから着けてみる。
「どう?」
「これは・・・また・・・。」
まるでいつも身に着けているような、そんな感じがする。
まるで違和感がなく、フーニスの耳を飾るためだけに存在する、そんな一体感。
それに良く見れば、いつもの鎧下などの服ではなく、普通の町娘の姿をしていた。
いつもの黒い、皮のミニスカートではなく、柔らかい布のワンピースに、体に密着し、胸を強調するように胸の部分だけ大きく開いた、黒い革のジャケット。
腰の部分だけ締める構造なので、豊かな胸を押し上げ強調する構造になっているのだ。
そのジャケットの内側に、ダガーが並んでいるであろう事を抜かせば、街中で見かけてもフーニスだと分からないであろうほど町の雰囲気に染まっていた。
「また、なんだい?」
返事が歯切れ悪いため、スッと、不機嫌そうに眼が細められる。
「・・・似合ってるよ、凄く。」
今まで仲間として接していたため、女性として意識していなかったが、こうやって見ると、物凄く魅力的に見える。
顔立ちは美人だし、スタイルも抜群に良い。
クーナを月のような、静謐の美しさと例えれば、フーニスは輝く太陽のような、そんな溌剌とした美があった。
「いや〜お目が高いですねお譲さん! お安くしますよ! 旦那さんもいかがですか?」
「旦那ぁ!?」
確かに女性として綺麗だとは思ったが、そこは猛烈に否定したい。
しかし、照れて頬を赤く染めるフーニスが視界に入り、否定して良いのかどうか悩めて口撃が止まる。
そんな時、横から腰に、猛烈な衝撃を食らって押し倒された。
あまりの衝撃に、一瞬呼吸が止まったほどだ。
「ルーケ!? ちょっとあんた!!」
「た、助けて下さい!!」
フーニスの足元に頭が来るように倒れ込んだため、咄嗟にフーニスがルーケにぶち当たった少女をどけようとしたが、蹴りそうになったために慌てて跨ぎ越えて踏み止まる。
突然視界が暗闇に閉ざされたため、ルーケも事態を掌握すべく見上げてしまい・・・顔を背ける。
「どけどけどけぇ!!」
そこへ3人のいかつい男達が、人ごみを押しのけて突進して来て急停止する。
「手間掛けさせやがるな、お譲ちゃんよぉ。」
「俺らを漢侍多党と知ってるんだろうなぁ? えぇ!?」
ルーケはとりあえず、覆いかぶさったフーニスのスカートをどけ、乗っかったままの少女を確認し、それから男達を見る。
「怪我はないかい? お譲さん。」
「え? あ、はい。」
男達の剣幕に怯えていた少女が、キョトンとしながらルーケを振り返り、答えながら頷く。
フーニスを見ると、赤面しつつも小さく首を横に振って、男達を見据える。
(シーフギルドの者じゃないか。)
それにしても、と、状況が状況だけに笑えないが、思わず吹き出しそうになる。
男勝りで勝ち気な性格のフーニスが、下着を見られた程度で恥ずかしがって頬を染めるとは、意外だったからだ。
ルーケは少女を抱えるように起き上がり、庇うように後ろに隠すと、男達を順に見てから。
「で、おたくらなんだ?」
「だからっ! 俺達は漢侍多党の者だ!」
向かって右に立つ細身の男が、そう凄むが。
ルーケはもとより、フーニスも平然としたものだ。
「で、なんでこの子を追う?」
「てめぇの知った事じゃねぇ! いいから黙ってよこしゃいいんだよ! 若造がぁ!」
「おい、黙ってろ。」
中央に立つ、一際体格の良い男がそう言うと、騒がしい細身の男は即座に口を噤んだ。
「おうにぃちゃんよ。 その子は俺らに喧嘩売ったんだ。 子供とは言っても、いや、子供だからこそちゃんと教育しねぇとなぁ。」
「子供の教育に、剣を抜く必要があるのか。」
冷たい眼差しでルーケを睨みつけながら、いつの間にか左側に立つ男は剣を抜いていた。
いや、正確には西の王国の侍独特の刀と言う、両手持ちの曲剣だ。
普通の剣は叩き切る事を主眼に置くために、剣に刃は付いていないが、刀は研ぎ澄まされた刃が付いていて、切り裂く事に主眼を置いた片刃の大剣だ。
「ちょっとこいつは気が短いものでな。 で、大人しく引き渡してもらえねぇかい、にぃちゃんよ。 もし嫌だって言うなら、力尽くしかないんだがなぁ。」
そう言いながら、残る2人も刀を抜く。
(シーフギルドと関わりの無いと言う事は、はぐれ侍か抜け忍か。 どっちにしろ、山賊程度か。)
ルーケはそう判断すると、少女をフーニスに渡して、自分も剣を抜く。
「ほぉ。 やろうってのかいにぃちゃんよ。」
「生憎、黙って渡す気はないからな。」
いつの間にか人込みは遠巻きに離れ、露店店主も姿を消していた。
「やろぉ!」
右側の男が腰だめに刀を構えて突進して来たのを、剣で刀の腹を強打して逸らしつつ右足を軸にそのままの勢いで一回転し、そのまま突進して来ていた細身の男の後頭部を剣の腹で強打し、昏倒させる。
仲間がやられたのを見ても、表情に何も変化が無いまま、左側にいた男が即座に刀を上段に構えて突っ込んで来た。
一歩踏み込んで間合いを狂わせながら、刃に左手を添えて一旦ガッチリと剣を頭上に上げて受け止めつつ、振り下ろした力が抜けきる前に剣を斜めに傾けて相手のバランスを崩し、相手の横に来るように大きく踏み出して、剣の柄の先で相手の腹を打ち据え気絶させる。
手下2人が難なくのされたのを見て、残った男はニヤリと笑った。
「てめぇ、名は?」