第37章(春雄)手がかり
春雄は自分のアパートの部屋で座っていた。
ベッドに座るわけでもなく、座布団の上に座るわけでもなく、ただ部屋の真ん中で小さく座っていた。
部屋の外ではつんと冷たい風がゆっくりと流れていて、春雄の部屋の窓を不規則に揺らしていた。
17時か。日が暮れるのも随分と早くなった。
もし葵が今もどこかへ向かって移動しているとするのなら、こうしてじっとしているのは得策ではない。しかしとにかく当てがない。葵はどこへ行ったのか。
手がかりがあるとすればこの置き手紙だけ。この手紙は俺に宛てて書かれていた。ならば少なくとも、この近くに葵の頼る人間はいないということ。まあ簡単に予想できることだが。
葵にはよく空を見る癖がある。それは空き地であったり、あるいはキャンパスで見かけても空を見上げていたりする。その行為の意味するところは俺にはわからない。単なる癖なのか、それとも意識しているのか。
空。空に何か。いや、1人で考えていても仕方がない。とりあえずは。
春雄はベッドの枕元に転がっていたスマートフォンを手に取り、電話をかけた。
10秒経ち、20秒が経つと。
「ああ、敦志?」
『もしもし。どうしたよ相棒』
「今大丈夫か?」
『もちろんもちろん。ネズミも飛んで逃げるほど暇を持て余してたところ』
意味がわからない。
「そうか。いや、実は葵が行方不明でさ。何か知らないかと思って」
『葵ちゃん行方不明? さあ、何も……。そう言われてみれば最近見ないな』
「そうだよな」
『心配だね。部屋にもいないってこと?』
「ああ」
『ん? ああ、え?』
何だ。電話の向こうで敦志が誰かと話しているようだ。ああ、そうか。この時間は確かサークルの集まりがあったはず。敦志は暇だと言っていたが、気を使ってくれていたのか。
「すまない。もう電話は切るよ。何かあったら教えてくれると助かる」と春雄。
『いや、いや。ちょっと待って。秋山に代わる』
「秋山?」
『サークルの後輩。ほら、この間のライブでギターボーカルをやってた』
「ああ」
『代わりました、秋山です。葵さんを探しているんですか?』
「そうなんだ。数日前からどこかへ行ってしまったみたいで」
『やっぱり』
「何か知っている?」
『先週です。大宮駅で葵さんを見かけました』
「……大宮?」
『はい、埼玉の。僕はたまたま音楽の仕事でそこにいたんです。話しかけたんですが、無視されてしまって……』
葵はそこにいるのだろうか。一体どうして。
「大宮か」
『それだけです。その時の葵さんは、なんだかすごく不思議な雰囲気でした。いや、いつも不思議なのですが、それとは何か違って。とにかく気にかかってはいたんです』
「わかった、ありがとう。何も分からなくて困っていたから助かったよ」
『いえ。春雄さん、でしたよね。あなたは葵さんの?』
「いや、そんなものじゃないよ。振られたばかりでね」
『それでもわかります。春雄さんはきっと、僕とは違う』
「どういう意味?」
『そのままの意味です。葵さん、見つかるといいですね』
「ああ」
『では』
そこで電話は切れた。
行ってみる価値はある。しかし先週そこで見かけたというだけでは、手がかりはまだ無いに等しい。しかし大宮にいたということは、少なくとも海外に行ったわけではなさそうだ。ここから空港に向かうのなら、大宮は通らない。まあ、他の場所を経由していたらわからないが。
待てよ。大宮。飛行機ではない。しかし。
そうか、新幹線。大宮から新幹線に乗った可能性ならある。それはつまり、おそらく。
春雄はすっと立ち上がり、紺色のトートバッグの中に財布を入れる。棚の上にある鍵を手に取って、玄関へと向かうのだった。




