第43章(春雄)手書き
春雄は実家のインターホンを押した。
春雄にとっては聞き慣れた、こもったポーン、という音がスピーカーから鳴る。
大学の周りも夜は静かだけれど、この辺りはさらに音がしないな。
『はい』
お母さんの声だ。
「ちょっと帰ってきた」
『春雄!? ちょっと、帰るなら先に言いなさいよ。今開けるから』
この実家に帰ってくるのも1年半ぶりか。なんだか不思議な気分だ。それまでは当たり前の日常だった実家や実家の周りも、そろそろ死ぬとなるとどこか感慨深いというか。
玄関の扉が開いた。
「おかえり。何か食べる?」
「うん。適当に」
カレーを食べた春雄は2階の自分の部屋に入った。
ベッドも机もテレビも持って行ってしまったために、そこには小さなテーブルと本棚があるだけだったが。
お母さん、事故のことについて何も言わなかったな。
それより、とりあえず加奈に連絡してみないと。
春雄は加奈に電話をかけた。
『はい。もしもし。どなた?』
「春雄だけれど。久しぶり」
『え! あ、いや、本当に久しぶり……。というか春雄、番号変えたでしょう! あんな事故があって心配で……!』
「大丈夫だ。すまない」
『春雄は大丈夫だったの?』
「まあ」
そういうことにしておこう。
『それで? 何か用があるんでしょ? そうでもなかったら私に連絡なんてしないものね?』
「いや、うん。その通りで申し訳ないのだけれど。今さ、実家戻ってるんだ。葵の実家を教えてくれるか?」
『え、何? いいけど。葵になんかするつもり?』
「葵が行方不明になってさ」
『それで探してるのね。そういやあんた、葵と付き合えたの?』
「どう思う?」
『あり得ないね』
「流石です」
『まあ、そうね。明日駅に来なさい。一緒に行ってあげる』
「助かるよ……。俺一人じゃ怪しまれるもんな」
『それじゃ、13時に』
「了解した。ありがとう」
『……別に』
加奈はそう言うと電話を切った。
さて。とりあえずこれでいいとして。それにしても唯一の幼馴染がいてくれてよかった。加奈がいなければお手上げだったのだから。
春雄は床に置いたスマートフォンを意味もなく見つめた。
これは便利だ。電話もできるしメールもできる。世界中どこでも、いやまあ、だいたい世界中どこにいても、誰かとリアルタイムで連絡を取ることができる。
しかし手紙は違う。リアルタイムではない。書き手から読み手にそのメッセージが届くまでには時間がかかるし、それをいつ読むかは読み手次第でもある。まあ、それはメールも同じか。
就職活動では手書きで履歴書を書けだなんて言われているが、どう考えても効率的ではない。しかし。
春雄は葵の置き手紙を小さなテーブルの上に広げた。
葵の筆跡は初めて見たかもしれない。どうしてだろう。この文字を見ていると何か、あの教室で、『あの目』を見た時と同じ気分になる。
手書きの文字は気持ちが伝わる、だなんて誰が言ったのだろうかと思っていた。字が上手い人もいれば下手な人もいる。手書きだからなんだというのか。そう思っていた。
だがこの手紙を読むと、どうにもあながち間違いではないのかもしれない、そう思えてしまう。
春雄は手紙を置いたまま、押入れから予備の布団を引っ張り出すのだった。




