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手紙  作者: サワヤ
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第6章(楓)また私は

 楓と優里は駅に向かって歩いていた。楓がアルバイトをしているイタリアンは、駅まで歩いて5分程の距離にあった。



 優里さんとはよくこうして一緒に帰るけれど、どうにも私ばっかりがぺらぺらと話しちゃう。だから結局、優里さんについては今でもよくわからないことばかりだ。



 それにしても。秋山君が言っていたこと、どうしても気にかかる。


「優里さん。秋山君が言ってたよく空き地にいる女の子ってもしかして」


「そうよ。敦志君の知り合いだったってことは葵ちゃんね。楓ちゃんのお友達よね?」


 やっぱり。2週間くらい前、私と優里さんがシフトに入っていたときに葵がパスタを食べに来たことがある。だから優里さんは葵を知っている。


 まあ、葵は私がアルバイトしていることを知っていて来てくれたわけではなくて、葵がたまたま入ってきたところに私がいた、というだけなのだけれど。


 そしてその時、私は優里さんに言った。葵はなぜか1人で大学近くの空き地にいることが好きなんです、と。



 優里は腕時計を見ながら言った。


「これなら余裕で終電間に合いそう。秋山君には助けられたね」




 楓と優里は駅に着き、改札を通った。ホームへと上がるエスカレーターに乗りながら、楓は言葉を絞り出す。


「優里さん。秋山君は、葵となにかあったのですか?」


「そうね、別になにもないよ。まだね」


「意地悪はやめて下さい。優里さんのことですからわかっているんでしょう。私が秋山君をどう思っているのかなんて」


「ごめんね、楓ちゃん。私が確信したのは今なの。鎌をかけるようなことをして本当にごめんね」


 申し訳なさそうな表情で優里は言った。



 やられた。優里さんはこういう人だった。


「いえ、いいんです。優里さんに隠しきれるなんて最初から思っていませんから」




 楓はホームで電車を待ちながら、同じく隣で電車を待っている優里の表情をちらと盗み見た。真顔のような、微笑んでいるかような、そんな彼女の表情。


 相変わらず何を考えているのかわからない人だな。底が知れない、という言葉が優里さんにはぴったりだ。



 やがて最終電車がホームにやってきた。楓と優里は電車に乗り込む。車内に乗客はほとんどいなかった。


 優里が静かに口を開いた。


「私はね、皆の応援をしたいの。だから楓ちゃんが知りたいであろうことを話すね」


「ありがとうございます」


「数日前にね、私は秋山君から相談されたの。一目惚れした女の子がいる、って」



 やっぱりそういうことか。そんなことだろうと思った。


 私は秋山君の彼女ではない。それどころか私と秋山君はさして仲良くもない先輩後輩の関係だ。だから別に秋山君の恋なんて、私の知ったことではないのだけれど。そのはずなのだけれど。



 優里は話を続けた。


「話を聞いてみたら、どうやら葵ちゃんのことかなって思ったの。それで私は『敦志君に相談してみたらどうかな。きっと敦志君ならその女の子と秋山君の橋渡しをしてくれるはず』ってアドバイスしたの」


「敦志さんっていうのはどなたですか?」


「私と秋山君と一緒にバンドをしている二年生。彼は葵ちゃんと面識があるみたいでね。葵ちゃんは私のことを覚えていないと思うし、彼の方が頼りになると思って」


 楓は疑問を優里にぶつけた。


「それなら、その敦志さんよりも私の方が橋渡しに役立つはずです。私は葵と友達ですし、きっと敦志さんは男性でしょう? どうして私ではなくて敦志さんなのですか?」


 楓の疑問を受け止めた優里は、少しバツの悪そうな顔をした。


「その時は確信こそなかったけれど、それでも楓ちゃんが秋山君のことを悪からず思っているだろうってことには気付いていたの。だから、そうね。『楓ちゃんに相談して』とは言えなかった。楓ちゃんが秋山君の恋を知ったらショックを受けちゃうから。それに……」


 そこまで言って、優里は口をつぐんだ。



「いいですよ、優里さん。どんなことでも私は聞きたいですし、私への気遣いは必要ありません」


「楓ちゃんには失礼だけれど、秋山君にとっても良くはないと思ったから。橋渡し、してもらえないかもしれないでしょ?」


 楓の顔色を伺いながら優里は言った。



 優里の心配をよそに、楓はおどけた表情で。


「そういうことでしたか。まあ、確かにそんな相談をされたら、私は知らんぷりするかもしれません。そうして葵に近づけないようにするんでしょうね、私は」


「楓ちゃんは正直でかわいい。だから私も正直に話せるの。ありがとう」



 相変わらずだなこの人は。私がピエロなのを見通していながら、正直でかわいいだなんて言っているんだ。


 私なら間違いなく相談に乗り、葵に相手にされない秋山君を横から掠め取ろうとするだろう。


 いくら秋山君でもあの葵の心を開くことはできないだろうし、秋山君を葵に近づけないようにしたところで、いつか他の女が出てくるだけなのだから。



「今の私は半分失恋しているようなものですから、元気が無くなっているだけです」



 失恋ね。私は何を言っているんだか。冗談じゃない。気に入った年下の男がよくわからない女に惹かれるなんていうのはよくあることだ。その程度で私の心が揺れるわけがない。


 そう、私は揺れていないはずだ。



 優里が明るい調子で話す。


「まだわからないよ。葵ちゃんって一筋縄ではいかなさそうだから。そう考えたら、今日秋山君が葵ちゃんの話を出したのはよかったのかも。そうでなければこんなお話はしていないもの。だって、私から楓ちゃんにわざわざショックを与えるようなことはできないからね」



 優里さんがなるべく丁寧に話そうとしてくれているのはわかる。それでもどこかわかりづらいように話してしまうのだろう。


 それが女子というものなのか、それとも優里さんだからこそなのか、それはわからないけれど。



 楓はにこっと笑顔を見せた。

「優里さん、お話、ありがとうございました。もうすぐ私の最寄り駅なので失礼します」



 私にとって、作り笑顔は最も得意なことの1つ。


 優里さんは親切で話してくれただけだ。動揺を見せちゃいけない。いや、そんな弱くて純粋な私など、例え優里さんにだって見せてやるものか。私の反応を楽しんでいるだけかもしれないだろうが。



「お疲れ様。さっきも言ったけれど、私は皆を応援したいの。でもどうか無理はしないで」と優里。





 楓は電車を降りた。深夜のホーム。酔い潰れたサラリーマンが点々とベンチに座っていた。


 優里さんの最後の言葉は優里さんの本心だろうか。私にはわからない。


 しかし認めざるを得ない。優里さんの話を聞いていた時の私は確かに動揺していて、そして今の私は心が静かに濁っているということを。




 駅から出た楓は帰り道を歩いていく。深夜にも関わらずギラギラと輝く大通り。


 アスファルトで舗装されている道なのに、まるで沼を歩いているかのように足が重い。





 またか。また私は。



 また私は、この役回りなのか。




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