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手紙  作者: サワヤ
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第44章(春雄)片思い

 暦は11月1日。空気はすっと澄んでいて、晴れた空にしらす雲が浮かんでいた。



 春雄と加奈は、葵の実家に向かっていた。加奈によると、駅から歩いて10分程という話であったのだが。



「20分は経ったよな」


「だいたい10分って言ったでしょ!」



 加奈は葵と家族ぐるみでの付き合いがある。つまりは俺と加奈は幼馴染で、そして加奈と葵もまた幼馴染なのだ。


 けれども不思議なことに、俺と葵は幼馴染ではない。それというのも、葵の家だけが少し離れていて、葵と加奈の繋がりは親同士によるものだったからだ。



「加奈、今は何してる?」


「変わらず高崎の美容専門学校だよ。もう就職先も決まってるんだけどね」


「そうか。春で卒業だもんな」


「東京に行くよ」


「就職先?」


「そう。すごく有名なお店なんだ」


「髪を切りに行こうかな」


「馬鹿。カットだけでも高いんだから。というかしばらくはシャンプーしかやらせてもらえないよ」



 加奈は半年後にはもう美容師になるのか。俺は結局、アルバイトすら。いや、もはやどうでもいいことだ。でももし、生き続けられるとしたならば。



「俺はそうだな。音楽業界の会社に入りたいな」


「そっか。いろいろと厳しそう。でも、いいんじゃないかな」


「CDは売れない。ライブやコンサートで収益を上げるのだって。それならどうやって音楽が生きていくのかな。考えてみたいけどな」


「春雄、よく音楽聴いてたね。あの時だって……。あ、着いた」



 目の前の一軒家。表札には藍原と書かれていた。


 加奈がインターホンを鳴らすと。



『はい』


 女性の声だった。


「お久しぶりです。加奈です。それと、友達も1人います」


『あら。ちょっと待っててね』



 そうしてすぐに、玄関からその女性が現れた。



 すごい美人だ。葵のお母さんに違いない。葵の年齢を考えてもおそらく40代後半くらいだとは思うけれど、30代と言われても納得できるほど若く見える。



 彼女は加奈の顔を見て、言った。


「加奈ちゃん、久しぶり。また可愛くなったねえ。えっと?」


「あ、葵の友達で、佐倉春雄と申します。葵とは高校も大学も同じでして」と春雄。


「大学も同じ? それならあの事故は……」


「あ、いえ、俺は大丈夫です。でも」


「ええ、そうなの。とにかく2人ともどうぞ上がって?」


「お邪魔します」と加奈。




 春雄と加奈はリビングへと案内され、2人はソファに座った。


 真っ白な壁には染みがなく、大きなテレビと、淡い花柄のカーテン。春雄は昔お金持ちの友達の家に遊びに行った時のことを思い出した。



「ちょっと待っててね、加奈ちゃんと、えっと、はるお君。今お茶淹れてくるから」


「あ、いえ、お気遣いなく」と春雄。


 しかし彼女は部屋を出ていった。




 すると加奈が小声で言った。


「……葵は、被害を受けたのね?」


「来年の3月までだと」


「嘘でしょう!? だって余命10年くらいが被害者の平均って……」


「葵は一番の被害者なんだ。専門の医師もそう言ってた」


「そんな……」



 葵がいなくなったのにはやはり、あの事故が関連しているのだろうか。あるいは俺が告白したことを迷惑に感じたのだろうか。しかし。




「お待たせ」


 葵の母らしき彼女がお盆を持ってリビングへと戻ってきた。


「すみません。いただきます」と春雄。


「きっとはるお君の友達にもたくさんあの事故の被害者がいるんでしょう。私、なんて言えばいいのか」


「貴女も被害者です。娘さんの葵は……」


「ええ。私はあれからずっとまともに眠れないのよ」



 当然だ。葵は一人娘だったはず。彼女の心中は察するに余りあるが、それより。



「俺は葵を探しに群馬に戻ってきました。先週から行方不明で。連絡も取れません。ここに戻ってきているのではないかと思いまして」


「ごめんなさい、私も葵が今どこにいるのかわからないの。連絡が取れなくなったのは、私も同じ」


「考えたくはありませんが、もしかして」


「ううん、無事だとは思うの。前にもこういうことはあったから。その時はしばらくして帰ってきたのだけれど、それでも、今回はあんな事故があったから心配で……」


「葵、どうしているんだろう……」と加奈。


「俺、探してみます。きっと群馬にはいると思うんです」


「本当に?」


「ええ。大宮で葵を見かけた人がいるんです」


「大宮……。そうね、確かに」


「何か心当たりはありませんか? 親戚の方の家にいるかもしれないとか」


「……親戚は皆、九州だから、そうね。やっぱりわからない」


「そうですか。ああ、そうだ、もし何かあったら連絡していただけませんか?」


 そう言って春雄は電話番号を書いたメモを置いた。


「わかったわ。ありがとう。葵にもこんなお友達がいてくれてよかった。あの子はあんな感じだから、いつも1人で……。いや、はるお君。もしかしてあなたは葵の?」


「いいえ、ただの友達ですよ」


 その言葉を聞いて、加奈がにやりとしたのを春雄は見逃さなかった。


「そう。葵をよろしくね」と葵の母。


「あまり長いことお邪魔できませんから、ここで失礼します。お茶、ありがとうございました」


「ええ。ぜひまたいらっしゃい。本当に」



 春雄と加奈は、葵の実家を後にした。






 そうして帰り道。


 加奈が口を開いた。


「春雄はさ、高校の時から葵のこと好きだったよね」


「そうなんだろうね」


「春雄にとっては、私は……」


「ん?」


「いいや、なんでもない。それより、私はこの後用があるから失礼するよ。せいぜい頑張りな」


「ああ。助かったよ加奈」


「それじゃ」


 そう言って加奈は春雄に背を向ける。



 何か。俺は何かを忘れているような。


 ああ、そうだ。もう俺は、おそらく加奈と二度と会うことがないんだ。加奈はそんなこと思っていないだろうけれど。何故なら俺は。いや、とにかく。



「加奈!」


 加奈はくるりと首だけで振り返った。


「ん?」


「今までありがとう」


「何よ急に」


「美容師、頑張れよ」


「言われなくとも頑張るわ。来年、また東京で」



 加奈は手をひらひらとさせて歩いて行くのだった。



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