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手紙  作者: サワヤ
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第3章(敦志)先輩の役割

 敦志はキャンパスを歩いていた。


 春雄にミッシェルガンエレファントのライブDVDを借りた後、そのまま大学内のスタジオへと向かうところであった。



 大学には学生が自由に使える音楽スタジオが10部屋ある。遮音性が高く、音響設備も整っている。主に音楽関係のサークルが使用していて、ほとんどの時間帯で満室稼働が常であった。



 敦志がスタジオに入ると、バンドメンバーの優里と秋山の2人が機材の準備をしていた。



「1分遅刻ね」


 そう言って優里ははにかんだ。



 優里さん流の挨拶だ。優里さんは俺に必ず1分遅刻だと言う。それは例え今日のように10分早く着いていたとしても。


 表情豊かな彼女だが、まるで感情を完璧にコントロールしているかのように見える。結局、彼女の本心はいつもわからない。



「すみません、優里さん。代わりに最高のリハを贈ります」


「楽しみ」



 優里さんは3年生で、2年生の俺からすると先輩になる。掴み所のない人柄と親しみやすいルックス(彼女の垂れ目とショートボブの髪型はベストマッチであった)から、彼女は多くのサークル部員から慕われている。



「敦志さん、前回のリハで指摘してくださったパート、練習してきましたよ。ちゃんと聴いていてくださいね」と秋山。



 秋山は1年生ながら5年以上のギター経験がある。スタジオミュージシャンとしてプロの仕事も持っていて、秋山の演奏技術はとても高い。


 それ故だろうか。秋山は先輩である俺のことを認めていないような節がある。俺からすれば生意気な後輩だ。


 くりっとした目をして小柄な秋山は、男にしては随分可愛らしい外見なのだが。



「楽しみにしてるよ」敦志は答えた。




 機材の準備が終わると、ドラムセットに座った敦志が言った。


「4カウントで」



 敦志のカウントで、3人は一寸のズレもなく音を爆発させた。


 それぞれの音が唸り、絡み合い、グルーヴを生み出していく。


 敦志が刻むドラムのリズムに、優里のどことなく自由で、それでいて力強いベースラインが重なる。そこに跳ねるようなギターサウンド、そして天井を突き抜けるようなボーカルで秋山が色を付けた。



 ずっとこの空間にいられたらいいのに、と敦志はいつも感じていた。


 酒を飲んで朝まで語り合うことも、長い付き合いの女の子とセックスをすることも、音を合わせるコミュニケーションの深さには到底及ばないと思えた。


 数曲を通して音を合わせ、気になる箇所を何度か繰り返していった。




 やがて時間になり、リハーサルは終わった。敦志は疲れを隠しきれない声で言った。


「お疲れ様でした。学園祭、がんばりましょうね」



「お疲れ様でした」と秋山。


「お疲れ様。私はバイトに行くからお先に失礼するね」


 そう言って優里は1人、先にスタジオを後にした。




 機材の片付けをしていると、秋山が呟いた。


「敦志さん。この後、時間ありますか?」


「お前がそんな誘いをするのは珍しいね。いいよ、飯でも食べようか」


「ありがとうございます」



 自覚していなかっただけでおれは先輩として慕われていたのだろうか。そんなことを考えながら敦志はドラムスティックを鞄にしまった。





 敦志は秋山ととんこつラーメンを啜っていた。


 大学から電車に乗って20分、立川市のラーメン屋だ。アルバイトの店員が忙しそうにロットを回している。


 あまり綺麗とは言えない内装で、よく言えば無骨な印象の店だ。天井が酷く黒ずんでいる。とはいえ店内は若者で溢れ、なかなか繁盛しているようだ。


 ラーメンを半分ほど食べたところで、秋山が口を開いた。


「敦志さん。一目惚れ、したことありますか?」



 敦志は笑みがこぼれた。なにかと思えば中学生のような恋愛相談か。


「一目惚れしたの?」



 秋山は話し始めた。


「数日前に、大学の近くで、空を見上げている女の子がいたんです。立ったままで。たぶん大学生だと思うんですけど、すごく綺麗な子でした。なぜかわからないんですが、その子のことがずっと気になってたんです」


「うん、うん」


「それで今日も見に行ってみたら、やっぱり同じところにいたんです。暑いのに昼間にどうしてそうやって空を見てるんだろうって」


「不思議な人だね」


「その子にどうしても近づきたくなってしまったんです。だけど話しかけたりしたら、なにか、その世界を邪魔してしまうというか、そこに踏み入れる権利を僕は持っていない気がしたんです」


「なるほどね」


「僕では駄目なんです。ですが敦志さんはイケメンですし、恋愛の経験も多そうです。だから……」そこまで言って秋山は黙ってしまった。


「俺がその人に話しかけて、橋渡しになってくれっていうことね」


 敦志はやれやれ、という風に首を振った。


「お願い、できますか?」


「わかったよ。男なら自分でがんばれ、って言いたいところだけどな」


「ありがとうございます」


 秋山ははにかんでいた。




 中々の厄介事を抱え込んだな。


 しかし同じバンドサークルのよしみじゃないか。いいように利用されているだけだとしても、後輩に頼られることに悪い気はしない。



「その子がそこにいそうな時間とか、その場所とか、またメールで教えてくれよ。やってみるからさ」



 これが先輩の役割、なのだろうか。


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