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手紙  作者: サワヤ
31/58

第31章(楓)涙

 テレビの中でドラマの主人公が長いセリフを喋っていて、ベッドのすぐ横にある目覚まし時計の秒針はカチカチと静かな音を立てていた。


 春雄がこの部屋を出てから1時間が過ぎていたが、楓は下着姿のまま、明かりを点けた部屋で座り続ける。




 ああ。結局、私は負けた。


 いや、ちょっと違うな。私は春雄君と付き合ったからといって、葵に勝てやしなかった。春雄君と付き合っていた間も、私は勝ってなどいなかったのだから。



 私は春雄君のことが好きだ。でも最初はそうじゃなかった。私のそういうところが春雄君に伝わってしまったのだろうか。


 ううん、たとえ私がどんなにうまく立ち回ろうと、春雄君にとっての葵はとてつもなく大きな存在で、それが変わることなどあり得なかった。


 そして私は春雄君を失った。春雄君さえ一緒にいてくれれば、それだけでよかったのに。私の残り7年なんてもうどうでもいい。



 でも不思議だ。



 私はまた負けた。でも、なんだろう。負けたはずなのに。しかも私は春雄君を失って、もう何もない。私よ、さぞ惨めだろう。悔しいだろう。寂しいだろう。


 確かにそうだ。惨めだし、悔しいし、寂しい。でも、この気持ちはなんだろう。安心しているような、暖かいような。涙はもう止まっている。



 私は葵のことがもちろん好きだ。葵は私にとっての憧れだった。


 1年生の時、私は葵と出会った。私はどうしても葵と仲良くなりたかった。そうして今や、私は葵の唯一の友達と言ってもいいような関係になれた。


 しばらくして。葵もまた、私と同じ年齢の、私と同じ大学生なんだという当たり前のことに気がついた。それならば私だって葵と何ら変わりない立場のはずなのに、どうしてこんなにも格が違うのかと私は悔しさを感じるようになった。



 対等になりたかった。私はいつでも葵より下にいて、だから私は葵に勝ちたかった。



 春雄君と付き合うことになって、私は春雄君の格好悪さをどうにかしないといけないと思った。この程度の彼氏を連れて歩くなんて恥ずかしい。


 彼氏の価値は女の価値。葵には勝っていたとしても、一般的な女としては負けているような気がした。だから私は春雄君を少しでもマシな彼氏にしたかった。



 そうして1ヶ月が過ぎて、2ヶ月が過ぎた。いつの間にか私は春雄君に心底惚れてしまった。春雄君は私に無いものをたくさん持っていて、私はそれらの価値を少しずつ知っていったのだ。


 付き合い始めた頃、春雄君を変えようとした私。けれども結局のところ、変わったのは私だった。格好悪い私を、春雄君が変えてくれたのだ。



 ああ。やっと気づいた。春雄君が葵のところへ行って、私はほっとしている。


 春雄君のことを好きになればなるほど、私は春雄君を失いたくなくなっていった。けれども同時に、春雄君に幸せになってほしいとも思うようになっていたんだ。



 春雄君と葵の物語の中では、私は邪魔者でしかない。いや、邪魔者ならまだいい方で、もしかすると名もない村人Aなのかもしれない。そんな当たり前のことに私は見て見ぬ振りをし続けた。


 葵に負けたくなかったから、そして春雄君を失いたくなかったから。


 それでもいつかはこうして、あるべき形へと戻っていく。



 私は無力だ。でも私はもう誰にも負けてなどいない。


 そもそも勝ち負けなんて最初から存在しなかったんだ。私が勝手に決めた勝ち負けよりも大切なことはきっとたくさんあって、それを春雄君が教えてくれた。



 そっか。今ようやく、私は葵や春雄君と対等になれたんだ。だからこんなにも暖かい気持ちで包まれて。



 私は今まで、何と戦っていたのだろう。私は私の中に勝手に敵を作り出して、1人で踏ん張って。


 でも春雄君の優しさがそれを溶かしてくれた。そのおかげで、私はようやく葵の唯一の友達として相応しい女の子になれた。そう思える。



 私の近くに春雄君はもういないけれど、それでもいいんだ。私は春雄君に、たくさんのものをもらったから。




 だから私は言わなくちゃ。誰も聞いていなくとも。




「ありがとう。春雄君。大好きでした」



 楓はそう言って1人、涙を流した。その涙は透き通って輝き、頬を伝っていくのであった。

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