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花咲く都のドールブティック  作者: 冬村蜜柑
初夏の涼風の章
27/88

今日の茉莉花堂は(その一)



 大陸西北部、花の国ルルドの王都、花咲く都とも呼ばれるルルデア。


 そこに走る無数の道の一つに、収集家小路と呼ばれる小さな通りがあるのだが、その中の一見平凡な店構えにも見える建物がある。

 掲げられた看板には ドールブティック茉莉花堂 と言う文字。

 窓を覗き込めば、大小さまざまのドールに、ドールのためのドレスや帽子や靴やアクセサリー……そういった品ばかり見れることだろう。


 そして、その店で忙しく働く少女の姿も、見れることだろう。





 

「七月にはいると、さすがに暑くなってきますわねぇ」

「そうですねぇ、わたくしなんてこの体型なので真夏はそりゃあ辛いですから、今年こそ少しぐらい涼しい夏であってほしいのですけど」

 言葉ほど暑そうでもなくゆったりとレースの扇子を動かす口元のほくろが色っぽいすらりとしたファイデア子爵夫人と、ハンカチで顔に流れる珠のような汗を拭くややふくよかな体型のベルグラード男爵夫人。

 この二人はそれぞれの娘を見守りながら、茉莉花堂の奥にあるテーブル席で世間話に興じていた。


「本当に、こんな暑い中の来店ありがとうございます、子爵夫人、男爵夫人。冷たい紅茶でもいかがですか?」


 奥から、紅茶のはいった茶器を盆に載せて持ってきたのは、この店の店員であり、新米ドールドレス職人でもある金髪の少女メルレーテ・ラプティ。彼女は今日は、白と紺のセーラーカラーのドレスを纏ってとても涼しげだ。

「お紅茶、いただきますわね」

「いただくわ。もうね、汗をかいてばかりで喉がかわいてしょうがなくて、助かるわ」

 冷たい紅茶は、紅茶を淹れてから冷ましたのではなく、水に紅茶の葉を入れてじっくりと冷気の力を持つ魔術具の中で冷ましたいわゆる水出し紅茶だ。冷めた紅茶と違い、味はもちろん、香りは温かい紅茶にもひけとをらないほどに豊かなのだ。

「お茶請けも今、持ってきますね」

「あら、今日はどんなお菓子かしら、楽しみですわ」

「お菓子はいつでもなんでも大歓迎よ。たださすがに今日の場合は熱々のクレームブリュレとかではないほうが嬉しいわ。もちろん涼しいときのクレームブリュレなら両手をあげて大歓迎するのだけれど」

「ふふ、今日は冷たいお菓子ですよ。とっておきです」

 ハンドバッグから取り出した二枚目のハンカチで汗を拭きながらのベルグラード男爵夫人ににっこりと笑みを返し、店の奥にある、厨房……と呼ぶにはちょっと、いやかなり小さくて庶民的な台所へ再び向かう。


 冷気の魔力で食べ物を冷やすその魔術具の中で『それ』はいい具合に冷えていた。

 メルは大きなナイフを取り出して『それ』に切り目を入れ、それぞれの小皿にはまだ盛り付けないまま、持っていく。

 お菓子は分ける前の姿のほうが見た目が良いと、メル個人は思っているので、こういうお菓子はあえてホールのまま持っていくことにしているのだ。


「お茶請けをお持ちしました。今日はサマープディングです」

 テーブルの中央にその皿を置くと、まるで大輪の花がぱぁっと咲いたかのような華やかさがあった。

 サマープディングはパンを使ったプディングの一種だが、色とりどりのベリーソースで赤紫色に染まり、そして生のままのストロベリーやブルーベリーやラズベリーがこぼれ落ちるほどに飾られた、見た目がとても華やかな菓子だ。

 この色鮮やかで華やかな菓子に、さらに生クリームとベリーのソースで追い打ちするのが茉莉花堂流……というよりメル流の食べ方であった。

 とろり、とろり、と目の前でかけられていく生クリームの白さが、サマープディングの赤紫を染めていく様は、二人の貴婦人の目も心も捉えて離さない光景だ。

「どうぞ、茉莉花堂では夏限定のサマープディングです。召し上がって下さい」

 切り分けたサマープディングをお皿に盛り付け、それぞれの前に出すと、ごくり、と唾を飲む音さえ聞こえるようだった。

「これは、美味しそう……いえ、絶対美味しいですわね。口の中がもうすでにベリーの甘酸っぱさに満たされてますわ……いただきます」

「これは素敵なお菓子ですね……では、早速……」

 二人がもどかしげに、それでも貴族らしい優美な動作でフォークを持つと、口の中にベリーソースたっぷりのサマープディングを運び入れた。



 二人の貴婦人がサマープディングをお上品な所作で、しかし実に美味しそうに食べている間、それぞれの娘達はまだまだ茉莉花堂の夏の品物を見て回ることに夢中になっていた。


「ミウシア様、メアリーベル様、冷たいお茶とおやつはいかがです?」

「んー……すごく頂きたいですけど、あとでにします」

「そうね、私も後でにするわ。メルお姉さん」

 ほとんど上の空での返事だが、それも仕方がない。なんてったって、二人は夏の避暑地に遊びに行くときのためのドールドレスを選んでいるのだ。この魔力の前には、よく冷えた甘酸っぱいサマープディングも香り高い水出し紅茶もかなわないというものだろう。


「ええっと、これがお茶会のときのドレスでしょう、これがちょっとしたパーティのときのドレス、これが野外に遊びに行くときのドレスで……うーん、室内でくつろぐときは……どんなドレスがいいかしら……メアリーベル、あなたの方は決まったのかしら?」

「私の方は、合わせる小物を選んでいるところだよ。どんなドレスがいいか迷っているならメルお姉さんに聞くといいんじゃないかな。だってメルお姉さんはここの品物のことならなんでもよーく知っているもの」

「それもそうね、えぇと」

「ふふ、お呼びですか?」

「えぇ、うちのプリシラに合うドレスを見立ててほしいわ。室内でくつろぐとき用のドレスと、あとはナイトドレスなんかをね」

 まだ八歳と幼いのだが、ちょっとおしゃまで大人びた子爵令嬢ミウシア。彼女の愛するドールは身長三十センチほどで子供のような体型をしているのが特徴だ。髪はくりくりとカールした濃い茶色で、瞳ははしばみ色をしている。もともとは彼女の祖母が子供時代に遊んだという歴史あるドールだ。

「今度の避暑にはプリシラを譲ってくださったおばあさまもいらっしゃるのよ。そのときプリシラの様子もお見せするつもりなの。だから室内用ドレスやナイトドレスといえども気は抜けないわ」



「なるほど、それは確かに。では……くつろぎの時間のための室内用ドレスはこういったものはいかがでしょう」




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