第4章(敦志)例の女の子
けたたましく目覚まし時計が暴れている。
敦志は目を覚ました。しかしその騒音を止めることはせず、天井を見つめたままだった。
やがて時計の叫び以外にも、バタバタと忙しない物音がリビングから聞こえることに敦志は気付いた。
音源は十中八九、父さんの朝支度だ。電車が遅延しているニュースでも見たのだろう。
ニュースといえば、有害な電磁波とやらはなんだったのだろうか。昨日の夜テレビのニュース番組を見ていたが、そのような内容の報道は無かった。
あの動画が夜には削除されていたことから考えると、おそらくは悪戯の類。何者かが嘘の動画を作った、としか考えられない。
敦志はようやく目覚まし時計の鐘を止め、起き上がった。それからスウェットを脱ぎ、トランクス姿でキッチンへ向かった。
敦志が食パンをトースターで焼き終えた頃、敦志の父は既に家を出ていた。
母さんが他界して5年が経つ。父さんは毎日のように夜遅くまで帰ってこないけれど、不動産事業が波に乗ってきた今は仕事が楽しくて仕方ないみたいだ。
敦志もまた朝支度を終えて家を出ようとした時、ふとスマートフォンを見ると秋山からメールが来ていることに気付いた。
『昨日はありがとうございました。例の子を見かけたのは、2度ともよく晴れた平日で、3限の時間帯でした。場所ですが、南門から出て、コンビニに向かう道の途中にある空き地です。ご迷惑をおかけする勝手なお願いですし、気が変われば断っていただいて構いません。』
本当にご迷惑で勝手なお願いだ。頼られたことに気を良くして、受けてしまった昨日の自分を叱ってやりたい。それは本当に秋山の為になるのかと。
敦志は携帯をポケットに入れ、少し早めに家を出ることにした。
大学へ向かうモノレールの中でも、敦志は考えていた。
偶然にも今日は快晴の水曜日。講義は1限と2限だけだ。その人が今日いるのかどうかわからないが、行くだけ行ってみよう。
ただ、気にかかることはある。なぜ一目惚れした女の子に声をかけ、秋山との橋渡しにする役に自分が選ばれたのか、ということだ。
数年来の親友ならまだしも、秋山と知り合ってまだ数ヶ月の先輩である俺に頼むべきことではない。
仮に、秋山が言ったように顔が良くて恋愛経験豊富な先輩だから俺が選ばれたのだとしよう。
もし自分が秋山なら、その先輩には頼みたくはない。先輩の声かけが失敗すれば何も得ず、声かけが成功すればその女の子は先輩に興味を持つかもしれないからだ。
秋山は馬鹿ではないと思っていた。しかし。
いや、これが年下の後輩を持つということなのだろうか。自分で声をかけることすらできないのなら諦めろ、と言ってあげるのが先輩としてあるべき姿だったのだろうか。
いずれにせよ、既に受けてしまった頼みを断ることは出来ない。先輩として信頼されていることを今は喜んでおこう。
モノレールが大学直結の駅に停車すると、敦志は鞄をぐっと握りしめた。
2限の講義を受け終えた敦志は、例の女の子がいるという場所へ向かっていた。
そもそも秋山も一緒に来るべきだろう。何故俺が一人でナンパまがいのことを。まあ、あの秋山が気になったという女の子を見てみたいという好奇心があるのも確かだけれど。
さて、どう転ぶかな。秋山の想いを背負ってやろうじゃないか。
大学の南門を出て、敦志はその空き地を見やった。
すると確かにその女の子はそこにいた。彼女はただ空を見上げているだけだった。
彼女の姿を見た敦志は、すっと肩の力が抜けていくのを感じた。
敦志は彼女に向かって歩き、声をかけた。
「葵ちゃん。どうしたのさ、こんなところで」
秋山が気になっていた人とは葵ちゃんのことだったのか。春雄と同じ群馬出身で、高校も春雄と同じだったはず。
「確か、敦志君」葵は敦志を見てそう言った。
「そうだよ、春雄の友達だ。コンビニに行こうとしてたんだよ」敦志は嘯く。
「ふふっ、さすがお友達」
「どういうことだい」
「なんでもないよ、私、失礼するね」
そう言って葵はくるりと敦志に背を向けた。
相変わらずだな。何故かこの葵という女の子には、有無を言わせず人を煙にまく力がある。
それにしても葵ちゃんは相当な美人だと思う。見た目は可愛らしいのに、誰に対しても心を開いていないような。女の子らしい隙があったり、親しみやすい性格だったらそれはもうモテるんだろうな。
まあ、いいか。例の女の子が葵ちゃんだと知ることはできた。秋山に求められた自分の役割はいずれ果たせるだろう。
「またね、葵ちゃん」
葵からの返事は無かった。




