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手紙  作者: サワヤ
54/58

第54章(優里)普通で、素直な恋愛

 夜の立川の街。街中がギラギラと輝いていて、キャッチの怪しげな男が立っている。


 駅にある大きな商業施設がガラガラとシャッターを閉めていた。




「……優里さん」


 敦志は改札すぐ近くで、壁に寄りかかっていた。


「待たせたかな?」


「いえ、俺もちょうど今着いたところです」


 優里は腕時計を見る。


「22時ぴったり……。あ、本当に22時ぴったりだ」


「1分遅刻ではありませんね」


 そう言って敦志は優里に笑いかけた。



 ああ、私だけじゃないのか。あの日をここまで覚えているのは。


 だめだ。泣くんじゃない。私はここに何をしに来た。戦いだ。戦いなんだ。耐えろ。



「どこかへ行くの?」と優里。


「いえ、ここで。すぐ済みますから」


「……そう。それで今日はどうしたのかな?」



 優里と敦志の近くを、がやがやと慌ただしく人が通り過ぎていく。改札に駆け込む人、イヤホンをつけてスマートフォンを触りながら歩いている学生。



 敦志が口を開く。


「本当に好きな人ができました」


「私は惚気を聞かされに来たのかしら」


「そう言わないでください。1年前、俺は優里さんに告白しました。あの時、優里さんが言ったことの意味、今までずっと、まるでわかりませんでした」


「でしょうね」


「でも、ようやくわかったんです。優里さん、俺は……」



 私。絶望するな。受け止めろ。そして流せ。「優里さん」にとってはこんなこと、どうということはないのだから。



「俺は?」


 優里は言葉に詰まった敦志を後押しする。



「俺は、楓が好きなんです。それに気付いて、俺の中から優里さんがいなくなりました。だから……」


「楓ちゃんと、幸せに、なってね」


 優里の言葉はどこかたどたどしかった。



「はい。優里さん。今まで、ありがとうございました」


「……そう。それじゃ、私は失礼するね」


 優里はそう言って敦志に背を向け、歩き出した。




「わざわざ呼び出してすみませんでした。最後に……」


「何かな?」


 優里は立ち止まり、しかし振り返ることはしなかった。その優里の背中に、敦志は。


「優里さんは、俺のことを恋愛対象として、見てはいなかったんですよね?」




 どうして。



 どうしてそんなことを聞くの。どうして私にそれを答えさせようとするの。敦志君は、何もわかっていない。なんて馬鹿な男の子なんだろう。私が一体どんな想いでここに来たのか、敦志君は何も知らない。


 嫌だ。涙が溢れる。止まれ。どうして涙が出る。私が泣いていることを、絶対に敦志君に知られてはいけない。


 早く。黙っていたら怪しまれる。早く答えないと。もう。止まって。お願い。




「……優里さん?」


 敦志は止まったまま黙っている優里の背中に、そう声をかけた。そして敦志は優里の正面に行こうと近寄る。


 敦志が近づくのを優里は感じた。


「来ないで!」


「えっ、す、すみません」


 敦志は驚いて、その場に立ち止まった。




 さあ、私の最後だ。踏ん張れ。




「そうだよ。あのデートの日までは、敦志君と付き合うのもなくはないと思っていたけれど。でもやっぱり、敦志君には興味が出なくてね」


 よし。涙声にはなっていない。



「ああ、ようやく俺、しっかりと優里さんに振られたんですね。誰かに振られたのは初めてかもしれません。でも、俺は。楓と一緒に生きると決めましたから」


「ええ。体に気をつけてね。またいつか」


「はい。優里さん、尊敬しています。またいつか」


 優里は再び歩き出した。敦志は優里の背中をもう一度見て、そして敦志もまた、改札へと戻るのだった。






 帰り道。優里は夜の街を歩いていた。


 しかしそこは駅前とは違い、人通りのない小さな路地。街灯だけがその道を照らし、物音を立てるものは何もない。けれども数百メートル先の駅前から、都会の喧騒がさわさわとその路地まで届いていた。




 ああ。やっと終わった。


 私は戦い抜いたのだ。これでいい。


 敦志君は何も知らない。私が何を思って、何を想っていたのかなんて。



 何が、尊敬しています、だか。敦志君にとっては、私のことなんてもうどうでもいいのはわかっているよ。



 例え、私の求める、私の為の敦志君でなくとも、とりあえず敦志君と付き合っていてもよかったのかもしれない。これほど辛い思いをするとわかっていたら、わざわざこんな道を選ぶことはなかっただろうな。


 それでも、私は夢を見たのだから。私が選んだのだから。だからもう、後悔はしない。



 私の余命、あと4年。私は何をして生きよう。そうだな、自由に芸術に触れたい。もっと、もっと。


 国から振り込まれたお金がある。今まで行きたくても行けなかったスイスの美術館にだって、イギリスのロックフェスにだって、なんだって行ける。


 そうして自由に生活しているうちに、いつかまた素敵な人と出会えたなら。うん、そうだ。今度は、今度こそは。





 普通で、素直な恋愛がしたいな。





「……ぅう。あぁぁ、あああぁー……」



 優里は屈み込んで、路地を大粒の涙で濡らした。その泣き声は小さく、誰の耳にも届かず、夜の街の騒音にかき消されていくのだった。



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