第23章(春雄)もう少し
「あの、どうしたの? それに、俺の部屋、知ってたっけ?」
「お話でもしようと思って」
「あ、ああ。上がりなよ」
こんなことは今までなかった。葵が俺の部屋に訪ねてきたこと。それどころか葵が俺に会いにくること自体初めてだ。
この1ヶ月、奇妙なことだらけだ。訳の分からない電磁波事故は起きるし、変な夢は見るし、楓さんと付き合うことになるし。
葵は小綺麗なクリーム色のスニーカーを揃えて置き、スタスタと部屋の中へと入っていく。
彼女は落ち着いたグレーチェックのロングスカートに、ベージュのトップスを合わせていた。
「あ、どこでも適当に座っていいよ。片付けてなくてごめん」
「わかった」
葵はそう言うと、ベッドにストンと腰掛けた。
あれ。俺は今、それほど緊張せずに葵と話せている。きっと楓さんのおかげだな。
「葵。コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「紅茶」
「オッケー」
春雄はガタガタと音を立てながら、ティーパックを出し、お湯を沸かす。
それにしてもどうしたのだろう。何か話したいことでもあるのだろうか。まあ1ヶ月前の楓さんみたいなことは絶対無いと思うけれど。
そもそもこんなに狭い所で葵と2人で話したことなんて今まであっただろうか。おそらく、いや間違いなく初めてだ。
「どうぞ。この部屋の場所は楓さんに教えてもらったの?」
2杯の紅茶をテーブルに置きながら春雄は質問した。
「ううん。敦志君」
「ああ、そうだったんだね。ちょうど俺、暇してたんだ。話し相手が来てくれて良かったよ」
煙草を買いに行こうとしていたことなど、もうどうでもいいことだ。
「私」
「うん?」
「私はね、あと半年だって」
「何が?」
「電磁波。私は3月に死ぬの」
半年。
半年だと。嘘だ。そんなに短い宣告を受けたなんて話は聞いたことがない。ほとんどは7年か10年くらいで、俺の3年だって相当に珍しい方だ。
しかも3月なら実際にはもう半年もない。そんな。そんなこと。
「俺は、3年なんだ」
「そっか。ごめんね」
「どうして謝るの?」
「わからない。でも、春雄くんが悲しそうな顔をしてたから」
俺はそんな表情をしていたのだろうか。何にせよ、葵に余計な気を使わせたくはない。それにせっかく来てくれたんだ。明るい話をした方が。
いや、待て。葵はこの話をする為にここに来たのかもしれない。でも、それならば何故俺に相談なんて……。
確かに、同じ高校出身の同級生は他にいない。それに葵の友達と呼べるのは楓さんくらいのものだろう。葵が不安や恐怖を抱えて、誰にも相談できずにここに来たと考えるのは不自然ではない。
「怖い……よな。でも、実を言うと俺はあんまり気にしてなくて……。わかってあげられるかどうか」
春雄の言葉を聞き、葵はぽかんとした表情をしていた。それからふふっと笑い、彼女は言った。
「変なの。私と一緒だね」
「えっ」
「あと半年で死ぬ。でもね、別に私はそれでいいの」
そういうものなのか。だけど俺は。
「俺は、葵に生きててほしい」
「そう言ってくれると思った」
葵はそう言って、何かを思い出しながら続けた。
「あの時、私は春雄くんに救われたの。だから、そのお礼を言いに来たんだ」
「あの時?」
「覚えてないならいいの。それだけ」
「ううむ」
「楓と付き合ってるんでしょう」
「楓さんに聞いたの?」
「ううん。わかるよ」
「ああ。付き合ってる」
ということは、楓さんは何も言ってないのか。付き合うことになってから1ヶ月、楓さんは葵にそれを伝えてない。きっと何か理由があるんだろう。結局、葵は気付いていたようだけれど。
「大事にしてあげてね。多分、もう少しだと思うよ」
「もう少し?」
「うん。楓が春雄くんのことを大事に思ってくれるようになるまで」
「どういうこと?」
「あ、ごめんごめん。きっと今も大事にされてるよね。なんでもない」
そう言って葵はまた笑った。
相変わらず会話が会話にならない。常に葵の言葉の意味を想像する必要があるから。
楓さんはどうやって葵と友達付き合いをしているのだろう。女子同士ならこれが普通なのだろうか。
「じゃあ、帰るね。紅茶、ありがとう」
葵は突然に立ち上がり、春雄が気付いた時にはもうスニーカーを履いていた。
「えっと、ああ、どういたしまして。またいつでもおいで」
「もう来ないよ。楓に悪いから」
葵は口数が少ないから誤解されがちだけれど、こうして人を気づかうことができる。そういえば今日は葵にしては珍しく、随分と話していたな。
「送ろうか?」
「ううん。1人で歩きたいから。それじゃ」
葵は外に出て、ゆっくりとドアを閉めた。
春雄は葵がいなくなった玄関を見る。そうしてそのまま、床にごろりと寝転がったのだった。




