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花咲く都のドールブティック  作者: 冬村蜜柑
初夏の涼風の章
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朝に吹く涼風



 それは、星降りの湖アルフェンカそばの別荘地での滞在にも馴染んできたとある日のこと。


「んっ……と」

 いつもの朝のようにメルが目覚めて伸びをする。と、枕元には白がちょこんと座っていた。

「おはよう白、何してるの?」

「おはようメル。……えっと、メルをデートにお誘いしたくて起きるの待ってたの。身支度したらお外にお散歩行こうよ」



 メルは洗面を手早く終え、コルセット無しで着ることのできるすとんとしたラインのワンピースドレスを纏い、すこし厚手のストールを肩にかけて、早速屋敷の外へ出た。



 湖は今日も穏やかで、その蒼い水面は湖のずっと奥深くに沈んだ苔むした巨木さえもはっきりと見えるほどに澄んでいた。

 空は、ピンクが混じった紫色と濃い青色で、周囲には薄く霧がかかっている。

 木々は朝の光を浴びて、いきいきとその緑を輝かせていた。


 そんな美しい風景の中を、白と二人で歩いているとなんだか自分もおとぎ話に出てくる精霊姫にでもなったような気分だった。



「あ、メルちょっと隠れて」

「どうしたの、白」

「ほら、あれだよ」

 木陰になるところにメルをひっぱって、白は進行方向の少し先を指差す。

 薄い霧の向こう。そこには、ウルリカとテオドルの姿があった。


 ……テオドルはウルリカの前で跪き、片手を差し伸べていた。

 これは、これはまさかの……?

「結婚の申込み……?」

「メル、声が大きいよ。もうちょっと低く」


 ウルリカは、少しの間だけ迷って何かをテオドルと話していた。

 そして

 

 ウルリカはテオドルの手を取った。



「おー」

 白は思わず、と言った感じで音のしない拍手の動きをしていた。

 メルはそんな白の袖を引っ張る。

「別荘に戻ろう、白。ちょっとやりたいことができちゃった」

「やりたいこと?」

「そう」

 応えながら、木々の間を走り抜ける。

 とにかく身体を動かしたかった、指を、針を動かしたかった。


 あの一家のために、メルが今つくれる最高のドールドレスを作って祝福したいと思ったのだ。






 それから数日後。


 メルはマギシェン家の全員……つまりシグルド、アリア、ウルリカ、テオドルの四人が集まるお茶会の席に居た。

 侯爵夫人のドールであるヴィクトール……いや、ヴィクトリアのための服が何着か完成したので、そのお披露目をしたいと申し出たところ、一家のプライベートなお茶会に参加することになってしまったのだった。ということで、もちろんヴィクトリアも出席している。

 本来はドール服を作った本人であるシャイトも招待を受けていたのだが、当然のようにあの師は欠席をしてくれた。



「……この服の銘は『薫り高き花』と言います。薔薇のような鋭さ美しさをイメージした服ですね」

 大きなテーブルの上に、靴や帽子なども一式そろえた少年もののドール服を並べてコーディネートを見せるたび、マギシェン家の人々からはため息や歓声がもれた。

 特に、ドールの持ち主であるアリアからの反応は大きかった。

 侯爵夫人アリアは長いこと『薬』を使われていたことも有り、まだまだ安定しない精神状態ではあるが、ベルグラード男爵がよい医者を紹介してくれたのだった。きっとそれほど遠くないうちに、状態はよくなるだろうとの男爵の見立てだった。



「茉莉花堂の店主が手がけたドール服は以上です……そして、これは私から皆様へのお世話になったお礼のようなものです。私が勝手につくったものですので、この分の代金はいただきません」

「ほう?」

「まずは見ていただけますでしょうか」


 そしてメルはテーブルの上に『それら』を並べてゆく。

 侯爵家の人々の表情は、驚きに満ちたものであった。


「これには『朝に吹く涼風』という銘をつけました。これは始まりの朝を祝福する、清浄なる風です」

「これは……」

「いかがでしょうか。……といっても、こうして並べているだけではわかりにくいかと思います。ですので、実際に着て頂きたい思うのですがいかがでしょうか」

 その言葉に応えたのは侯爵本人だった

「いいだろう、ここの続き部屋をつかいたまえ」

「ありがとうございます」



 メルはヴィクトリアを丁寧に抱いて、使用人に扉を開けてもらって続き部屋にはいる。

 そして、続き部屋の机の上にヴィクトリアを座らせ、メルは優しく宣言する。

「さぁ、ヴィクトリア様。お召し替えの時間ですよ」





「お待たせしました。皆様方」

 メルはお茶会のテーブル上に、着せ替えを終えたヴィクトリアを立たせ、小物類を整えた。

「あぁ……ヴィクトリア……」

 侯爵夫人の涙まじりのため息。


 

 それは、ドレスだった。


 ヴィクトリアの纏っているのはまごうことなき女性ものの『ドレス』だったのだ。

 真っ白の儚く溶けるような薄いモスリンで出来ていて、エンパイア・スタイルと呼ばれるかたちをしていた。

 首には白いレースのチョーカー。襟ぐりの大胆にも大きく開いた四角いスクエアネックはとても小さな白のレースで縁取られている。

 袖は小さくぷっくりと可愛らしく膨らんだ半袖のパフスリーブ。その短い袖にあわせた、二の腕まである白い長手袋がとても上品な印象を与える。

 胸元にはやはり白いレースを飾りつけ、胸の真ん中にはレースを結んだリボンの飾りが。

 エンパイア・スタイルは胸のふくらみのすぐ下がスカートとの切り替えだ。この部分は木の葉のような形が連なった白いレースで覆われている。

 ペチコートも何もつかわず、すとんとしたスカートの上布は中央で割れる形となっており、その下のアルフェンカの湖のような蒼い色の布地がのぞくようになっている。

 わざと短めにした裾からは、ピンクの靴が見える。これは花咲く都の職人が手がけた一点ものの靴だった。

 腕には精密な白刺繍の施された白く柔らかな長いストールをかけた。

 そして帽子。これはヴィクトリアのショートヘアをカバーするように、白い色で広いつばをもつボリュームのあるボンネット帽だった。薄いピンクの造花が飾られていて、濃いピンクの太いリボンで結んで固定するようになっている。



 


「……いかがでしょうか」

 充分な間をおいて、メルは問いかけた。

 侯爵夫人アリアがぽつり、ぽつりとつぶやく。


「あの子には」

「母さま……」


「あの子には、こんなドレスを着せてやれなかった。本当はもっと、可愛いドレスを着せて、長い髪を編んでやって、一緒にお人形遊びをして、そして」


 とうとうアリアの瞳から涙がこぼれ落ちる。

「そして恋をしたあの子を送り出したかったのに、どうして、私」


 アリアはすすり泣く、だが誰もその涙を止められない。なぜなら、シグルドもウルリカも、テオドルも涙を浮かべていたからだ。


「許して、許してヴィクトリア……生きている間は、本当の名前ですら呼んであげられなかったお母さまを許して……」


 

 アリアは泣いた。

 だがその涙は、きっとこの家族にとっては未来という名の苗木にかけられた水に違いなかった。




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