第30章(優里)2枚目、
私は大学2年生になり、1年生とバンドを組むことになった。
私の所属している軽音楽サークルには6月に新入生歓迎ライブがあり、それは1年生が主役のライブイベント。そこで演奏する為のバンドだった。
1年生の男の子と、1年生の女の子、それに私の3人編成。話を聞くに、ドラムの男の子は経験者のようだった。
ベースを弾き始めて1年。私はもう先輩になったのだ。情けない演奏はできないと思った。アルバイトや講義の合間を縫って、私は必死に練習した。
そしてある日、そのバンド初めての音合わせ。私は緊張しながらスタジオに入った。
「優里さん、でしたよね。よろしくお願いします」
そこにいた『彼』は好青年だった。すらりとした体躯に整った顔立ち。どことなく落ち着いていて、背伸びした大学1年生らしさも感じられなかった。
「敦志君だね。こちらこそよろしく」
私は無難に挨拶を返した。後輩、というものへの接し方はまだ得意ではないかもしれない。その時私はそう思っていた。
1分だけ遅刻したもう1人の女の子もやって来て、そうして3人で音を合わせた。女の子のギターはたどたどしかったが、敦志君のドラムがそれを優しく掬い上げた。
楽しかった。
私は先輩だから上手な演奏をしなくてはいけない、そう思っていたことなどすっかり忘れてしまっていた。
「お疲れ様でした」
敦志君がそう言ってようやく、私はスタジオの時間か終わったことに気が付いた。
時間の流れなどすっかり頭から抜けて、私はただその空間に酔いしれてしまっていた。
先輩だとか後輩だとか、そんなことは音楽に関係なかったのだ。
スタジオからの帰り道。私は1人、誰もいない路地で少しだけスキップをした。
ある日、講義を終えてキャンパスを歩いている時、敦志君に声をかけられた。
「優里さん。こんにちは」
「敦志君。奇遇だね」
「もしお時間があれば、お茶でもどうですか?」
「デートのお誘いかな?」
「そうですね」
敦志君はそう言って笑っていた。
私と敦志君は学食棟のベーカリーカフェで少し話をした。
敦志君はどうやら私の演奏を好いてくれたようだった。私もまた敦志君の演奏を気に入っていたから、それは純粋に嬉しかった。
「優里さんは、どうしてそんなに大人なんでしょう」
「そうかな」
「ええ。なんだか歳が1つしか離れてないとは思えなくて。なぜそう思うのかはわかりませんが」
敦志君は落ち着いていたし、モテるタイプの男の子だという印象を受けた。けれどもそれは印象だけであって、彼の心は幼い。数回しか彼と会っていなかったけれど、私にはそれがわかっていた。
そのように私が彼の幼さを見透かしていることを彼はなんとなく感じ取ったのだろう。
「そうね。でも、誤解しないでね。私は敦志君のこと、気に入ってるのよ」
「あの、俺も、優里さんのこと、素敵な先輩だなって思っています」
「またまた」
私は好意の返報性を利用しただけだ。こちらから好意を示せば、お返ししなくてはという心理が働く。そして彼はその言葉を口にすることで、本当に私を素敵な先輩だと自己暗示するようになる。誰でも無意識に行なっている、コミュニケーションの基本だ。
これで敦志君は多少なりとも私を慕ってくれる、そう私は考えた。同じサークルの後輩になる男の子ならば、慕われておいて損はない。
なにより私は、そんな作り物の好意しか手に入れることができなかったのだ。
私は愛に飢えて生きてきた。それは人の愛であり、恋愛感情に憧れていたわけではない。
けれども私はコミュニケーションの取り方が上手くなり、大学生活を楽しめるようにまでなった。真に私を受け入れてくれる人はいなくとも、それでも本当に1人だった15歳までの私とは変わったのだ。
結局のところ、私も敦志君と同じであった。寂しい心、幼い心。それに反して体だけは大人の女へと成長していく。知識や経験を重ねて、表面だけの人付き合いも上手くなる。
欲は止まらない。愛への飢えはそのままに、異性への憧れも私の中で育ってしまっていた。
19歳の私は、やはりまだ泣いていた。




