第24章(敦志)寂しさと優しさ
街灯が夜道を照らす。からりとした秋の風が敦志の脇を通り過ぎた。
敦志はスネアドラムとキックペダルを抱え、1人で路地を歩いていた。サークルのイベントライブが終わり、駅へと向かっているところであった。
「ああ。やっと終わった」
敦志は呟いた。
今回のライブも何とか無事に終わってよかった。
毎回毎回、ライブで大暴れする連中には肝を冷やす。これ以上ライブハウスから機材の修繕費を請求されたら、いよいよサークルの会費を上げなきゃいけなくなる。
それでも、音楽は自由だ。
演者も観客もそれぞれが好きなように楽しめなくちゃいけない。だから俺達みたいな音楽サークルのライブを引き受けてくれるライブハウスには感謝してもしきれない。
例え、機材を壊した時の修繕費が容赦無くとも。
そういえば、葵ちゃんの姿はなかったな。つまり、秋山は葵ちゃんを呼ぶことに失敗したようだ。冷たくあしらわれてばかりで、未だに連絡先も交換してもらえないらしい。
まあ、これ以上俺にできることはない。後は自分で頑張ってくれ。
観に来てくれた春雄と楓ちゃんは楽しんでくれただろうか。少なくとも春雄はそれなりに楽しんだだろうな。今回はどのバンドも気持ちの入った良い演奏をしてくれた。春雄ならわかってくれたはずだ。
あの2人が付き合い出してから、1ヶ月、いや2ヶ月は過ぎただろうか。未だに信じられない。かなり対極的な2人だと思っていたのだけれど。何もかもが違う、だからこそ惹かれ合う、恋愛とはそういうものなのかもしれない。
さて、それなら俺と優里さんはどうだろう。春雄と楓ちゃんほど違うタイプではないだろうが、似たタイプとも言えない。
俺は優里さんという人のほとんどを理解できていないし、優里さんは俺が子供に見えているようだ。
もし仮に俺が優里さんより1つ年上だったとして、俺は後輩の優里さんを子供扱いするだろうか。いや、きっとそうはならない。やっぱり優里さんは大人で、俺は子供になってしまうはずだ。
別に年上の女性がタイプ、というわけでもない。俺はとにかく優里さんが好きなのだ。
先週別れたあの子は今頃どうしているだろうか。優里さんに言われたように、俺は本気の恋愛経験を積まなければならないのだけれど、どうも長続きしない。
それも当然と言えば当然だ。俺は結局、優里さんが好きなだけなのだから。
優里さんは何故、俺に他の人と恋愛しろといったのだろう。遠回しに俺を振りたかっただけなのか。違う、きっとそうじゃない。何か優里さんには考えがある。それが何かはわからないけれど。
そもそも俺を振りたいだけならば、わざわざあんな言い方をするような人ではない。興味が無い、付き合うつもりは無いと、明確に伝えてくれるはずだ。
やはり優里さんの考えを理解するには、『あの言葉』に従う必要があるのだろう。ああ、また女の子を探さないとな。
敦志は駅前の商店街に着いた。その商店街から駅までは歩いて数分とかからない。
今頃、サークル部員達は打ち上げの飲み会をしているのだろう。どうしてか、今日は打ち上げに行く気分になれなかった。
確かに良いライブだった。良かったからこそ、わざわざ打ち上げに行く必要がないと感じてしまった。
今日は早めに帰って、家でのんびりとしよう。春雄に借りたミッシェルのDVDもまだ見ていないし。借りてからもう2ヶ月も過ぎてしまった。
そうして敦志が商店街を歩いていると、ふと見覚えのある後ろ姿を見つけた。
あれは。
いやしかし何故だろう。確か2人は数時間前に帰っていたはず。まあいい、とりあえず声をかけてみよう。
「楓ちゃん?」
「あれ、敦志君。ライブはもう全部終わったの?」
「ああ。俺が最後まで残って、いろんな片付けやら手続きやらをやってたのさ。ところで春雄は?」
「春雄君はもう帰ったよ。私、なんだか1人でこの街を歩いてみたくなってさ。初めて来たところなのに、どこか懐かしい感じがするの」
「なんだか葵ちゃんみたいだね」
敦志は笑った。
「葵と一緒にいて、いつの間にか葵が移ったのかもね」
「せっかく会ったんだ。お酒でも飲むかい?」
「そうね。そうしよっか」
「春雄には俺から連絡しておくよ。楓ちゃんと2人で飲むって言っても、俺なら許してくれるだろうよ」
「たいした友情ね」
楓はふふっと笑った。
敦志と楓は小さなバーに入った。木目調の落ち着いた内装で、レコードのジャズが流れている。
優しそうな顔立ちをした壮年のバーテンダー(おそらくマスターであろう)がカウンターに立ち、カクテルグラスを拭き上げていた。
敦志はハイボールを、楓はギムレットを頼み、カウンター席の端に座った。マスターは雰囲気を察したのか、話しかけてはこなかった。
「乾杯」と敦志。
「お洒落なところだね」
「先輩が教えてくれたところなんだ。いつかまた来たいと思っていたけれど、なかなか機会がなくてね。どうもありがとう」
「どういたしまして」
楓は笑顔を見せた。
敦志はハイボールに口をつけ、少し間を空けた後、隣に座る楓をちらりと見て言った。
「春雄はお酒強くないから、あんまりいじめないでやってくれな」
「まるで私が酒豪みたいな言い方」
「失礼しました」
楓はギムレットの入ったグラスを僅かに傾け、ゆらゆらと揺らした。
「ねえ。春雄君って、私の事どう思ってるのかな」
「春雄と恋愛の話はほとんどしたことがないんだ。だから実際のところはわからないな」
「なるほど。男の子ってそういうところあるよね」
「なんだってわざわざ俺に聞くのかな? それこそ本人に……」
「あの人、結構繊細よね。だから本心かどうかわからないじゃない?」
「確かに。そうかもしれない」
付き合って2ヶ月にしては、春雄のことをよく見ているな。楓ちゃんにとって春雄はかなりわかりづらい人間だろうに。流石は女の子、ということか。
「私ね。付き合い始めた時は、正直ね、春雄君のことそんなに好きじゃなかったの」
「よくあることだよ」
「じゃあどうして付き合ったのかって、それはあんまり言いたくないんだけどね。でも今は違うの」
「どう変わった?」
「私、春雄君のことを愛してしまったんだと思う」
「なるほどね。あいつは面白い奴だ。別に面白おかしい人、って意味じゃない。わかるよね?」
「もちろんわかるよ。だからね、私も春雄君に愛されてみたくて。でも春雄君は私に心を開かない。春雄君に自覚はないと思う。なんだか無意識に閉じこもってるみたい」
「そうだね。あいつを引っ張り出すのは難儀だよ。時間をかけるしかない」
「うん。ありがとう、敦志君」
「どういたしまして」
春雄、いい彼女を手に入れたな。楓ちゃんは思っていたよりもできた人だ。もっと我が強くて、悪い意味で女の子らしい女の子だと思っていたのだけれど。
もしかすると、春雄が楓ちゃんを変えたのかもしれないな。だとしたら春雄もなかなかのものだ。ああ、なんだか俺が一番成長していないように感じてしまう。
成長か。俺はあと7年しか生きられないのだった。それなら成長する必要なんてあるのだろうか。どうせあと7年で全て無くなってしまうのだから。
だとしても、だとしてもだ。少なくとも音楽は死ぬまで続けてやりたい。音楽だけは、投げやりになってはいけない。投げやりにはしたくない。
趣味でいいんだ。別にプロのミュージシャンになんてなれなくてもいい。けれど、俺の音楽への思いは俺にとって永遠に価値があって。そうだ。その思いは、死んでも消えない。
そしてもうひとつ。俺は。
「楓ちゃん。俺には好きな人がいてね」
「なんだか意外。その言い方だと彼女ではないよね?」
「うん。憧れの人なんだ。だけど俺にはその人のことがちっともわからない。いつかその人に届くのかどうか、不安で仕方ないよ」
「ああ。そうね。私は今日、敦志君の演奏を聴いて思ってたの。なんだ、春雄君にそっくりだな、って」
「はは。凄いな」
「だけどあなたは、春雄君よりも寂しがってる。何かがあなたに足りないのね。あなたのひたむきさがあれば、いつかきっと届くと思うよ」
「ありがとう。優しいんだね」
「私があなたを認めてあげる。応援するよ」
ああ。本当に凄い。この人は、俺の欲しい言葉をここまでいとも簡単に。春雄、楓ちゃんと付き合えてよかったな。
もし優里さんという人がいなかったなら、俺は楓ちゃんに惹かれていたかもしれない。そうなったら春雄とはライバルか。まあ、それはそれで面白い。
敦志はジャズに聴き入るふりをして、さりげなく顔をそらした。そうして僅かなその涙を隠したのだった。




