父の稽古
「リヒト、剣を初めて握った時にテンションが上がるのは父さんもわかる」自分の話に頷きながらグウェンは続ける。
「だからと言って、いきなり斬りかかるとかはしちゃいけない。わかるか、リヒト?誰にだって初めてはある。ただ、いきなり斬りかかるヤツは言葉が交わせる以上、余程のことがない限り、魔族領ではありえないので覚えておけ。あと、今日の訓練はもうしない!!!素振りだけ500回やれ、以上!!!」とグウェンは最後の方は早口で去っていった。
俺は足を崩して立ち上がり、膝についた土をはらいながら先ほどの剣筋を思い返していた。
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稽古は中天(正午)を過ぎた頃に始まった。ちなみにこの村の季節は初夏前の良い季節から変動していない。
「リヒト、この木剣使えるか?」とグウェンがヒョイと投げて渡された木剣は、俺の背丈くらいある。持った感触は『もっと短いものなら手に合う』という確信めいたものだった。
「父さん、これだと僕はうまく使えない。もっと短いのある?」と答えると、父は嬉しそうに短い木剣を投げてきた。多分、試していたのだと思う。再び投げられた木剣は握りも浅く、子供用、というかまるで俺用に仕立てられたような出来だった。
「これ、お父さんすごいね!!!僕にぴったりだよ!!」と声をかけて巫山戯て父に首から袈裟斬りにかかる。
「ぬぉ!!!!ってリヒト待て!!」と何故かグウェンは刃引きしているものの、金属の剣で俺の木剣を受ける。なるほど、防御して太刀筋をみてくれるのか。グウェンは相変わらずやさしい。
袈裟斬りを止められた木剣の腕をたたみ、左切上を試みる。これをグウェンは難なく弾き飛ばす。やはり、6歳の体重だとスピードはともかく弾かれるほど軽い。そこで弾かれた勢いのまま背を見せ、左足を軸に目潰しになればと地面の小石もおまけ程度に蹴り上げながら唐竹を狙い飛んだ。
「ちょ、ちょぃ!!!!ちょーーーーい!!!!こぉのクソ餓鬼」と俺の唐竹を刃引きした剣を水平にして受け止めたグウェンが空中にいる俺を蹴飛ばしていた。結構ないきおいで草むらまでふき飛ばされた。
それからが先ほどの説教につながる。自分が思った以上に身体が動いたし、剣の動き方もスキルのおかげで今世の俺は分かるようだ。ただ、感覚が優先しすぎていて考えるよりも動物よりの動作にみえる。もう少し洗礼された所作でいたい。
それにしてもグウェンの説教に出ていた現行の魔族領ルールの説明と、今日の訓練が放置プレーになったのはありがたかった。特に『いきなり斬りかからない』という暗黙ルールがある以上、やはり魔族領は魔獣の要素を除けば(これが大きな要因だが)治安が良いように思える。人族のルールだと盗賊とかは当然弓矢で不意打ちはあり得るだろう。
あと、シュエルから教わったのは、『一般的な魔族』についてだ。人型というよりも言語としてのコミュニケーションが成り立つもの、という意味合いが濃い。だから、種族もゴーレム、リザードマン、高位のアンデッド系(マミー、リッチ等)、ヴァンパイア、ダークエルフ等々と数えきれない。
逆に魔獣はゴブリン(やっぱり人と話せないのかよ!!)、オーク、イグル(大型イノシシの名称)、ウォーウルフ等々になるようだ。これらは各々でコミュニティ(集落)を作るから魔族扱いになりそうだが、他の種族と交流できないとダメらしい。
不思議なのはフェンリルやドラゴンも魔族ということと、オークもジェネラルクラスだと魔族になるみたい。もちろん、お会いする機会は無いと痛恨に思っている。
いろいろなことを考えながら剣をなぞった。左から右へ、右から左。上から下、下から上。グウェンとの少ない攻防(一方的に打っただけだが)での無駄な処理や良かったところ。いつの間にか時間は経っていて、「リヒト、夕飯よー」とシュエルの声が遠くから聞こえた。