愚者の舞い 3−12
ミカは、思わず胸を抱えて一歩後ずさり、メガロスは苦笑いを浮かべる。
「人聞きの悪い事をぬかすな。」
そう言いつつ、指を軽く横に振って、小さなテーブルと椅子を2脚出す。
そこへアレーヌが戻って来た。
「アレーヌ、暫し相方の相手をしていてくれ。 こやつが同席していてはまた興奮しかねんからな。」
「は〜い、ご主人様ぁ♪ アクティース様ぁ、緑のお茶と紅いお茶、黒いお茶、どれがいいですかぁ?」
「・・・また、微妙な選択じゃな。 一番美味いのを所望しようかの。」
「どれも最高級品で美味しいですよぉ♪」
「では、全部貰おうかの。」
「承知いたしましたぁ♪」
そんな会話を背に聞きながら、メガロスに導かれて隣の小部屋に入り、ミカはメガロスの向かいに座ったまま、何を聞いたらいいのか暫し考え込んだ。
だが、それを見越したメガロスが先に口を開いた。
「この世界に住む生物全ては、死後の事を知らぬ。」
「え? はい・・・そうですね・・・?」
「それを知っているのは限られた、極一部の神と呼ばれる連中だけだろう。 わしらは縁がないので知らぬがな。」
「では、メガロス様達も、死んだらどうなるか知らないのですか?」
「わしらが死んだらどうなるか、それは知っておる。 故郷の世界にまだ存在する、竜の聖地と呼んでいる場所に魂が行くのだ。 そこで転生するまで、静かに時を待つ事になる。 次に何に生まれ変わるかまでは分らぬがな。 わしも死んだらそこへ行くし、アクティースも同じ事。 その後、ワームになるか、同じ黄金竜になるかは、分からぬが。」
「それは・・・言い伝えとか、そういうものなんですか? そう聞いている、と、言うような。」
「違う。 わしらは実際に見る事・行く事ができるのだ。 まあ、説明しても理解できまい。 ともかく、わしら竜族は、生まれる前から人間で言う運命がほぼ決まっておる。 ただ、生きている間はいつ死ぬかは死期が近づくまで分らんがな。 その命数が、アクティースは尽きようとしているのだ。」
「アクティース様が・・・死ぬ・・・? アクティース様が死ぬ!?」
「そうだ。 竜巫女についてどの程度知っているか知らぬが、契を交わした巫女は主人である竜と運命を共にする事になる。 命が尽きれば共に死ぬ。 それゆえアクティースは、お前をわしに寄越そうとした。 もう長くない自分に仕えるよりは、と。 あいつなりの優しさだが・・・お前には邪魔だったようだな。」
「・・・アクティース様が・・・死ぬ・・・。 そんな・・・それじゃ、国は・・・私の国は、どうなるのですか?」
「弱きは滅びる。 自然の流れに戻るだけだ。」
アクティースが死ねば、ミカは生きる場所が無くなるだけではなく、守護のいなくなった故郷もほぼ間違いなく滅びる。
ルセは平和で西の王国内では豊かな方だが、小国である。
激動の中、生き残って来た他国に比べ、あまりにもか弱い存在なのだ。
誰かほかに助けてくれる存在を考えるが・・・そんな都合のいい、強大な力を持った者などいない。
だがそこで、ふと思い到った。
「あの・・・。」
「なにか?」
「命数って、つまり運命ですよね?」
「似て非なるものだがな。」
「命数が尽きようとしていると言われましたが、アクティース様はあのように元気でおられますが?」
「なにも長く病気を患って死ぬとは限らん。 誰かに倒されるのかもしれぬし、突然死もあり得る。 それに竜語魔法には、痛覚を感じなくさせる魔法もあるから、苦しんでいる姿を見せていないのかもしれん。 もし病死が定められた要因であれば、回復魔法は何故か効かぬから、すぐに悟るしな。」
「・・・つまり、現状では誰かに倒される可能性が高い、と・・・?」
「無い話ではなかろうな。 だが・・・あやつはわしに次ぐ力を持ち、故郷の世界から竜族をこの世界に導いて来た1人だ。 こう言ってはなんだが、人間ごときに倒される奴でもない。 突然コロリと逝くのではないかな。」
「・・・そうですか。」
「最終的な決断はお前がするがいい。 アクティースともそういう約束だ。 わしの所でも魔王の所でも、お前が望む所で住めるように計らうというのがな。」
「でも・・・なぜ私だけなんですか? クーナさん達は神殿において来たのに・・・。」
「あの娘達は、元々事故などで瀕死だったところを、アクティースが巫女にする事で生きながらえた娘達だ。 竜語魔法では、人間に回復魔法をかけても回復させる事が出来ぬからな。 それに十分、寿命以上に生きておる。 本人達を今さら巫女から解放しても、即、息絶えるか動けぬ老人になり果てる。 巫女を解いた瞬間、止まっていた時間が急速に押し寄せるからな。 それゆえに開放したくても出来ぬのだ。 それに対し、お前は現実にまだ若い。 巫女の契約もしておらん。 それゆえ手放したいのだろう。」
「・・・そう言う事ですか・・・。」
ミカは暫し沈黙し、聞いた話を頭の中でまとめ、いくつかメガロスに質問した。
そして、ミカは結論を導き出したのである。
名を呼ばれたような気がして振り返ると、ポルコが離れた所から手を振っていた。
ロスカは久しぶりに会う、トラーポの商人の下へ歩み寄ると、軽く頭を下げた。
「お久しぶりですな、ロスカ殿。 以前お売りした本は役に立っておりますかな?」
「ポルコ殿こそ久しぶりですね。 なかなか興味深い内容で、毎日暇さえあれば読んでいますよ。 今日は、どこかと商談ですか?」
「ええ、その帰りだったんですが、お姿をお見かけしたもので。 商人として、売った物で満足していただけるのが嬉しいものですからね。」
「それにしても、よく入国できましたね。 今は厳戒態勢に無いとは言っても、簡単に入国は出来ないでしょう?」
ロスカが声を低めてそう聞くと、ポルコはニヤリと笑った。
トラーポ王国は、2年ほど前に侵略して来たので、両国間は険悪なままだ。
当然、商人であろうと易々と入国など出来ない。
「蛇の道は蛇と申しまして、色々手段はあるのですよ。 ところで、あの物語を気にいっていただけたのなら、こう言う話はいかがですかな。 ちょっと、御耳を拝借。」
ロスカは興味津々だったので、素直に耳を傾け、話を聞くのに集中する。
それから僅かに、驚いて顔が歪むが、すぐに平然とした表情になった。
「・・・いかがですかな?」
「ふむ・・・。 悪い話では無いかと思いますが・・・。」
「まあ、大急ぎで事を成す必要も無いですからな。 もし気が向いたらまた声をかけて下さい。」
そう言うと、ポルコは忙しそうに、足早に去って行った。
ロスカはその背を見送ると、家へと向けて歩き出すが・・・心はここにあらずだった。
「・・・銀竜を倒すなど・・・。」
夢物語もいいところだ、と、分かってはいるが、一抹の期待も拭い切れなかった為に。
ちょうどその頃、同じリセの町中の別の場所。
ルーケとフーニスは、3人の男達と対峙していた。
相手は既に抜剣しているため、ルーケとフーニスもそれぞれ武器を抜く。
町中での刃物騒動は牢屋行きになりかねないが、非も無いのに切り殺されてやる気も無い。
「ほぉ。 やろうってのかいにぃちゃんよ。」
リーダーであろう、真ん中に立つ男が、そう言ってルーケを睨み付ける。
相手の持つ武器は、西の王国特有の刀。
恐らく、侍崩れの無頼漢だろう。
ルーケは腰にしがみ付く少女を、優しく放してフーニスに託すと、剣を身構えた。