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花咲く都のドールブティック  作者: 冬村蜜柑
秋色なる舞姫たちの章
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秋色の茉莉花堂(その二)



「ごきげんよう、本日もお邪魔させていただきますわね」


 ぶどう色の美しいドレスを纏って現れたのは、すっかりこの店の常連客となっているファイデア子爵夫人。それに令嬢のミウシアも来ていた。


「今日はおばあさまもご一緒なのよ! おばあさま、早く早く!」

「あぁ、そんなに急かさないで。まったく、おてんばに育ってしまって……」

 まだまだこの国でも珍しい、眼鏡という視力を矯正するための道具をかけている老婦人は、のんびりと茉莉花堂のドアをくぐり、それから店内をゆっくりと見回して、何度かまばたきをしてから口を開いた。

「まぁ……話には聞いていたけど、本当に何もかも小さくて、何もかも愛らしいお店だねぇ……。私の娘時代にこんなお店があったなら、自分のドレスそっちのけでドールのドレスを仕立てさせただろうねぇ……」



 ファイデア子爵家の大奥様は、目をきらきらさせながら、同じように目をきらきらさせている孫娘のミウシアと一緒に、それほど広くない店内をすみずみまで見て回っている。

 そのミウシアの腕には、いつもと同じように、彼女の祖母――つまりファイデアの大奥様から譲り受けたドールであるプリシラがしっかりと抱かれていた。


「ねぇ、おばあさま。おばあさまもまたドールを“お迎え”されてはいかがかしら?」

「そうだねぇ……こっちの子なんかは、小さくて手のひらにのるようだし……けれど老い先短いから、ねぇ」

「おばあさま、もう、そんなことおっしゃらないで!」

 ぷりぷりとリボンを結んだ頭を揺らして怒るミウシア嬢。


 ちょっと離れたところで控えていたメルの目から見ても、ファイデアの大奥様は背筋がピンとしていて、肌は貴族夫人特有の白さと美しさを保っており、どこからどう見ても、どう考えてもお迎えが近いようにはとても思えなかった。

 ファイデア子爵夫人がメルにそっと教えてくれた情報によると、大奥様は数年前に夫を亡くし、いまは都から離れたところにある屋敷で暮らしているらしい。園芸が趣味で、大きな庭で花を育てながら、昔からずっと憧れだった農園に近いところで過ごしたい、と一人(もちろん使用人たちに囲まれて)暮らしているのだとか。

 若さの秘訣は程よく体を動かすことかもしれない。



「そうだねぇ……この子たちなら、上着のポケットに入れてどこにでも連れて歩けるし、良いかもしれないわねぇ……」

「そうよ、おばあさま」

 えっへんと胸をはって「おばあさま」に次々とドール本体や靴や帽子、それにドレスを勧めるミウシア。


 今日は店員としてのメルの出番はあまり無さそうだ。


 メルは商談用テーブルに、ファイデア子爵夫人のために小さなドール靴の新作をいくつか出してから、一言断りを入れてから台所にひっこんでお茶を淹れる。


 ナイフで切れ目をいれた林檎と甘いものタルトを大皿に、テンプールベルを濃い目に入れた紅茶のポットと、温めたミルクと、茶器とを大きな木製トレーに載せて戻ってきたときには、早くもファイデアの大奥様はどのドールをお迎えするかしっかりと決めたようだった。

「お茶を淹れてきました。お茶請けもございますのでごゆっくりどうぞ。本日は林檎と甘いものタルトですよ」

 するとファイデアの大奥様はいっそう目を輝かせた。

「まぁ……私、甘いもは大好きなのよ。今年も庭で育ててしまったぐらいに、好きなの。さっそくいただきましょうかねぇ」

「ここでいただくお菓子と紅茶は格別なのよおばあさま」

 常連客にそう言われてしまっては、メルもこの店の店員として嬉しくなるというものだった。



「どうぞ、紅茶はテンプールベルです。ミルクティーでどうぞ」

 自分の前に差し出された濃い色の紅茶と、ミルクの入れ物を交互に見てファイデアの大奥様は感心したように頷いている。

「美味しいものを、美味しい方法でいただくことをきちんと知っているんだね、店員さん。なるほどたしかにお前たちが言うとおりに、本当にここはいい店だねぇ」

 前半はメルに向けて、後半は自身のの息子の嫁と孫娘に向けてだった。

 メルは褒められたことに対して、にっこりと最高の笑顔を返した。



「そういえばこちらの店主どのは今、席を外されているのかね?」

「えっと……茉莉花堂の店主……ですか?」

「そう、せっかくだしご挨拶したいと思ったのだけど……」

 ミルクティーを上品に一口のんだファイデアの大奥様が言い出したのは、メルにとっては意外なことだった。

 その言葉の補足をしてくれたのはファイデア子爵夫人だ。

「そう、茉莉花堂の店主どのですわ! なんでも、東方風の神秘的な黒い瞳に長い黒い髪の殿方だそうですわね。社交界では店主どのをちらりとでも見かけることができれば、幸運が訪れるという噂――」

「……どういう噂ですか、それ」

 思わず、口に出して言わずにいられなかった。

 あまりにもシャイトが表にでないことから立った噂なのだろうが、それにしても見かけるだけで幸運が訪れるって、まるでなにか神秘の生物扱いだ。

 ちらりとシャイトが今も作業しているのであろうカウンター奥のカーテンの向こうを見て、出て来る様子が無いのを確認する。

「とりあえず、幸運は訪れないと思いますよ……。それに、うちの店主は、その、あくまで職人なので、出てきたとしても挨拶とか、とてもさせられませんしできませんし……」

「そうかい……残念だねぇ」

「残念ですわぁ……」

「残念……」


 ファイデア家の女性たちが皆一様に、心の底から残念そうにしているので、メルは思わずカーテンの向こうを軽く睨まずにはいられなかった。






「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

「こちらこそ、ありがとう」


 ファイデアの大奥様たちは、それぞれのドールをしっかり抱きしめて馬車にのりこむ。

 もちろん、メルの勧めで靴やドレス、アクセサリーなどの品もしっかりばっちり購入していった。


 馬車が遠ざかっていくのを、眺めて……そしてその姿が完全に見えなくなると、メルは店内に戻ってシャイトの居るカーテンを勢いよく開ける。

「シャイト先生、聞いてたんでしょさっきの話。いい加減本格的に珍獣扱いになる前に、ほどよくお店に顔をだすようにしたらどうかな」

「……断る」

 話を終わらせるためにと、昼食を食べるために、シャイトはさっさと自分の作業スペースを後にしてしまった。

 接客していてすっかり忘れていたのだが、もうとっくにお昼ごはんの時間を過ぎていた。

 メルもお昼ごはんを食べるため、シャイトを追いかけるようにして店の奥に歩いて行く。


「もう、このままじゃ先生の作業が見世物になる前に、先生本人が見世物になっちゃうよー?」

「さすがに、ならないから安心しろ……」 





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