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手紙  作者: サワヤ
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第28章(楓)1つのお願いだけでも

 楓と春雄は山手線から小田急線へ、小田急線から多摩モノレールへと乗り換え、そうしてとある駅でようやく電車を降りた。


 その駅と大学は直結していて、かつ春雄の部屋と楓の部屋の最寄駅でもあった。



 モノレールの改札を通り過ぎて、故障中で停止しているエスカレーターを横目に階段を降りる。すると辺りには都内とは思えない暗さと静けさが横たわっていた。



 楓はふと春雄の横顔を見る。上野にいた時より、電車に乗っていた時より、春雄の表情はいくらか柔らかくなっていた。



 うん、やっぱり。この人は慣れない場所に行くことが好きじゃないんだ。人が多いところが苦手なのかと思っていたけれど、そもそもが明らかなインドア気質なんだろうな。


 私は春雄君のそういうところも好きだ。


 普通の女の子なら、遠出やキラキラした遊びが苦手な彼氏なんて小さな男に感じるだろう。実際、最近まで私もそう思っていた。


 でも春雄君はなんでもない普段の生活に輝きを見つけられる。趣らしきものをいつでも感じている。だから知らない場所では情報量が多すぎてきっと落ち着かないんだ。


 春雄君といられるのなら、普通のデートなんていらない。春雄君らしくのんびりと過ごせるような彼女に私はなってあげるよ。




 暗闇に隠れた草木が囲む道を歩きながら楓が口を開いた。


「春雄君」


「ん?」


「私、春雄君のこと好きだよ」



 楓の告白を耳にした春雄がゆっくりと楓を見た。そして春雄は、困っているような、照れているような、恥ずかしいような、そんな表情を浮かべていた。



「えっと、ありがとう」


「どういたしまして」



 すると楓は1人で走り出した。


「私、先に帰ってる! 部屋片付けるから!」


「わかった。ゆっくり歩いて行くよ」




 楓は駆ける。


 半日のデートで歩き回り、楓の足は古い棒のように軋んでいた。しかし小さな彼女を演出するためのスニーカーが、水を得た魚のように生き生きと輝き始める。



 風が気持ちいい。ううん、風なんてないのかな。走っているからわからない。この辺りは静かすぎるけれど、こうして走っていれば空気の音が耳に響く。



 また、走ってみようかな。私には陸上の才能が無かった。陸上競技は努力だけでどこまでも駆け上がれるなんて嘘っぱちだ。私はあの黒崎選手のようにはなれなかった。


 でも、今は走っていてなんだか楽しい。なんだか嬉しい。走る理由なんてそれだけでいいんだよね。


 大学には陸上のサークルなんてあったかな。ちゃんとした部活には今更入れないし。なにかいいところがないか、今度探してみよう。



 楓はアパートに着き、鍵を開けた。スニーカーを脱ぎ捨て、ベッドにどさりと座って足を労わる。



 片付けるなんて春雄君には言ったけれど、部屋はもう片付けてある。今日は最初から部屋に呼ぶつもりだったから。


 なのにどうして私はわざわざ走ったのだろう。いよいよ私も春雄君や葵みたいになってきちゃったな。




 楓は目をつむり、ゆっくりと両手の手のひらを合わせた。


 お願いします。神様はいますか。春雄君を殺さないで。私の7年と春雄君の3年。せめてそれを交換してくれるだけでもいいんです。春雄君がいなくなってからの4年間なんて私はいらないんです。


 もう葵がどうのこうのではないんです。私は、私の意思で、春雄君が大切なの。だからどうか。どうかお願いします。



 きっと春雄君の中で、まだ私は葵よりも小さな存在なのでしょう。そんなことは知っています。


 それでも、私はどうしても春雄君と一緒にいたいです。私と春雄君をどうか憐れんではいただけませんか。


 私のような小さな器の人間にも、ようやく大切なものができたのです。神様がもし私の願いを全て叶えるわけにはいかないとおっしゃるのでしたら。



 1つのお願いだけでも、どうか叶えてはくださいませんでしょうか。



 私と一緒じゃなくてもいい。


 春雄君を幸せにしてあげて。



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