第34章(敦志)奥底
空は綺麗に晴れていた。冷たくなり始めた空気がすっと透き通る。
敦志は午前の講義が終わり、春雄の部屋へと向かっていた。しばらく借り続けていたミッシェルガンエレファントのDVDを春雄に返す為に。
そうして空き地の横を歩いている時、敦志は空き地に誰かが立っているのを見つけた。
葵ちゃんだろうか。いや、あれは。
「楓ちゃん。こんにちは」
そう言って敦志は楓に近づいた。
「あ、敦志君。なんだか久しぶりだね」
「そうかな? ついこないだ一緒にお酒飲んだばかりだと思っていたけれど」
「ああ、うん。そうだね、きっとそうだ」
なんだというのか。まるで葵ちゃんと話しているかのようだ。全く、葵ちゃんといい優里さんといい。さらには楓ちゃんまでこんな調子ではこちらも困るというものだ。
「どうしたの? こんなところで。まるで葵ちゃんみたいだね」と敦志。
「最近ね、葵に少し近づけたかなと思ってたの。だからこうしてここで空を見てたんだけど、いい天気だなあ、としか思えなくてね」
「やっぱり葵ちゃんはわからない人なんだね」
「どうしてここにいるのが好きなのか、それはやっぱりわからない。でもね、葵はとってもわかりやすい子だよ」
「そう?」
「そうだよ」
女子っていうのはこれだから。それにしても楓ちゃん、こんな雰囲気だっただろうか。この間話した時とはまるで別人のような何かを感じる。それが何かはわからないけれど。
「楓ちゃん、うまく言えないけど、何かあった?」
「モテる男は違うね。女の子をよく見てる」
「あ、いや、ありがとう?」
「どういたしまして。ま、私のことはいいの。それより敦志君の調子はどう?」
ああ、調子ね。これは俺の恋愛のことか。
「特に変わらずだよ。でも、楓ちゃんのおかげで少し楽にはなったかな」
「それはよかった。お酒を飲んだかいがありましたね」
「本当に」
楓はすすすと敦志に近寄る。そうして楓は背伸びをして、敦志の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
敦志が突然の出来事に驚いて動けずにいると、楓は敦志をじっと見て言った。
「大丈夫。きっと大丈夫だよ」
「あ……、えっと」
「それじゃ、またね」
すっと敦志から離れた楓は、敦志に背を向けてゆっくりと歩き出した。
「ありがとう。楓ちゃん」
敦志は遠ざかる楓の背中に声をかける。
楓からの返事はなかった。
楓の姿が見えなくなると、敦志は空き地にちょっとした岩が転がっているのを見つけてそこに腰掛けた。
やられた。春雄の彼女なんだけどな。楓ちゃんは俺が何を欲しがっているのか、すっかり見抜いているようだ。それはおそらく、俺自身よりも。
ちょっとした緊張と、大きな安心感。そんなものを楓ちゃんは俺に与えていった。ああ、すごいな。春雄が楓ちゃんと付き合う理由もよくわかる。
俺が求めているものとはなんなのだろう。年上がタイプというわけではなくて、優里さんのことが好き、そう思っていた。でもやはり年上の女性や、大人な女性、そういう人を俺は求めているのだろうか。
いや、違う。きっと、もっと大きな何か……。
優里さんと楓ちゃんはおそらく俺の求めるものに気付いている。当の本人である俺だけがそれに気付いていない。
他人に、しかも女の人に俺の奥底を見透かされて恥ずかしいはずなのに。どうして俺はこれほど安心しているのだろう。俺は少し変なのかもしれないな。
敦志は葵のように、ぼんやりと空を見上げた。




