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花咲く都のドールブティック  作者: 冬村蜜柑
真白い輝きの冬の章
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君の行く道に幸あれと(その二)



 巨木の一枚板を磨き上げたらしい大きなテーブルの上には、白い薔薇が生けられた美しい花瓶、繊細な絵付けが施されたティーセットの一揃い、紅茶が入っているらしい缶がいくつか、この時期には貴重なみずみずしい生のフルーツを何種類も使ったタルト、ふわふわの真っ白生クリームで彩られたケーキ、焼き立てらしいスコーン、宝石のように真っ赤なゼリー、一口で食べられるような小さなチョコレート菓子、それに白パンが使われたきゅうりのサンドイッチと卵のサンドイッチ……ざっと見ただけでもこれだけ載っていた。


 メルは目を丸くする。

 マナフ・アレンはこれからどなたかとお茶会の予定だったのだろうか。

「どうにもこうにも若いお嬢さんが何を好んで食べるかわからなくてな、お茶の用意が多少大げさになってしまった。驚かせてしまった……ようだな」

「えっ……」

 思わず驚きの声も出ようというものだ。

 この豪華なお茶の用意はメルのためのものらしい。

「ええと、あの、私はお預かりしていたリンネメルツェ嬢とドールドレスをお届けに来ただけでして」

「ならば、ドールドレス職人としてではなく、個人的にこのお茶会に参加してもらえないか……俺は君と話がしたいんだ。君にはどうにも不思議な縁を感じるのだよ……たとえばそう……お嬢さん、お前さんには他の人には見えない存在が見えていたりしないかい?」


「……!!」


「……さぁどうぞ、好きな席にかけてくれたまえ。話をしようじゃないか」 


 その言葉に、メルは手近な椅子に滑り込むように腰掛ける。

「では、お茶にしようか。あぁ、俺の淹れる茶はまずいまずいと親戚一同から不評なんで、そちらで茶を淹れてくれるとものすごく助かる」



 そして、マナフ・アレンは語り始める。

「俺にその存在……リンネメルツェが見え始めたのはまだ十歳にもならない頃だった。最初は夢の中に出てきたんだ。だがその夢は何度も続いた。彼女はいつもどこかもわからない泉のそばで、ぼんやりと水面をながめているだけだったが、俺はすぐに惹かれてしまったよ。名前を名乗ることもない彼女にリンネメルツェという名前をつけて、起きているときも彼女のことを考え続けていた。そんな日々が一年ほど続いた頃だろうか――彼女が現れたんだ。夢の中じゃない、現実の世界に姿を見せたんだ。彼女は他の人には見えないし声も聞こえない存在だった。俺以外の人々に触れることもできないようだった」


 ……白と同じだ。

 もちろん、マナフ・アレンとリンネメルツェは、メルと白との関係とは異なる部分もあるのだが……だが、かなり近いのではないだろうか。

「俺はリンネメルツェの存在を周囲に知らせようとした。絵を描いたのも、元はといえばそのためだった。だが否定された、それは夢の中の存在にすぎないと」

 ……メルにも、覚えがある。

 周囲の人に白のことを教えたのに、否定されて馬鹿にされて……。

「それでも俺はリンネメルツェに惹かれる気持ちを止められなかった。生まれ育った家を追い出されても、俺は彼女の絵を描き続けた……廊下にあったやつも、そのうちの一枚だ」


 そこでマナフ・アレンはティーカップをとって、紅茶を一口だけ飲んだ。

 この紅茶は先程メルが淹れたものだった。

「だが」

「……何かあったのですか」

「あぁ、リンネメルツェは次第に、俺には見えなくなってきたんだ。……今ではもう、見ることはまったくできない。最後に見たのはもう何年前になるか……」


「そんな……じゃあ」

 白も、いずれはメルに見えなくなってしまうということか。

 物心ついたときから一緒の白が、いなくなる……?

 メルは思わず背後を見た。そこに白は居ない。当たり前だ、今日はついてきていないのだから。

 しかし、ふとメルは年末に見た夢のことを思い出す。

 ……いずれ、リンネメルツェがメルの現実にも姿を見えるのだろうか。


「俺の話は、まぁ……これだけだ。次はお嬢さんの話を聞かせてくれや。あぁ、もちろんタルトもケーキもスコーンもどんどんいってくれ。せっかくこんなにあるんだ」

「……はい」

 ここまで話してもらったのだ。メルとて白の存在を隠すつもりはなかった。

「私は物心ついたときから、他の人には見えない存在がずっとついていてくれました。私はいつの頃からか、その子に“白”と名前を付けていました。……彼……いえ彼女かもしれませんが、その存在は真っ白な髪に真っ白な衣服だったから」

「なるほど、リンネメルツェとは違う存在か」

「……だけど、マナフ・アレン様とお話をしたためでしょうか、年末に……リンネメルツェと思しき存在が夢に出てきました。……いえ、その前に一度、彼女は私の夢に出てきていましたね」

「ふむぅ……」

 マナフ・アレンは片手で頭を軽く抱えた。

「わからん、わからんが……俺から君に言えることは」

「なんでしょうか」


「君の行く道に幸あれと、ただこの言葉を贈らせてもらいたい……きっと、これから君の道には様々な困難が待っていることだろう、だが、同じぐらいに幸せが待っていることを俺は願う」


 メルは目をなんどか目をぱちぱちさせた。

 そして。

「ありがとうございます」

 社交辞令でもなんでもなく、するりとその言葉が出てきたのだった。



「さぁて、ではドールブティック茉莉花堂の職人どのが作ったドールドレスを見せてもらうとしようか!」

「……はい、こちらにございます」


 空気を切り替えたマナフ・アレンに合わせて、メルもサイドテーブルに置いていたドールトランクに手をかける。

 今回作ったドレスは、シャイトとメルの自信作だ。

「こちらのドレスの銘は……」


 と、その時だ。

 ノック音とほぼ同時に、部屋の扉が開いた。

「大叔父上、こちらにいると執事に聞きまして……ん?」

 なぜだろうか、とても聞き慣れた声がする。

 慌ててメルが振り返ると、そこには……ジルセウスが、メルの愛しい人が、いた。

「あぁ、うん、ここにいるぞ。まぁ客をもてなしてた最中なんだけどな。お前も同席するか? ドールブティック茉莉花堂のドールドレス職人どのだぞ……っくくく」

 マナフ・アレンのセリフは笑いをこらえきれていなかった。


「「はめましたね?」」


 メルとジルの声が同調する。


「はめてねぇよ! ただジルが夢中になってるっていうお嬢さんの顔を見るついでに、こう、デートの場を俺がセッティングしてやろうという親心でな」

「そういう事をはめたというんです!」

 ジルセウスは珍しく声を荒げている。

 このマナフ・アレンの前では彼ですら素直になれてしまうのかもしれない、とメルはのほほんと思った。




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