第11章(敦志)あの言葉
敦志は電車に揺られていた。唸りを上げて進む電車の中で、溢れる不安を押し殺すように拳を握っていた。
あと数分で大学の最寄駅だ。春雄にメールを送ったが、全く返信が来ない。おそらく喫煙所か学食棟のどこかにいるだろうが。
SNSを開けば、きっといろんな情報が舞い散っているのだろう。けれども不確かな情報に踊らされて気分が揺れるのが、今は怖い。
敦志はインターネットやSNSを一切開かず、ただじっとイヤホンから流れるジャズを聴いていた。
こうして何も考えないようにしている時はいつも決まって『優里さんに言われた言葉』を思い出す。
ーー気持ちは凄く嬉しいよ。けれど私は敦志君の期待に応えることはできないの。
ーーでもね、もし貴方が変わってくれるのなら、私はその気持ちを受け入れるよ。
ーーだから私が大学を卒業するまでの2年半、たくさん恋愛しなさい。私じゃない女の子の誰かを心底愛してあげて。それでもまだ、私を想ってくれていたのなら、その時は貴方と一緒に生きていくよ。
ーーだって私は、あなたのお母さんにはなれないもの。
あの時の優里さんの言葉は、強く心に残っている。一言一句違わず、今も覚えている。
その言葉の意味を、俺は何度も何度も考えた。しかし彼女の言わんとすることは全くわからなかった。
他の女の子とたくさん恋愛した後なら付き合ってくれる、とはどういうことだろう。お母さんになれない、とはどういう意味だろう。そもそも優里さんは俺に母がいないことなど知らないのに。
それでも、俺は決めている。
優里さんの言葉に従おう。誰かと本気で恋愛をして、そしていつか優里さんの言葉の意味がわかった時、優里さんにもう一度気持ちを伝えよう、と。
敦志は電車を降り、大学の学食棟へと向かって歩いた。
歩きながらスマートフォンの画面を見ると、春雄からメールの返信が来ていることに気付いた。
『学食3階のカフェにいるよ。知り合いの女の子もいるけれど、気にしないだろ?』
確かに気にしないが、春雄が女の子と2人だなんて珍しい。
いや、なるほど。道理で返信が遅いわけだ。女の子と2人きりになってそわそわする春雄の姿が容易に想像できる。
それにしても知り合いの女の子なんて春雄にいただろうか。葵ちゃんくらいしか思い浮かばないけれど、葵ちゃんならわざわざ知り合いの女の子とは言わないだろう。
いずれにせよ、カフェに行ってみるしかないな。
ベーカリーカフェに着いた敦志は、春雄の姿を探した。すると窓際のテーブル席に春雄と女の子が座っているのを見つけた。
「春雄、おはよう。電磁波、どうなってる?」と敦志は早口で声をかけた。
春雄は敦志を見て、空いている椅子を引きながら言った。
「やっと来たか。とりあえず座りなよ」
「うん」
敦志は荷物を置いて座った。
「私は楓。葵の友達だよ。敦志君よろしくね」
楓はにこっとした笑顔を見せた。
「はじめまして。なるほど、葵ちゃんのお友達なんだね」と敦志。
「それにね、私、秋山君と優里さんとも同じイタリアンでバイトしてるの。だから敦志君の名前は知ってたよ」
「驚いたよ。今初めて会うのが不思議なくらいだね、楓ちゃん」
世界は狭いな。でも、今はそれどころじゃない。
敦志は続けて、春雄に質問した。
「それで? 何かわかったことはあった?」
「さっきから定期的に同じ内容の学内放送が流れてるんだ。たぶんそろそろまた流れるからそれを、おっと」
春雄がそこまで言ったところで、学内放送が流れはじめた。
『おはようございます。今朝、当大学近隣の研究所から電磁波が発生する事故が…………』
やはり本当に大変なことが起きているんだ。どうしよう、どうしよう。
今まで気付かなかったけれど、周りの学生達の雰囲気が普段と違う。みんなガヤガヤと話をしているが、どこか緊迫した感じだ。
「なあ、なあ、どうしよう。俺も、みんなも、どうなるのかな。大丈夫なのか」と敦志。
春雄は敦志の目をしっかりと見て、言った。
「俺もまだわからない。でも、放送の通りなら午後には診断所が設置される。どうも4号館のすぐ横らしい。とりあえず午後になったらそこに行こう。医師や専門家が来てくれているんだと。きっと大丈夫だ」
「とりあえずそこで診てもらってからだよね。うん。わかった。大丈夫、ありがとう」
敦志はそう言った。まるで自分に言い聞かせるように。




