第45章(敦志)ただの4人目?
「敦志?」
楓はそう言って敦志の顔を覗き込んだ。
「あ、ああ。大丈夫」
「どうかした?」
「いや、何か、何もないのに、突然気分が……」
「気分が悪い?」
「笑わないでほしいんだけど、悲しくなったんだよ。本当に突然。誰かの感情が流れてきたかのような」
「……そうなんだ」
「ああ、ほら、そうやって変な奴扱いするだろ……」
敦志と楓は学食でお昼を食べていた。敦志は唐揚げ定食、楓はハンバーガーセット。
「楓はどうして春雄と付き合ったの?」
「言いたくないって言ったはずだけれど」
「さあ。今なら教えてくれるかなと」
「そうだね。葵が春雄のことが好きだから」
「なるほどな」
「幻滅した?」
「いいや。鶴と鴨みたいなものだよね」
「……敦志ってさ、時々いい加減なこと言うよね。それもどうせ例えになってないでしょ」
「癖で」
「変なの。春雄君ほどではないけれど」
「それはそうだね」
敦志と楓は顔を見合わせて笑った。
あの事故以来、キャンパスを歩く学生の数は明らかに減ったけれど、学食棟の中はさすがに人で溢れている。夏や秋にはやたら見かけたマスコミの取材も、最近はかなり少なくなった。
きっと春雄ならこう言うだろう。あの事故について、報道機関にとって重要度が低くなったんじゃない。世間が飽きてきたのだ。どんな大災害も、いずれ忘れられる。ましてやまだ死者はいない(心臓麻痺で亡くなった人が1人いるが、関連性が確実ではない)のだから。
俺は詳しくないけれど、今もまだあちらこちらでこの事故に関するデモは行われているらしい。けれども国が何かしら行動を起こす様子はない。金を配り、治療を受けられるようにし、とりあえずはそれで様子見、ということだろう。
被害を受けたのは、実際には大学にいた人達だけではない。近くに住む人達も当然そうだ。
たちが悪いのは、本当に余命宣告通り死ぬとしても、それぞれに数年の差があることだ。約1万人の被害者がいるとは言え、5年後に死ぬ者もいれば、14年後に死ぬとされている人もいる。
治療法の研究が行われていると報道されてはいる。でも、治療法が見つかるとは限らない。治療法が確立されるとは限らない。そもそも、本当に研究が行われているのかどうかすらわからない。
そして研究が行われていたとしても、それは研究。研究なのだ。現段階ではなす術がない。だから未知の治療法を探し始めた、ただそれだけ。現在の医療が不可能なものを、たった数年でどうにかなるわけがない。
「はあ」
敦志はため息をつく。
「事故のこと?」
「そう。やっぱり皆、死ぬよな」
「そうだろうね」
「俺と楓、どっちも7年だけれど、どっちが先かな」
「私は正確には7年と4ヶ月なの」
「ああ。なら俺が先だ」
「女を残すなんて」
「ごめん」
「私達にはもう、子供を育てるっていう選択肢はないの」
そうか。そうだ。俺は、いや、俺に限らず普通の人は結婚して、子供が産まれて、家庭を作るんだ。でも、俺達にはもうその権利がない。
きっと女の人はすぐに考えることなのだろう。俺は、俺のことばかり。
「なあ、楓。それなら、俺達被害者が今生きているのは、何の為に」
「だいぶやられてるね。大丈夫。敦志は敦志でしょう。悪いのは事故だよ」
本当だ。俺はただ生きていただけ。事故があったからこうなっただけ。だけど俺と楓は。
いや、待てよ。
俺はいつの間に。まるで俺と楓が7年後も一緒にいる前提で物事を考えている。楓と付き合ったのは優里さんの言葉があったからで。
それなのに、これは一体どういうことだ。
「楓。俺は、優里さんが好きなんだよ」
「知ってるよ」
「ならどうして……」
「どうして付き合ったのか? なんとなくわかったんだよ。私と敦志は付き合うべきだって」
確かにそうかもしれない。何だろう、この安心感は。今まで付き合ってきた彼女達とは何かが違う。
「俺は、何だろう」
「子供なんじゃない?」
「やっぱりそうなのかな」
「今の敦志には私が必要。でも、私も女の子なんだよ。忘れないでね」
「……うん」
敦志は立ち上がり、食器を戻しに行く。その敦志を見た楓もまた、すました表情で立ち上がるのだった。




