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花咲く都のドールブティック  作者: 冬村蜜柑
外伝の章その一
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茉莉花堂のできた日(その一)

今回は、少しだけ過去のお話です。



「メルちゃん、メルちゃん、お願いがあるのだけど」


 とてもゆっくりした扉をノックする音のあとに、そんな声が聞こえてきた。

 ちょっとしわがれたあの声は、オルネラだ。

 ドールドレス職人見習いメルレーテ・ラプティは、針をピンクッションにちゃんと戻してから、扉を開けるために席を立った。




「悪いねぇメルちゃん、今日もお店番手伝ってもらっちゃって」

 老婆オルネラは、もともと深い目尻と口元のシワをもっと深くしてにこにこしながら、自分の孫よりも若い少女メルレーテに話しかける。

「大丈夫だよ、それよりオルネラおばあちゃんのお店のカウンターこんなに占領しちゃって本当にいいの?」

 メルは店の奥のカウンターで、裁断した生地と生地を針で縫い合わせながらオルネラに応えた。カウンターテーブル上は裁断した布が広げられていて、本人の言うとおり、結構場所を取っている。

「あぁ、いいのいいのよ。本当、メルちゃんが来てくれて以来助かるわ。シャイトくんはかわいくてやさしい良いお弟子さんをとったわよねぇ」

「うーん、良い弟子なのかなぁ。昨日も課題だったドレスの襟をつけ間違えて、シャイト先生に怒られたけど。もう弟子入りして半年も経つのにどういう間違いしてるんだー……ってさ」

「あらあら、シャイト君はそれは教えがいがあるわねぇ、やっぱりいいお弟子さんよ、メルちゃんは」


 ここは魔術具のお店、その名も『琥珀のランプ』という。

 店主はオルネラという元冒険者の老婆で、都の冒険者の中では今でもちょっと有名な存在だ。

 そのオルネラはベオルークの家についている店舗を、ベオルークの父親の代から借りて店を営んでいた。

 なんでも、ベオルークの祖父の代ぐらいには自分たちで人形を販売するための店を経営していたが、ベオルークの父は祖父と違い人と話すのが苦手で、商売向きではなかったために信用できる人物――つまりオルネラに店舗を貸すことにしたらしい。

 オルネラは、住まいは近くに自分の部屋を借りて暮らしているが、昼食はメルたちとベオルークの家で一緒になって食べるし、キッチンで一緒にお菓子を作ることもある。

 メルにとっては家族……新しい家族の一員に近い存在だった。


「それにしても、最近眠たくて仕方がないのよ。これも年だからかしらねぇ……身体もあちこち痛いし思うように動かないし」

「オルネラおばあちゃんは逆に動き過ぎのような気もするけど」

 言葉通りだった。メルが心配になるほどに、オルネラは店内のテーブルをせっせと磨いたり、棚の高いところの整理をしたり、在庫を出してきたりとひとときも休まずによく動いて働いている。

「ほほほ。昔はこれでも冒険者だったからねぇ、動いてないと落ち着かないのよ、とはいえ、最近は都の空気も合わなくなってきちゃってねぇ」

「空気が?」

「そうなのよ、空気。どうにも苦しいからお医者に見てもらったらね、長生きしたかったらもっと田舎のいい空気のところに引っ越すべきだっていうのよ」

 オルネラは立ち止まり、ふぅ……とため息をつく。

「農村に入り婿した息子もね、そろそろ一緒に住まないかって言ってくれてるのよ。息子は小さい頃あまりかまってやれなかったから、ねぇ、ここらで親孝行させてやるのもいいかと思ってはいるのよ。それでベオルーク君やプリムローズちゃんにも相談はしてみたの」

 もうひとつ、ため息。

「それじゃ、このお店はたたんじゃうの?」

「寂しいけれど……田舎に行くとすると、そういうことになるねぇ……次はどんな人がここを借りるんだか……」

「……」

 メルはしばし呆然としていた。

 オルネラおばあちゃんは、もうずっとずっとずっと、これから先もベオルークの家に居るものだとばかり思っていたのだ。

 それだけではない、このお店もなくなって、多分他の人が入ってくることになる。次の人がオルネラおばあちゃんのような人だとは限らないし、『琥珀のランプ』のような居心地のいいお店だとも限らないのだ。

「……寂しいね」

「そうねぇ……それでね、ベオルーク君に提案してみたいと思うのよ……。ここを昔みたいにお人形さんのお店にして、シャイト君を店主にさせてはどうかって」





「あぁ、たしかに爺さんの代はそうだったらしいが」


 あらかた皿の中身が片付いた夕食のテーブルには、五人がそろっていた。

 ベオルークにプリムローズ。シャイト。居候のメル。それにオルネラの五人。

 

「ただ、その頃は爺さんはドールにドレスを着せて販売するっていう発想はなくてな、ドールやドールのパーツを裸のままごろごろと展示してたようだが」

 想像してみるとちょっと不気味な光景だ。

 思わずメルは口を挟んでしまう。

「……それ、売れてたの?」

「んー……わからんが、俺の親父がちゃんと食うに困らずに育ったってことはそれなりに売り上げはあったんじゃねぇかとは……まぁ、うん」

 なんとも頼りないが、ベオルークの家が今もこうして残っているということは、そういうことなんだろうとメルも納得はした。

「親父の代で、店売りはやめて、客からの注文に応じてドールを作るようになったんだ。ただまぁ、その時代でもドールは服を着せずに本体だけだったんだが……」

「この人も、お父さんから魔法窯を継いでそのやり方でやってたのだけど、シャイトが来てからはドールたちににドレスを着せて送り出してあげれるようになったのよ。お陰で前よりもよく注文が来るようになったし、ドレスだけほしいってお客様もいるし……」

 プリムローズがほとんど空っぽの皿を片付けながら、感慨深げに言う。

「そうだろうそうだろう、そうだよ、ドールの店をまたやってみないかい? シャイト君の作るドレスを着たドールは、見事だからねぇ。きっと皆欲しがるよ」

「とは言えオルネラばあさん、シャイトに店主なんて務まると思ってるのか?」

 そのシャイトはさっきから冷たいお茶を飲みながら、さほど興味ないという風だ。

「ベオルーク父さんよくわかってるな……うん、俺はドレスを作るしかできないからな」

「そんなの分かりきってるよ」

 シャイトの自虐的な言葉を、オルネラはばっさりと切り捨てた。



「だから、メルちゃんをそのお人形の店で働かせたらどうかね? ドールドレス職人兼店員さんになってもらうんだよ」




 


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