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花咲く都のドールブティック  作者: 冬村蜜柑
春待つ花の章
21/88

茉莉花堂のドールドレス職人(その一)




 ユイハとユウハがずいぶんと疲れた様子で茉莉花堂に姿を見せたのは、メアリーベルのお披露目パーティの数日後のことだった。

 二人ともここ数日は、騎士学院の課外講義やそれに伴うレポートで、寮と学院の行き来だけしかできなかったらしい。しばらくの間、商談用という名目で置いてあるテーブルにぐったりと顔を伏せていた。


「メルー、お茶とお菓子ちょうだいー。なんでもいいから甘いものが食べたいのよ」

「僕にもお願い。今回はちょっとどころじゃなく頭と体が疲れた……」


「そうだねぇ……チョコレートのタルトでいいかな? この前のお茶会で教えてもらったベルグラード男爵家のレシピので作ってみたの」

「それはいいね、あの甘さを頭と体が求めてる」

「メルー、メルメルー、甘いもの甘いものー、早く甘いお菓子ちょうだいー」

「はいはい、ちょっとだけお待ち下さいねっと」

 メルはまるで雛鳥に食べ物を運ぶ親鳥にでもなったような気分で、チョコレートのタルトとお茶を取りに行く。

 茉莉花堂の、いつもの日々。

 いつもの、お仕事。


 けれどひとつ、いやふたつ、以前と違う事があった。


 ひとつめは、師匠であるシャイトだけが今までしていたドールドレス作りをある程度ではあるが、任せてもらえるようになったこと。


 そして、ふたつめが――




「それで、なんで侯爵子息どのはここにいるのかな、貴族さまってのはそんなに暇なのかい? それとも単に家督を継がない次男だから暇なのかい?」

 チョコレートタルトとテンプールベルの紅茶をお盆に載せて戻ってくると、お腹が空きすぎて機嫌が悪いらしいユイハが、黒髪青眼の貴公子ジルセウスを射殺しそうなほどの目つきで睨んでいた。

「ユイハ、ジル……ジルセウス様にそんなこと言わないで、茉莉花堂の売り上げにとっても貢献してくれてるし、いつも差し入れをしてくださるし――」

「おや、恋人になったからだ、とは言ってくれないのかい?」


 最初に反応したのはユウハだった。チョコレートのタルトをむさぼるように食べながらも、悲鳴まじりの声を上げる。

「……兄さん! ユイハ兄さん! 私達のメルが、メルが! どこの馬の骨かしれないならまだかわいげもあったけど、由緒正し過ぎて逆にドン引きするような血統の白馬に乗った貴公子にさらわれて行ってしまうわ!」

「お前それ、きちんとけなしきれてないから。あと食べながら話すな」

ユイハはやけ酒を煽るよっぱらいのように、メルが持ってきた紅茶を飲みほしてからゆらりと立ち上がる。お茶は熱くなかったのだろうか。火傷していないだろうか。

「ジルセウス、それは本当か? 今、僕はそれがお前の妄想の類であることを心から祈っているんだが」

 なぜかユイハはゆっくりと刀の柄に手を近づけていた。


「本当だよ。この間の男爵家でのパーティのときに、想いを伝えたんだ」

 ユイハの手が、刀の柄を完全に握りしめる。

「……手は出してないだろうな」

「唇なら」


 その一言に、ユイハの全身から殺気が放たれ、そして――鎮まった。

 ユイハの背後に忍び寄っていた妹のユウハが人差し指で背中をそっとなでたからだ。

「お前……」

「兄さん、落ち着いて。ここは茉莉花堂よ。やるならもっと証拠の残らないようにしないと、ね?」

 ユウハは笑顔だった。とてもきれいな笑顔なのに、なぜか恐怖が腹の底から沸き上がってくるような、とても、きれいな。

「まだまだ決まったわけじゃないもの、それに――メルの恋人がたった一人だなんてことも決まって無いのだし」

「おや、ユイハ君はわかっていたけど、ユウハ嬢も来るのかい? まいったなぁ、僕にも独占欲はそれなりにあるのだけどねぇ」



 その賑やかな様子を眺めながら、メルはジルには白馬が確かに似合うだろうけど黒鹿毛の馬なんかもなかなか似合うんじゃないかと、のんきに考えていたのだった。


 ユイハやユウハがメルに好意を寄せていることは理解している。

 だが、二人とは同じ騎士学院でほんの小さい頃から共に学んだ仲であり、かつては背中を預けられる戦友のようなものでもあった。

 ……ユイハとユウハは、あまりにもメルに近すぎて、メルは今更彼らを相手に恋だとかそういう感情が湧いてこないのである。


 だけど――


 こうして、四人でお茶をしたり、なんでもないようなことを面白おかしく話したり、ときには賑やかに馬鹿なことをしたりするのは、メルは大好きだった。愛おしい時間だった。大切なものだった。

「あのね、皆」

 メルが話し始めると、今にもつかみあいにでも発展しそうだった三人が急におとなしくなった。


「私が恋人としてお慕いしているのは、ジルセウス様――ジルだけど……ユイハとユウハのことも大好きなの。……皆でいられる時間というものにきっと恋をしている。だから、その……ケンカはやめない?」


「君は、まったく……」

 ジルセウスが呆れたように、つぶやく。

 恋人になったばかりの相手を怒らせてしまっただろうかとメルが不安な顔をしていると、ジルセウスは笑った。ただその笑顔にはちょっとばかり苦いものが混じっているが。

「まったく、可愛いことを言うのだね……僕はかまわないよ、今は、それで」


 ユウハはメルに抱きついて、ほっぺたを寄せてきた。

「メル、私もメルに恋してるわよ! 大好き!」


 ユイハは、目をそらしていたが、小さくこんな事を言う。

「……メル、その、僕もメルのこと……嫌いじゃないし。むしろその、反対にあるというか……」

 

「じゃあ、満場一致だね、これからも仲良くね、みんな」




 二つ目の、以前と違うこと。

 それはメルがジルと恋人になったこと。




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