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手紙  作者: サワヤ
53/58

第53章(優里)打ち鮑 勝栗 昆布

 スマートフォンが着信を告げた。


 優里が電話に出ると。



『もしもし。優里さん、今大丈夫ですか?』



 敦志君。



「ええ。どうしたの?」


『今から会えませんか? こんな時間にすみません』


 優里は自室にある掛け時計へと目をやった。21時22分。


「いいよ。どこに行けばいいかな?」


『……あ、ありがとうございます。僕が立川に行きますから、優里さんは駅まで来ていただければ。そうですね、22時はどうでしょうか』


「うん。わかった。大事な話なのでしょう?」


『はい』


「全く、先輩を呼び出すなんて……」


『申し訳ないです』


「冗談。気をつけておいで」


『ありがとうございます。では』


「ええ。また後で」


 優里は電話を切ると、スマートフォンを床に落とした。




 ああ。来てしまった。敦志君に『その時』が来たんだ。



 敦志君が今、何を考えているかまではわからない。しかし。おそらくは楓ちゃんと付き合うことで、楓ちゃんのことが大切なことに気がついた。だから、優里さん、今までありがとうございました。まあ、そんなところだろう。



 私はもう、これから何を希望に生きればいいのだろう。私は敦志君を本当に失って、そうして正気でいられるのだろうか。


 いや、まだわからない。違う話かもしれない。だから、まだわからないけれど。


 ああ、私よ。わかっているくせに。違う話なわけがない。




 でも、もし私がこの後、全ての夢を失うとしても。


 いい。最初からわかっていたことだ。そして、今から私が行くのは戦場だ。私が、私が女として、女の子の藤ヶ谷優里としていられる、最後の戦場だ。


 負け戦でしかない。勝ちの目などない。それでも私は戦わなくてはならない。


 敦志君にとっての「俺を導いてくれた先輩、優里さん」でいるために。



 人前で涙を流して、みっともなくすがりついて、私を捨てないでくれなどと、どの口が言えようか。私には私の意地があるのだ。


 わかっている。今までの私と同じように、私の心はこれからも涙を流し続ける。でも、だからなんだというのか。私は私だ。だから。



 私を舐めるな、山下敦志。



 優里は立ち上がった。そしてファンデーション、アイライナー、ピアス、ブラウス、グレーのコート、部屋のあちらこちらから戦場へと向かう為の装備をかき集めた。



 失恋だって恋のうち。普通は小学生で経験するようなことを、私はこれから経験する。失恋がわかりきっているからといって、私は女に手を抜くつもりはない。なぜならそれは。



 最初で最後の、私の失恋だから。



 私の物語など、誰も知らない。私が今まで悩んできたことなど、何の価値もない。私は奇跡を起こせなかったのだから。



 私が書いたこの手紙は、結局誰にも読まれることがない。私が今まで思っていたこと、考えていたこと、たくさん書いたのに。


 手紙さん、ごめんね。本当は敦志君に読んでもらいたかった。




 この世界に、神はいるのだろうか。もしそんなものがあるのなら。もし神が私を見ているのなら。


 私を笑えばいい。馬鹿な女だと、嘲ればいい。



 私は恋に負ける。夢に負ける。愛に負ける。私は当然に、当たり前に、奇跡など起こせなかった。そうしてただ、ぼろ雑巾のように捨てられる。



 でも、でも、だからといって。


 負けるからなんだ。失うからどうした。そんな私は惨めではない。これから私は、私の為に戦うのだから。


 私は逃げない。これは私が決めたことだ。そうだ。私は。




 私は、私に負けない。




 優里は、手紙を破り捨てた。



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