第25章(優里)1枚目、
私はいつも泣いていた。
涙を流していたわけではない。物心ついてから今に至るまで、涙を流した記憶すらない。
それでも、7歳の私は、12歳の私は、16歳の私は、ずっと泣き続けていた。
父は仕事にしか興味がなかった。器が小さく、それでいながらストイックな人であった。ほとんど家に帰ってくることはなく、しかし稀に帰ってきては俺に関わるなという目で私を見た。彼にとっての私は、人生において避けて通れない道の副産物でしかなかった。
母は母ではなかった。戸籍上は母であるし、私は間違いなく彼女から産まれた。けれども彼女は女としての自分しか大切にしていなかった。つまりは不倫だけが彼女の生きがいであって、生きる理由であって、彼女にとってはそれが全てだった。そういう意味で彼女は私の母ではなかった。
弟が欲しかった。姉が欲しかった。妹が欲しかった。兄が欲しかった。いつも一緒に遊んでくれる、幼馴染が欲しかった。
私はいつも1人だった。小学校でも、中学校でも、人との接し方がわからなかった。友達が作れなかった。
だから私は人に憧れ続けた。寂しかった。いや、寂しいという感情すら自覚できずに、ただただ人に憧れていた。
私は本を読んだ。映画を見た。音楽を聴いた。図書館、美術館、映画館、ライブハウス、コンサートホール。私は1人ひたすらに通い続けた。
芸術の中には人の想いがたくさん詰まっていた。人と付き合うことができなくとも、作品を通じて膨大なコミュニケーションをすることができた。星の数ほどある様々な芸術媒体を、私はひたすらに追い続けた。
私は芸術から人を学び、やがて高校生になった。すると同級生、先生、皆の気持ち、考えていること、それらは至極単純なものばかりだと気付いた。
私は彼ら彼女らを注意深く観察した。それぞれの想い、悩み、思考回路を真剣に想像した。そうして想像の精度を研ぎ澄ませていった。
高校を卒業する頃には、私のコミュニケーション能力は著しく上昇していた。
膨大な量の文字に触れていたことで言語能力は磨かれていたし、そもそも高校生のコミュニケーションなど、相手が欲しい言葉を適切なタイミングで口から発するだけでよかったのだ。同級生達に大きく遅れをとっていたその能力を、高校の3年間で私は手に入れることができた。
しかしそれを手に入れたはいいものの、部分によっては手に入れすぎてしまった。私はその人が望むもの、考えていること、それらが手に取るようにわかるようになってしまったのだ。
その頃の私は、誰にも嫌われることがなかった。誰かの心に踏み込みすぎてはいけない。それは大変に脆いものだから。人の心を壊してしまうかもしれない、そのことが何より恐ろしかった。だから私は人の心の奥まで踏み込むことがどうしてもできなかった。
結局、私に対して本当に心を開いてくれる人がいないという点においては、一切の変化がなかったのだ。
私は大学生になった。
大学では星の数ほどの人達がそれぞれの個性を輝かせていた。私は再び人間観察に夢中になった。アルバイトをするようになった。軽音楽サークルに入った。
例え表面上だけであっても、多くの人と関わることは楽しかった。長年培った芸術への想いをエレキベースの音に乗せることは楽しかった。
それでも、私は1人だった。
ひとりっ子らしく、両親の愛情を一身に受けてのびのびと育ち、淡い初恋をしたり、美人な友達に嫉妬したり。そういう女の子に私はなれなかった。なりたかった。
大学2年生になると、アルバイト先に後輩ができた。
そうして私は楓ちゃんと出会ってしまった。
彼女は私が欲しかったものを全て持っていた。彼女は幼くて、女の子で、両親からの愛を目一杯受けて、必死に背伸びしながら、可愛らしく醜い感情をたくさん抱え、見当違いなプライドをぐつぐつとその心に秘めていた。
私は頭をバットで殴られたような衝撃を受けた。
私がどれほど努力しようと、環境を変えようと、絶対に彼女のようにはなれないと気付いてしまったのだ。楓ちゃんはそれほどまでに純粋な「普通の女の子」だった。
そして私にとって、もうひとつの衝撃的な出会いがあった。
アルバイト先だけではなく、サークルにも後輩が入ってきたのである。
『彼』は私を苦しめた。私を悩ませた。
だから、そうね。『彼』と出会ったことで、ようやく私の物語が始まったの。




